44.空にいる2人へ
「お、始まるみたいだ」
「うん……」
中央広場に集まっていた人混みの間をかき分け、何とかアリシアさんの魔の手を逃れた俺たちは、南側の木陰のベンチに腰を下ろしていた。
俺が追われている間も相変わらずシュリハさんは化学の教科書に夢中になっていたが……。
ここからでも見える演説台には、1本のマイクスタンドのようなものが置かれ、階下から黒の軍服のような者を纏ったブルーネ辺境伯が現れた。
ざわついていた観客も一斉に静まり返り、皆一様に耳を傾ける。
「あれは……?」
「……集音拡声器。魔石を用いて音を収束し増幅させる魔道具」
「ほぇ〜。マイクみたいだな」
ブルーネ辺境伯が襟元を正し、集音拡声器の具合を確かめると、静かに口を開いた。
「今回の氾濫は、ブルーネ領史上最大となる規模でありながらも、過去最小の被害……特に一般市民への被害は怪我人を出しながらも死者0という数字に出来た。これは快挙である!
諸君らの協力と奮戦によりこの未曾有の事態を切り抜けることが出来た。ブルーネ領領主として心より礼を言う!
しかしこの戦いで命を落とした者もいる。我がブルーネ領が誇る精兵25名と勇敢な冒険者32名……。彼らは……」
「……結構死人が出たんだな」
「戦いに犠牲はつきもの。前回の死者は500人を超えていた。……今回の氾濫の規模を考えると本当に快挙」
今回成り行きで戦闘に参加したが、そんなに死人が出ているとは知らなかった。前回よりかなりマシだというシュリハさんに頷きつつも、やはり心のどこかでいたたまれない気持ちがある。
「戦死した者達へ。其の肉体は大地へと還り、其の御霊は安寧の神フィソロの
ブルーネ辺境伯が弔いの言葉を告げると、左手を胸に当て右手を天高く突き出した。街の人々や冒険者たちもそれに習い、右手を頭の上に掲げていく。
死者を見送る時の作法なのだと思い、俺もそれに習った。隣のシュリハさんは、右手は上げず胸に手を当てたのみだったようだが、恐らく種族によって作法は違ってくるのだろう。
「……魔物による戦闘で損害を受けた家屋、商業施設には復興金が支給される。また、今回の戦闘で負傷もしくは死亡した者、パーティーに関しても手厚く遇する事を約束しよう。ギルドからは、死亡者が出たパーティーに対して、優先的にパーティー募集、案内の触れがある。さらに今より復興期間を半年と設定し、税の徴収を3分の1とする。それ以降は復興状況を見つつだが、今まで通りとする」
「……妥当な税率。まぁ魔物の魔石売却のお金があるし……。交易で潤うから問題ない」
ザワッ!!
黙祷を終え、街の損害のアフターケアや税金の話が出た瞬間、中央広場が一気にザワついた。周囲を見渡すと、諸手を挙げて喜ぶ人や、泣き始める者まで出ていた。
今回の件で被害を受けた人は、これからの生活に不安を感じていたのだろう。それにしても税金を半年も3分の1にするとは、ブルーネ辺境伯は領主として中々優秀な人らしい。
その後も貿易船との交易再開の日程や、離職した人達への対応措置などについて話され、安心した表情と共に中央広場に集まった人達の熱気は徐々に高まっていった。
「それではこれより報奨授与式を執り行う!!」
ブルーネ辺境伯が掲げたいくつもの復興対策により人々に笑顔が戻ってきた所で、司会がジュミナさんへと代わり、雰囲気をガラリと変えた授与式が始まった。
「「「「オオオオオォォォォ!!!」」」」
