インドカレー屋での友人との会話
理科 実
インドカレー屋での友人との会話
「バターチキンカレーとナン……飲み物はマンゴーラッシーで」
注文を終える。
店員がメニューを回収し、厨房へと向かう。
そういえばインドカレー屋に勤めている人のほとんどがネパール人らしい……と昔どこかで聞いたなと思い出す。
「長崎っていつも同じセットだよね。飽きないの?」
向かいに座る篠原が僕におしぼりをよこしながら話しかけてきた。
「別にいつも頼んでいるわけじゃない。マトンカレーも豆カレーも試したさ……その結果、バターチキンカレーが一番だって僕は気づいたんだよ。というか、そういう篠原こそいつもマトンじゃないか」
「サングラーはマトンが一番上手いんだよ、ほっとけ。……そういや今回のテストどうだったよ」
「生物の土村って鬼だなって思いました」
「わかる。あの人さ、講義は悪くないんだけどテスト作るの絶望的に向いていないよな」
「穴埋め記述……語群選択でもないくせにあの空欄の数はおかしいよ」
「まあ正直ここまでとは想定してなかったからな……ダークホースってやつだよ」
「ダークホースねえ……じゃあ真っ当にゴミだと思う科目は何?」
「英語じゃね?あんなんテストじゃないだろ」
「……だね。まあローレンスはちょっとアレな人だから……土村と違って予想できるだけまだマシだよ。でも流石にあれは酷かったね。授業料返せって感じ」
「激しく同意だがそれは仕方ない。我々は単位という名の人質を取られているのだから……あ、マトンカレーはこっちです。ありがとうございます」
そんな話をしていると、注文していたカレーとナンがきた。
終わったテストのことは一旦考えないことにして、今は目の前のカレーに集中する。
まずはバターチキンカレーのルーを軽く啜る。口の中にバターの風味と甘味が広がり、少し後からスパイスの香りと仄かな辛味が遅れてやってきた。
続いて皿からはみ出そうになる程の大きさのナンを掴み、一口大にちぎる。熱々のナンをカレーにつけ、口に入れた。
バターチキンカレーの優しい味が絡むもちもちしたナンの食感が口内を占めていく。咀嚼したそれを胃袋へと押し込み、再びナンをちぎりだす。
自分のナンを消化してしまったので、店員さんにおかわりを注文した。
篠原はまだナンを味わうのに夢中であったため、手持ち無沙汰になった僕はスマホをいじり始める。
『俳優 東城 歩さん、結婚発表。お相手は一般の方』
『被告人 鱒村 陽一氏に懲役25年求刑』
『サンマの漁獲量、前年度より減少』
『玉川 薫 議員 記者会見を欠席 新型ウイルス感染のため』
ネットニュースを読み漁る。
「そういえばさ」
ようやくナンとの格闘を終えた篠原が口を開く。
「……?」
「まだ捕まってないみたいだな、殺人犯」
「あぁ……」
篠原はここ数日、世間を騒がしているそいつの話題を出す。
ことの発端は3ヶ月前、帰宅途中の女子大生が殺害された。
死因は刃物による刺殺。乱暴された形跡は無く、貴重品はそのままだったらしい。
「まさかうちの大学の人間が死ぬなんてな」
そう、例の女子大生は他学科だったため僕たちとは直接の面識はなかったが、うちの大学の生徒だった。
しかし、話はこれで終わりじゃない
「それも……5人」
この3ヶ月で5人が死んだ。
それも、僕たちの通う大学の近くで。
「3ヶ月で5人ってだいぶハイペースだよな……犯人もよく捕まらないわ」
「というか、こんなご時世になんでテストやっているんだようちの大学はって僕は思うけどね」
「だってうちの教務イカれているから」
「殺人犯より怖いよそれ」
「2人目の被害者に中田先生選ぶのは正直やめて欲しかったよな。おかげで生物のテストは土村が全部作ることになっちゃったし」
「おい篠原、言い方が悪いぞ……まあちょっとわかるけど」
「長崎はさ、犯人ってどういうやつだと思う?」
「そう言われてもなあ……」
想像がつかなかった。
人を5人も殺しておきながら、今ものうのうと生きていられる人間のことなんて。
