47.5 大氾濫の報せ

「勇者が5人も!?」


「はい……。魔族の驚異に対応する為、各国が召喚したと聞いております。それも我が国よりも一月程早く……」


 王城内。白雪に割り当てられた私室にて白雪の声が響き渡る。

 定例となったルミアーナ巫女との紅茶会。3名のメイドが傍に控える中、白雪は白のワンピースの裾を思わずギュッと握りしめた。


「全ての国が召喚したんですか?」


「そこまでは……。今判明している情報ですと、カルデラ公国が1人、獣人国ハルシャーオが1人。そしてガレラント帝国が3人……と」


 驚愕と落胆。期待と失意。白雪の中で様々な感情が入り乱れる。

 自分以外の勇者が居たということ。1国で3人もの召喚をしたというのも驚きだが、何より召喚された勇者に対しての哀れみとも同情とも似つかぬ気持ちが彼女の中にはあった。


(召喚されて現実を知った瞬間、日本という国から切り離された。私を知っている人、両親も、友人も、大切な物も大切な場所も……全て失ったような気持ち……。こんなの辛すぎる)


 異世界召喚は白雪の身の回りのものを全て切り離していった。召喚され1週間が経つが、多少落ち着いたとはいえその喪失感は全く拭えてはいない。

 戦い方を覚えるという名目の厳しい調練でさえも、今は白雪の気持ちを紛らわすために一役買ってる程だ。



「……白雪様?」


「……あ。すいません。少し考え事を……」


 召喚された人は大丈夫なのだろうか。ちゃんとした待遇を受けているのだろうか。あわよくば政治の道具として良いように使われているのではないだろうか。そんな考えが頭をよぎる。まだ見たことすらない、名も知らない勇者に対してだが。


「白雪様に置かれましては、一刻も早いレベルアップを……と、王よりお達しが来ております」


「…………分かりました」


 申し訳なさそうに頭を下げたルミアーナに対して、白雪は少し間を空けそう答えた。

 懸念していた勇者という立場。その輝かしい役職の裏では政治の思惑が絡んでいる。目の前に座る巫女から伝えられた王からの伝言に、聡い白雪はその意図を正確に読み解いた。


(他の国の勇者に出遅れているから、お前も早く戦えるようになれって事……? 一月遅れてたって言ってたけど、もしかして他の国が勇者を召喚したから私も……って線もあるかもしれない)


 正直勇者が何人もいるとは思っていなかった白雪には寝耳に水の話ではあった。だが、この国で勇者の召喚が可能なのであれば他国で出来ない道理は無い。

 さらに言えば、召喚されて以降毎日のように面会や茶会の誘い等、知己を得んとする貴族が押し寄せている。政治的な思惑があるのでは無いか、と思うのも当然であろう。


(魔王討伐の競争でもさせるつもりなのかな……)


 魔王討伐の栄誉を自国に。無くはないのだろう。

 未だに目の前で申し訳なさそうにしている巫女ルミアーナにお茶のお代わりを勧めた白雪がそんなことを考えていると、突然それは訪れた。


「し、失礼いたします!!」


 白雪の私室のドアが開け放たれ、1人の兵士が部屋へと駆け込む。


「……!? 何ですか! 勇者様の部屋に断りもなく入るなど!」


「も、申し訳ありません!! で、ですがサウスブルーネ領近辺の駐屯地から火急の報せが!!」


 巫女ルミアーナが部屋に入った兵士を咎めるも、兵士はすぐにその場に平伏し、焦った声でそう告げた。


「サウスブルーネ!? ……何事ですか?」


「ブ、ブルーネ辺境伯領内にあります黒波の大樹林より、魔物の大氾濫の兆候が確認されたとの事です! 既にサウスブルーネは門を固く閉ざし、魔物の侵攻に備えているとの事!!」


「だ、大氾濫……? ……何ですって!? 数は!?」


 思わぬ報告に一瞬思考が停止したルミアーナであったが、すぐに詳細を兵士へ尋ねた。だが、近年事件という事件など起きなかった中での大氾濫。ルミアーナの心境は既に気が気ではなかった。


「は……、そこまでは書かれておりませんでしたが、前回の氾濫は1000を超える魔物が押し寄せたと聞いております!」


「なんて事……。……白雪様! 私は宰相の元に参らねばなりません。つきましては白雪様にも今後の対策と方針を決める会議に出席して頂けますでしょうか?」


「わ、分かりました!」


「ありがとうございます! では、私は先に失礼致します!」


(魔物が1000……!? そんなの軍隊を出さないと勝てないんじゃ……)


 先程まで閑静であった城内も、今では扉の外から聞こえる慌ただしい声や、鎧を着て走る兵士の金属音がここまで聞こえている。

 数十年振りに発生した黒波の大樹林の大氾濫。1000体を超える氾濫などではなく、5000はいると推測される大氾濫であるという事は、この時の白雪にはまだ知る由もなかった。



 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 有り得ない。こんなもの認めてはいけない!