「待ってましたーー!!!」「ヒューー!!!」
歓声の嵐。
待ちきれないとばかりに冒険者たちの野太い声が中央広場に響き渡り、一般人や周囲の建物の2階窓から見ている見物客からも、手叩きやら野次やらの歓声が上がった。
「まずは黒樹退魔勲章!! 今回の反乱鎮圧で特に魔物討伐に目ぼしい成果を上げた冒険者124名!! そして衛兵団57人に与えられる! 今から呼ばれる奴は前に出ろ!! 」
ジュミナさんがよく通る大きな声でそう言うと、右手にいたギルドの女性事務員がつらつらとパーティー名を上げていく。衛兵団の方は事前に通達されているのか、該当する者が演説台の前に綺麗に整列していった。
「該当者には報奨として1人20万ユーリア!! さらに冒険者にはランクアップ、衛兵団には昇進の査定、加点がされる!!!」
「「「「オオオオオオォォォォォォォォ!!!!!!!!」」」」
集まった冒険者から割れんばかりの歓声が鳴り響き、規律正しく整列して いる衛兵団からもガッツポーズで喜ぶ者がいた。
確かに20万ユーリアと言えば衛兵の平均給料3〜4ヶ月分にもなるし、かなりでかいのだろう。命をかけて戦った代償とはいえ、諸手を挙げて喜ぶ兵士たちを見てブルーネ辺境伯もやれやれと苦笑していた。
それからバッジのような勲章が一人一人に渡されていくと、皆ホクホク顔で元の場所へと戻って行った。選ばれなかった冒険者達は、次の勲章で名前を呼ばれるかドキドキしながら手を合わせて祈るものや、純粋に戦友達の賞賜を喜ぶ者、名前を呼ばれず落胆する者、反応は様々だ。
「次は双翼支援勲章だ! これは氾濫討伐に際し、避難民の誘導、斥候、守護等の後方支援に成果があった者を賞する!」
「冒険者、斥候隊ホーキンス・シーク。冒険者、魔道士イオニス・シャープ。冒険者ギルド、受付レノア・セレノア。衛兵団中隊長マルコ・バネッサ。……衛兵団」
「おっしゃ! やったっすー!」
「え……。表彰……? 私が!?」
「やった!! これで家族へ仕送りできる!」
お、マルコさんも呼ばれてる。聞けば氾濫の捜索隊の隊長もしてたらしいからな。そのまま防衛戦になった時にも指揮を取ってたし当然だろう。他にも身軽な軽装備の青年や魔道士っぽい女の子、ギルドの事務員さんも表彰されていた。きっと避難誘導などに尽力したのだろう。
「レノアちゃーーん!! 俺たちのレノアちゃーーん!!」
「さすがサウスブルーネ冒険者ギルド看板受付嬢!! 」
やたら男の冒険者の歓声が多いのはきっとご愛嬌だろう。
その後も20名程が表彰され、バッジ型の勲章と金一封を受け取っていた。
「言い忘れてたけど勲章授与にあぶれても、戦闘に参加した奴にはしっかり報奨金が出るよ!! 」
「「オオオオオ!」」「やったぜ!!」「良かった〜」
どうやら戦った人全てに報奨があるようだ。てことは俺も貰えるのかな? 有難い。店の運営資金に回そっと。
「次は黒樹龍勲章。今回の氾濫において最も武功のあったパーティーに送られる。今回は2組だ!!」
「「「おおっっ!!」」」
「
「それだけの成果があったってことだろ! 報酬金も期待できるぜ!!」
「2組ってマジかよ!!」
おお。さっきまでのは査定とか成績の加点だったけど、今回の勲章は確定でランクが上がるらしい。実質パーティーでの戦いの功績、第一功といった所なのだろうか。
「1組目……は、誓約の剣!! リーダー、ジャズ・レングスリーは前へ!!」
昨日会ったジャズさん!?
