剣も魔法も大きく括ればどちらもファンタジー

 ここは剣と魔法の世界。

 かつてこの世界は、ただのファンタジー感あふれる穏やかな世界ではなかった。

 それこそ現在のように、多少の恐れや懸念けねんはあれど、多くの時間をほのぼのとした日常として過ごせる、そんな場所では決してなかった。

 その昔この世界では、国々による大きな争いによってたくさんの血が流れた。

 守りあい、奪いあい、そして殺しあう。

 大切な誰かのために戦う者、誰かのためとうたいながら私腹を肥やす者、戦禍せんかの中でしか生きる価値を見いだせない者。

 ひどく凄惨せいさんで、おそろしく醜悪しゅうあくな世界が、そこには広がっていた。

 人間も魔物もたくさんの他種族たしゅぞくも、傷つき、たくさんの血が流れ、悲しみ、たくさんの涙が流れた。


 そんな絶望の中、ある英傑えいけつたちが立ち上がった。

 今は王族と呼ばれる者たちだ。

 ある者は暮らしていた国から離れ、森や海に新たな国を建てた。

 のちに、この者は精霊王と呼ばれ、たくさんの他種族の王となった。

 ある者は地上から離れ、地面の下、暗闇の奥に新たな世界を創った。

 後に、この者は魔王と呼ばれ、魔界に暮らす者たちの王となった。

 ある者は武力と魔術と策略によって群衆を従えさせ、残された土地を一つの大国として治めた。

 後に、この者は国王と呼ばれ、大国に暮らす者たちの王となった。

 しかし、この国王は前の二人の英傑とは少し違った。

 精霊王も魔王も自身に力と知識、それらを奮える術を持っていた。

 一方、国王といえば実際はこの時、この者自身には力も魔力も知識もなければ、それらを学ぶ場すらもなかった。

 この者にあったのは、この悲しみを止めなければいけないという信念だけだった。

 そんな彼の信念に感化され、彼のもとに集った者たちがいた。

 後に貴族や領主と呼ばれる者たちだ。

 その集った中でも大いに力を振るい、知識を働かせて、苛烈な戦いの中で活躍した者が二人いた。

 一人は強き剣術により国王の武力となった戦士のエース。

 もう一人は無情な魔力により国王の魔術となった魔導師のエイム。

 二人の功績は伝説として現在まで語り継がれ、この国では今でも騎士と魔導師、それぞれの頂点に立つ者には特別な称号と役割を与えられている。

 騎士の頂点は“エス”と呼ばれる称号を拝受して、この国のため剣と力によって戦う任を与えられる。

 魔導師の頂点は“エム”と呼ばれる称号を拝受して、この国のため魔術と魔力によって護る任を与えられる。

 こうして今日こんにちまでエスとエムと呼ばれる者は、この国の矛と盾として力を合わせてきた……はずだ。

 はずだ、とは歯切れの悪い言葉だが、どうしてもそう言わざる得ない理由がある。

 それは現在のエスとエムを見てもらえれば、自然と納得してもらえるだろう。

 たった今、現在のエスとエムは、本来は互いに協力しながら戦っている状況。



「エス!!私の魔術の前に立ち塞がるなと言っているだろうがっ!!邪魔だっ!!」


 細身ながら整った体躯と美しい顔の持ち主は、絹糸のような麗しく長い髪を風に遊ばせたまま、美麗な眉を歪めて、目の前に立ち塞がる男に怒声を浴びせる。

 この美麗な男が現在のエムである。


「えぇっ…。エムが勝手に後ろに来たのにぃ……」


 そしてたくましくもしなやかな筋肉を持つ長身で雄々しい体躯の男は、その雄々しさとは反して、困ったように眉を垂らして、か細い声で抗議する。

 エムとは違う系統の美しさを持つ、顔も体つきも造作が整った男、彼が現在のエスである。

 彼らは見ての通り、気も合わない、息も合わない、動きも合わない。

 個々は文句なしで強いのだが共闘は絶対させてはいけない二人、そんな彼らが悲しいかな現在のエスとエムになってしまった。





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