「僕には検討もつかないよ……被害者はうちの大学の関係者って共通点はあるから、犯人もやっぱりうちの大学の人間なのだろうけれど」
「そんなんわかりきってるだろうよ。俺が聞きたいのは何で犯人はこんな事件を起こしたのかとか犯人の考え方とかだよ」
「殺人犯の思考なんて想像したくもないね。……そういう篠原はどう思うのさ」
「俺か?うーんそうだなぁ……たぶん犯人は誰でも良かったんじゃないかな」
「誰でも?」
「そう、誰でも。確かに被害者はうちの大学の人間だけどさ、それだったらとっくに犯人が捕まっているはずなんだよ」
「関係者をあたっていけば容疑者くらいは出るよねってこと?」
「そーそ。まぁでも未だにそれらしいやつも見つからないってことは怨恨目的とかじゃないんだろうな」
「確かにそうだろうけれど……人ってそんな簡単に殺せるの?」
「それは物理的に?それとも感情的に?」
「どちらもだよ。だって殺す理由もない人間を殺すなんて割りに合わないじゃないか」
「ハハッ……長崎はたまに面白いこと言うよな。そもそも割に合う殺人なんてないだろ」
「今度はこっちの言い方が悪かったね……いや、もちろん僕は人殺しなんてしたことないからわからないけれど、人を殺す時ってもっとこう……カッとなって突発的にやってしまうものなんじゃないか?それこそ、相手への憎しみが限界を超えた時とか」
「まあ、大体はそうなんだろうな。……所詮、殺意ってやつは一時の感情に過ぎない。家に帰って風呂入って飯食って寝たら普通は忘れるもんだ」
僕がそうだろうと肯定しようとしたその時だった。
「だが、例えばだ」
「……?」
「犯人に殺意がなかったとすればどうなる?」
「殺意が……無い?事故ってこと?」
「殺された人間からしたらそんなもんかもしれない。だが俺が想像する犯人の心理としては、別に最初から刺そうと思っていたわけじゃなくて、たまたま手に持っていた刃物が気づいたら相手の腹に突き刺さってた……って感じだ」
「無茶苦茶だねそれは」
「……少し話を変えようか。3人目の被害者を覚えているか?」
3人目の被害者
忘れるはずもない。なぜなら彼は数少ない僕の友人の一人だった。
僕は映画研究サークルに所属している。
例の新型ウイルスが流行し始めてから現在その活動は縮小気味ではあるが、大学入りたての1、2年生の頃は熱心にサークル活動に勤しんでいたと思う。
そこで会ったのが彼、
「斑鳩のことを忘れるはずがないだろ。さっきからなんだよ篠原……僕だって怒るよ」
「すまんすまん。別にお前を怒らせようとしたわけじゃないよ。斑鳩が殺されたのが何番目だったのかお前が覚えているか少し確認しただけさ。それにあいつの場合は他の被害者と違って少し特殊だったろ」
そう……木村の言う通り斑鳩は他の被害者とは異なる点があった。
まず殺害方法は刺殺では無く絞殺だった。
その遺体からは紐の繊維が検出されただけではなく、吉川線という引っ掻き傷の跡が見られたことから他殺の線が濃厚らしい。
「何で犯人は斑鳩の時だけナイフで刺さなかったのだろう……」
「たまたま持ってなかったとか?それに特殊だったのは凶器だけじゃない……あいつだけ昼間に殺されたって言うじゃないか」
基本的に今回の事件の被害者は夜に殺害されている。
それも午後9時以降となかなか遅い時間だ。
しかし、斑鳩の場合は殺害されるその日の1限目の講義に出席していることが確認されている。
2限になってから斑鳩の姿は消え、その後昼休みに彼の死体が発見された。
「たぶん犯人にとって斑鳩の殺害は想定外だったんだろうな」
「どうしてそう思うのさ」
「勘違いしていたら困るから先に訂正しておくが、そもそも俺は犯行の規則性みたいなものは信じていないんだよ」
「え?そうなの?」
「当たり前だろ。見立て殺人とかあんなんフィクションの中だけだ。それに犯罪っていうのは計画通りに進むことの方が少ないんだよ。絶対に計算外の事態は起こるということは既に歴史が証明している」