「誓約の剣は、今回最大の被害地であった商業区。それも大水路から侵入した大量の魔物に対し、付近の冒険者達を統率しこれに対抗。ゴブリンキングを含む魔物の群れを見事足止めし時間を稼いだ。更に迎撃戦では中央隊にて先陣を走り、見事なパーティーの連携でゴブリンキング、コボルトキング、ヒュージスライムを仕留めた! これらの功績より、誓約の剣はBランクからAランクへ昇格。報酬金80万ユーリアと、
「はっ!! 有難く受け取らせていただきます!!」
気さくなイケメンのジャズさん。演説台に上がるまでは緊張してるようだったが、勲章を受け取りAランク昇格と聞いた瞬間、小さくガッツポーズしていた。
リリィ達と切磋琢磨しながら頑張ってきた人達だ。やっぱり上級冒険者の代名詞とも言えるAランクへの昇格はたまらなく嬉しいようだ。
ジャズさんが歩いてきた方には、演説台を見ていたシャパパさんやレマニエさんが肩を寄せあって泣いており、バックスさんが腕組みし仁王立ちしながらじっとジャズさんを見ていた。
「「「オオオオオオ!!!」」」
「エリクサーってマジかよ!! 1本30万はする魔法薬だろ!? 」
「馬鹿野郎。品質にもよるが高いやつはもっとするぜ。なんせあらゆる状態異常や怪我。部位欠損だって治しちまうとんでもねぇ薬だからな。エリクサーを求めて冒険者になるやつだって少なくねぇ」
おふ。そんなすごい薬なのか。てかさっきから隣のおっちゃん冒険者2人組がやたら解説してくれるので助かっている。
「2組目は……戦線回帰!! 代表者、リリィ・フィングレンは前へ!!」
その名が告げられた時、中央広場は一気に静まり返った。先程までの熱気も、歓声も、嘘のように消え噴水の水音だけが広場に響き渡る。
「……リリィ!! いないのか!?」
「は、はい!!」
良かった。ラミィ捜索は間に合ったらしい。後で合流しないとな。
中央広場メインストリート寄りの北側。スっと開いていく人混みを抜けたリリィは、ゆっくりと演説台へと近づいていく。本人は緊張しているのか、ジャズさんよりガチガチな動きだが、周囲の反応は冷たい静寂では無かった。
「あ! いつも遊びに来てくれたお姉さんだ!!」
「てんてんかいきのおねーたん!!」
「ばか! 戦線回帰だよ! アドエラ姉ちゃんが居たところだ!」
小さな子供達の声を皮切りに、人々は口を開き始めた。
「戦線回帰がいなけりゃヤバかったらしいぜ」
「街を守ってくれてありがとう!!」
「リリィちゃん!! おめでとう!!」
「嬢ちゃん!! よくやったぞ!!」「緊張してガチガチじゃないか!! シャキッとしな!!」
色んな人から沢山の声援が飛び交う。小さい子供達、露店の商人、街の主婦、よく見るとマームさんとそのお孫さんまで。次第に大きくなっていく声援。
リリィは演説台で振り返り、それらに手を振り返して答えると、ジュミナさんへと向き直った。
「…………馬鹿弟子がついに私と並ぶかい」
「アドエラとパズーのお陰です!!」
「…………そうだな。だが、それを支えたのはお前だよ。……立派になったな」
「……はい。ありが……ありがとう……ございます!!」
目元からこぼれる雫を拭うと、リリィはジュミナさんへ笑顔で頷いた。
「……戦線回帰は王都でも名が響いてる。Bランクながら探索・討伐依頼だけでなく、ランクに合わないお使い、人助け、分け隔てなくこなす。街の者からの人気も非常に高いって」
「ああ、自慢の仲間さ」
「ん。ナオは良い友人を見つけた」
教科書を読みふけっていたシュリハさんがおもむろに顔を上げてそう言った。
「
マジか。話には聞いてたけどアドエラさんてそんな凄い魔法使いだったのか。魔道士団団長シュリハさんがべた褒めなんて。
「戦線回帰は今回の氾濫の第1発見者だ!! 黒波の大樹林にて数百の魔物に囲まれながら、仲間を守るためその身を盾にしたパズー・デグラス! 時間を稼ぐため命を賭した大魔法で群れを殲滅したアドエラ・ローミネント!! そしてサウスブルーネへいち早くその情報を持ち帰り、この街の被害を最小限に抑えたリリィ・フィングレン。更に仲間の犠牲に挫けることなく、直ぐに捜索隊へと参加! 果てには街に潜入した首魁ゴブリン・エンペラーを討ち取った!! 戦線回帰が命懸けで持ち帰った情報が無ければ確実に民間人に被害が出ていただろう。よって、戦線回帰をBランクからAランクに昇格するものとする!」
ジュミナさんのよく通る声は、中央広場に集まった全ての者の耳に届いた。
一瞬の静寂。そして
「「「「「オオオオオオオオオオォォォォ!!!」」」」」
大歓声。
涙ぐみながらもジュミナさんから勲章を受け取ったリリィを見て、俺も力の限り声を上げた。
「冒険者は死と隣り合わせだから」
リリィはそう言った。
だが仲間を失い、最後の1人になっても戦い続ける事は簡単な事では無い。ならば何故リリィは戦ったのか。
それは
「アドエラ、パズー。見てる? 2人がこの街を救ったんだよ?」
日本とは何もかもが違うこの世界で。
容易く命の火が消えてしまうこの世界で。
受け取った勲章を空高く掲げたリリィを見て、俺はその理由が分かった気がしたんだ。
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