「お待ちください! 白雪様はまだ召喚されてから1週しか経過しておりません! 大氾濫の討伐など

 無茶です!!」


 特秘対策司令室。部屋の中央に置かれた巨大な長机を挟み、声を荒らげてそう反論した。対面には多くの者が瀟洒な椅子に腰かけ、宰相を始めとした大臣、法衣貴族、文官達が集まり、大氾濫についての報告を受けた後だった。


「既に王が決定された事だ。覆りはせぬ。それに、そもそもそのための勇者召喚であろう? 今奴を使わずしていつ使うというのだ」


「左様左様。然らばその責任を果たして頂かねば。勇者を養うのとて金がかかるのです」


 すぐ向かいの小太りの貴族と、その取り巻きの1人が私に向けてそう言った。

 ボールマン子爵にライヒール男爵……! まるで勇者様を物のように扱うその言動……豚のように肥えた体で国民の税金を貪ってるのはあなた達でしょう!!

 そう言って聖杖で殴ってやりたい気持ちに駆られたけど、なんとか抑えて平静を取り繕う。


「ですが! 未だ経験浅い勇者様に大氾濫を討伐せよなんて余りに……! 白雪様を失ってはそれこそですよ!?」


 まだ訓練を受け始めたばかりの白雪様が、圧倒的な数の魔物を討伐するのには無理がある。いつも近くで見ている私だからこそ分かる。

 勇者と言えど万能な道具では決して無い。彼女も一人の人間なのだと。


「落ち着けルミアーナ殿。ボールマン子爵、ライヒール男爵も勇者様を無下に扱うような発言は慎め。……それに勇者様を何も1人で行かせるわけではない。相応の兵を動員し、さらに私の倅にも行ってもらう」


 部屋の最奥、上座に立つオースティン宰相がたしなめるようにそう言うと、司令室入口に立つ精悍な騎士に目を向けそう言った。


「レイナード騎士団長に……!?」


 レイナード・デッラ・ブリュムス。オースティン・デッラ・ブリュムス宰相の実子にして、ブリュムス家次男、白銀騎士団団長。

 レクシア王国が誇る最強の騎士。レイナード団長の姿が見えた時点で予測はしていたけれど……。

 まさかの白銀騎士団の投入に、司令室に集まった者達も僅かにザワつく。

 勇者様をサウスブルーネに派遣するのは断固反対だけれど、レイナード騎士団長がいれば……と思わせるほどの強さを誇る騎士。今王国に出せる最高の護衛と言えるでしょう。


「……それにボールマン子爵の言にも一理ある。白雪様は他国の勇者と比べ召喚時期が遅い。早々に経験を積んで貰わねば成長も追いつかぬ。今回の件は丁度良い機会であろうよ」


「宰相閣下まで何を! 白雪様は……」


 それでも許容出来ない。断固として反対を続けようとした私の言葉は、すぐに打ち砕かれることとなった。


のだ。子飼いの者から報告が入った。他の国の勇者が動いたらしい」


「「「な!」」」


「それはまことか!?」


「まさかレクシア王国に!?」


「馬鹿な!?」


 遥か昔より、国同士による勇者に関しての取り決めが幾つかあった。そのうちの一つ、【人族の領土内にてあらゆる関所、検問を含み、勇者の移動を妨げてはならない】というものがある。

 つまり人間の領土であれば勇者は好きにどこへでも行くことが出来る。

 勿論通った記録は残るけれど……。

 でも、宰相がその情報を持っているという事は……。それはつまり、もう既にレクシア王国に勇者が入っているということ……!?


「我が国で起きている氾濫に、我が国の勇者を派遣しないとなれば、それは他国へ借りを作ることになりかねん。これは絶対に避けねばならぬ」


「それは……理解できますが」


 他国の勇者が氾濫を収め、自国の勇者は討伐にすら向かわなかったとなれば、借りを作るどころか世間の笑い者になる……。理解はできる。……できるけど。


「ならば話は終わりだ。……レイナード」


「は! 直ちに出兵の準備を整えます」


「…………っっ」


 止められなかった。王命である以上逆らうことは出来ないけど、宰相を説得出来れば光明が見えると思っていた。だけど、他の国から勇者が来てしまっている以上それも難しいだろう。


「……では勇者様に対し、せめて最大限の支援をお願いいたします。……あと、我が国に入っている勇者というのは?」


 協力的な勇者なら良いけれど、敵国の勇者とはち合わせれば面倒な事になりかねない。

 そう思い、私は宰相へと問いかけた。すると



「ガレラント帝国。3人の勇者の内の1人。岩山 剛次ごうじだ」



 宰相の口から出たその名前は、大陸で覇を唱えんとする大国、ガレラントの勇者であった。

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