「……でも、斑鳩以外はみんな同じじゃないか」
「たまたまだよ。たぶんこいつは普段何も考えていないんだろうな。たまたま自分に都合がいい時間に獲物がいたからサクッと刺しちゃったって感じなんじゃないか」
「推理にもなってないよ」
「まあ、本気でやってないからな。お前があんまりにも眠そうなんで、ちょっと頭の体操してやろうかと思っただけだよ」
「……え?そんな顔に出てたかな」
「出てる出てる。研究室の仕事大変そうだな、進捗はどうよ?」
「正直先が見えないよ。結果に影響する因子が多過ぎて、どこから手をつけたら良いのやらって感じ」
「生物系は大変だねえ……再現性ほぼ無いに等しいもんな」
「それを言わないでくれ。ただでさえうちの安田先生も殺害されて指導教員が足りないんだから」
「あー……そういや4人目は安田先生だったな。大丈夫かよ長崎のところ」
「もちろん大丈夫じゃ無いけれど、別にそれで実験が免除になるわけでもないし、なんとかするしかないよ……」
「大変だなおまえも」
「僕は別に、それより大学関係者や被害者の家族の方が大変そうだよ。特にほら、新海先生とか」
「娘さんは気の毒だったな。まさか先生に会いに来ただけなのに、たまたま犯人のお眼鏡にかなってしまうとは」
「だから篠原……言い方考えてよ。誰か知り合いがいたらどうするのさ」
「いないから大丈夫だろ。それに、いたとしてもそういうのを不謹慎だと考える奴の頭が不謹慎なんだ」
「さいですか……っと、すいません。ありがとうございます」
そんな話をしているとナンのおかわりが運ばれてきた。
「ずっとこんな話ばっかしてたら気が滅入るわ。食べようぜ」
「そうだね」
結局僕たちはナンを3枚ほど食べた。お腹もいっぱいだ。
しかしナンというのは恐ろしい食べ物で、どれだけ満腹になったと感じてもちょうど夕飯時から就寝前の間くらいになってくると何故か再びお腹が空く。微妙に腹持ちが悪い食べ物なのでダイエットには天敵である。そしてしばらくの間は食べたく無くなるのだが、気づいたら僕たちはインドカレー屋に再び来てしまうのだ。それは家系ラーメンとはまた違った大学生にとっての中毒物質の一種なのである。
などとくだらないことを考えながら、僕はマンゴーラッシーを飲んでいた。すると
「なあ長崎……今度は誰が死ぬと思う?」
「またその話?やめようって言ったのは篠原のはずだよ」
「そうだけどさ、おまえだって他人事じゃ無いんだぞ」
「……?なんでさ」
「被害者のこと思い返してみろよ。実は結構おまえと近しい人間が死んでないか?」
「斑鳩と……安田先生くらいじゃないか。少し考えすぎだよ」
「5人中2人って結構多いと思うけどな。それに最近実験の影響で帰りも遅いだろ?帰り道気をつけろよな」
「……そうだね。でも、篠原だって大学関係者であることは変わり無いんだからお互い様だよ」
「そうだなあ……ま、一応気をつけるさ。じゃあそろそろ出るか」
「だね」
会計を済まし、僕らは外へと出た。
扉を開けた瞬間、冷気が肌を突き刺してくる。
「あー寒い寒い……馬鹿なの?地球」
「ほんとだね。今夜も冷え込みそうだ」
「これから研究室に泊り込みか?」
「……そ、やり残したことがあるからね」
「精が出るねえ……ま、ほどほどにな」
「うん。篠原も」
「おう。またな」
こうして僕は篠原と別れた。
「続いてのニュースです。今朝、××大学キャンパス付近の道路にて男性の遺体が発見されました。身元は同大学に通う学生の篠原裕一さんであることが所持品から判明しています。××大学での殺人事件はこれで6件目となり警察は
インドカレー屋での友人との会話 理科 実 @minoru-kotoshina
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
小説のようなもの/理科 実
★6 エッセイ・ノンフィクション 連載中 6話
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます