43.ローブの男
飛び出して行ったハミィを直ぐにリリィが追いかけて行って少し。俺は噴水の近くにあったベンチに腰掛けていた。空中に打ち上げられた水柱が空中で綺麗な弧を描き、再び透き通った水面へと還っていく。
周囲を見渡せば老若男女に冒険者、多くの人が中央広場に集まっており、各々思い思いの場所にたむろしていた。
サウスブルーネという街は、5つの区域から成り立っている。
1つは中央区、ここ中央広場を始め各ギルド支部。メインストリートやそれに連なる店などを含めた区域。その他にも大水路と隣接する今回被害が最も大きかった商業区。多くの船が発着する港区。冒険者や旅人なの商人、サウスブルーネに来た者の疲れを癒す宿場区、そして居住区だ。
今中央広場には5つの区域全てから多くの人が集まっている。中央広場のすぐ近く、冒険者ギルドの前には立派な演説台が用意され、簡易テントがズラリと並び、ギルド事務員や衛兵が忙し無く走り回っている。慌ただしい熱気の中、皆今か今かと式典の開始を待っていた。
「はむ……あむあむ……。……おいし。…………食べるナオ?」
「なんでおる……?」
待っていたのだが……。何故か噴水のベンチに座っていた俺の隣には、口をモグモグさせたシュリハさんが座っていた。
「……ナオがいたから?」
「……」
何故か妙に懐かれてしまった。この人がレクシア王国の魔道士団団長というのが未だに信じられない。だが、先日も氾濫の第1波、第2波をとんでもない魔法で吹き飛ばしていたのを直に見ていたので信じざるを得ないのだ。
「お付きのアリアンさんはどうしたんですか? 今日は表彰絡みでこちらに?」
「アリアンはスケジュールの調整。……レクシア王国を回って挨拶回りの予定だったけど。……王都に帰らざるを得ない」
「そうですか。まぁ……こんな騒ぎが起きたらそうですよね」
「ナオ。私たちは既に戦友。……敬語は不要。仲間に喋るように話して欲しい」
「え? ……いや、でも」
「不要」
俺が遠慮すると同時にシュリハさんが否定の言葉を被せた。確かにそっちの方が喋りやすいが、お偉いさん相手にタメ口というのはどこかむず痒い。
「わかり……分かったよ。シュリハさん」
「それより、魔法の原理。教えて」
やはりそう来た。実はあれから何度もシュリハさんから俺が使った魔法に関して何度も原理を教えて欲しいと頼まれていた。勿論教えるのは構わないのだが、いくつか問題があったのだ。
1つは俺が何となくで魔法を使っていること。ぶっちゃけうまく説明できるか分からない。
そして2つ目は俺の魔法は科学的な事象の応用であること。
しかし、科学に関して何の基礎知識もない相手にフレミングの法則は〜とか言っても理解してもらえるはずがない。
そこで、
「それなんだけど……、これ」
「…………?」
俺は肩から提げたバッグから一冊の本を取りだした。
「俺も何となくでやってるから……、こっちの方が分かりやすいかなと。俺の魔法の所には付箋貼っておいたから」
「魔導書!? なんて手触りのいい紙。 …………読めない。何語? 私の知らない言語。……なにこれ……絵……綺麗。絵画の域を超えてる。これは……何? 何かの原則? ……興味深い。凄い、凄い! 貰っていいの!?」
俺から本を受け取ったシュリハさんはすぐに本を開くと、眉をひそめブツブツと呟き出した。
しかし本に乗っている写真を一目見るとすぐに顔色を変え、物静かな口調がどんどんと興奮を帯びたものへと変わっていく。
「いいよ、もう使わないし。俺が学生時代に使っていた化学の教科書なんだけど。家にあったんで……、化学の本なら文字少なめだし分かるかなって……?」
そう、俺が彼女に渡したのは化学の教科書だ。家にあったのでとりあえず持ってきたのだ。2冊あったのだが1冊は既に興味を引いたラミィにぶんどられている。
「ありがと!! 素晴らしい! 今日は徹夜で読み込む! ありがとナオ!!」
「うおっ!! ちょ! シュリハさん!?」
綺麗な
大きく手を広げ抱きついてきたシュリハさんに少し困りつつも、鷹揚に受け止め背中をポンポンと叩く。
エルフは長寿長命がデフォルトだと思い、小さいながら実は凄く長生きなのかな?と勝手に思っていたが、こういう場面を見ると家に遊びに来た姪っ子のような感覚だな。
「シュリハ様……一体どちらに……。────っっ!!! き、き、き貴様は結界魔法の!!! シュリハ様に何をしている!!!」
げぇ!! この声はもしや……
「うわっ、アリアンさん! いや! これは違います! 違うんです!! 」
「こ、こ、こ、こ公衆の面前で、ほほほほ抱擁など!!! ……は!! まさかシュリハ様の可愛さに気が触れ攫おうと!?!?」
顔を真っ赤にして俺を指さしどもりまくるアリアンさん。てか攫うわけないだろ!! 何言ってんだこの人ぉぉぉぉ!!
「ちがうわ!! シュリハさん! ややこしくなるから離れて! ほら!」
「無理。 ……これは感謝の表現。エルフが人族に自ら触れて感謝を表すことはそうない。……ついでにこの本の詳しい解説を求める。……あと前くれた美味しい奴も食べたい。じゃないと離さない」
「あれぇぇぇ!! 感謝どころか新たな要求が溢れ出ちゃってますけど!?!?」
これは教科書を渡したことで新たな知識欲を刺激してしまったか!? いかん、選択ミスった!
「きっさまぁぁ!! 私ですら抱きつかれた事…………。ええい!! シュリハ様を離せぇぇぇ!!! 」
「すいませぇぇぇぇぇん!!!」
とにかく今は半ば暴走した涙目のアリアンさんから逃げる事が先決だ!!
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「誰!?」
「…………」
ラミィの目の前に現れた人物。
誰何の声にも答えず、ローブに全身を包み、やや前かがみにラミィを覗き込んでいる。陽の光が差し込まない薄暗い路地のせいか、その表情も伺いしれない。
「────っっ」
思わず後ずさりする。何者かは分からない。分からないが、ラミィはその体格から見て恐らく男であると予想をつけた。咄嗟に盗賊に攫われた過去が頭をよぎる。
警戒度を一気に上げ、ローブの男から距離を取ろうと後ずさりする。盗賊達の過去を思い出し、今も魔法により隠れている尻尾と耳がぞわりと逆立った。
だが、それを悟ったのかローブの男が膝をつき口を開いた。
「…………ラミィか?」
「……え?」
ローブの男から発せられた第一声にビクッと肩を揺らす。低いながらもその声は路地によく通った。だがその第一声に含まれた自分の名に、思わず目を丸くするラミィ。この街に自分の名を知るものは少ないはずだと。
「……誰なの?」
ローブの男の顔をじっと見つめる。下から見上げるとやはり逆光でよく見えない。だがそんな様子を察してか、男はフードに手をかけると一瞬奥の人混みの方に目をやり、大通りの死角に隠れてからそれを取り払った。
「……久しいな。1週間振りくらいか」
「もしかして……リゲルさん?」
灰色ががった獣耳。鋭い三白眼。引き締められた体格の後ろには、同じく灰色毛の尻尾が見え隠れしている。ラミィはハッと息を呑んだ。
紛れもなく盗賊達のアジト……洞窟にいた内の1人。
「壮健であったか。良かった」
「え、え、え! リゲルさん、何でここにいるの!?」
ラミィを見てフッと笑みを漏らしたリゲルという名の狼人族は、ユラユラと尻尾を揺らしながらそう語り掛けた。
ナオとリリィが返り討ちにした盗賊団。それらが奴隷商人から奪い取った商品であり、ラミィと共に捕らえられていた獣人。
あまり思い出したくは無い記憶であったが、その中でも、 子供であるラミィとハミィを気にかけてくれていた女性と一緒にいた人物。それがリゲルであった。
「連れを探している。だがこの人混みでな。俺のような獣人が動き回るには苦労していた所だ。して、お主は何故ここに? 上手く盗賊からは逃げられたようだが……」
見ればリゲルは偽装魔法や見た目を変えるマジックアイテムは持っていない。ローブで身を隠しながらここまで来たのだろう。
「あ、えーと。別に! 何でもないわ! 全然迷子とかじゃないんだから! 別に連れとはぐれた訳じゃないわ! あっちがいなくなっちゃったのよ!」
「そ、そうか。ふ、ふむ……相分かった」
まさかの知己の出現に、完全に意表を突かれたラミィは、涙目になっていた目元を素早くゴシゴシと服の裾で拭き取ると、腰に手を当ててそう言い放った。なぜこんな所にいるのかという問いに、最早語るに落ちたラミィの挙動不審っぷりを見てリゲルは少し困った表情を見せると、気まずそうに頷く。
すると、路地の裏からこちらに近づいてくる足音が聞こえた。
「あー! いたです! お姉ちゃん!! それに……あれ? あなたは確か……」
「はぁ、はぁ、ハミィ君意外に早いね……。……って獣人!?!?」
小さい体ながらも素早い小回りで、入り組んだ路地を軽々と走破したハミィが、急ブレーキをかけながらやっと見つけたラミィへと指を指した。後ろから追走していたリリィも、内心その速さに舌を巻きつつもハミィへと追いつく。しかしその後すぐラミィの前に立つリゲルを見て驚きを露わにした。
「…………!! 」
「あ、ごめんごめん。警戒しないで!私も獣人だから。……ほら、これでいいかな?」
見た目が完全に人族となっていたリリィを見て、耳と尻尾をピンと張り詰め、リゲルはすぐさま警戒態勢に移った。だが、リリィがすぐに両手を上げ指輪を外すとその警戒も解かれた。
「……なるほど。
「は、はぐれた訳じゃないわよ!! ……って、あなた、仲間を探しに行くの?」
直ぐに立ち去ろうとする狼人の青年に、そう問いかけたラミィ。
「あぁ、早めに探し出さねばならぬ。獣人差別のある街で獣人の女1人には出来まい。ではな」
リゲルも再びフードを被り足早に立ち去ろうとするが、
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
ラミィが思わずリゲルへと待ったをかけた。お尻の砂埃をパッと払うと、
「あっ! リゲルさんですよね。覚えてるですよ? 仲間の行先に当てはあるですか?」
「むっ、……無いが。だが手をこまねいている訳にもいくまい」
言葉につまるリゲルを見てハミィはやはりそうかと頷いた。獣人が大っぴらに街中を出歩けば何かしらの騒動に巻き込まれることは必定である。しかしそれが分かっているからこそ、リゲルははぐれた連れの女性の身を案じて焦っているようにも見えた。
「当てならあるわよ!」
腰に手を当て、ラミィが小さい手のひらでビシッとリゲルを指さす。
「なに!? まことか?」
「ああ〜。にゃるほど」
ラミィが何を言わんとしているかをすぐに悟ったリリィが、ハミィを見て頷いた。
「ここにあるでしょ? 当てがね」
ラミィはそう言って、ハミィの裾を掴み引き寄せると、ハミィの目を指さしてそう言ったのであった。
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