42.迷子
「よし、こんなもんか〜!」
厨房の作業台の上にギッシリ並んだ皿達。その上にはキメ細やかな差しの入ったカルビ、大きめに切りそろえられた深い赤色のハラミ、分厚く切ったロースステーキなどがふんだんに盛り付けられており、黒い陶器の皿を鮮やかに彩っている。
その他にも採れたての瑞々しいサラダや、綺麗に切りそろえられた野菜、沢山の小皿によそわれたキムチなど仕込んだ食材は数多い。
「流石にこれは食べきれないにゃ〜。作りすぎじゃないの? なお〜」
ホールからやってきたリリィが、俺の後ろから覗き込むように仕込まれた料理を見る。
「うーん……、まぁ確かにやりすぎた感はあるかも、、、。でも冒険者の人って結構食いそうだし、丁度いいんじゃないか? ほらリリィも結構食べるだろ? 」
「そ、それはあの時はお腹が空いてたからであって!! 体も元に戻さないとだったし!! ばかっ!!「いてっ!!」」
キッチンにスパーンと景気のいい音が鳴り響いた。犯人であるリリィはそそくさとホールに走って言ってしまい、後頭部に思いっきり平手を食らった俺は、目から星を出しながら前にツンのめりそうになるが、
「あんた……今のはダメよ」
横で一部始終を見ていたラミィがジト目でこちらを見てそう言った。
何故だ……解せぬ。
「ナオさん。言われた通り準備終わりましたよ! しかし凄い魔道具ですね。お酒や飲み物ををつぐためだけにあんな……。材質も見たことありませんし装飾も……お高そうです」
「お、おお。ありがとハミィ」
ハミィにはドリンクサーバー周りを準備してもらった。最初は見たこともない機械にアタフタしていたが、1度やり方を教えるとすぐに覚えてくれた為そのまま任せてきたのだ。
「こっちもテーブルの準備終わったわよ。でも、全卓用意する必要あったの? 」
ラミィにはテーブルの準備をお願いしていた。清掃から始まり、網のセットや火がつくかどうかの確認、テーブルの調味料の補充など、こちらに来てから一回も動かしていないテーブルがほとんどであった為、全てのテーブルを確認してもらっていた。
「ああ、一応な。ありがとラミィ。……さて、仕込んだ料理しまって授与式に行くか〜。あれ……リリィは?」
先程ホールへと走って行ったリリィを探すとすぐに見つかった。どうやら待合の椅子に座り、ブツブツと何かを呟いていた。……俺何か言ったっけ?
「あんたねぇ……」
「ノンデリなのです」
「おーい! リリィ!」
「太ってにゃいから!!!」
「うぇ!? すいません!!」
そ、そういうつもりで言ったんじゃないんだが……。とにかく失言を謝り、プリプリしながら怒るリリィのご機嫌を取りつつ俺たちは中央広場へと向かった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
メインストリートへの道を抜けると、正にお祭り騒ぎと呼ぶにふさわしい光景が広がっていた。
「うわぁ〜〜すごいな」
「人多すぎなのです……」
俺とリリィがこの街に来た日もかなり賑わっていたが、今のメインストリートはその2倍、いや3倍近い人で溢れている。広い通りを川のように人が流れていき、大人達の隙間を子供達が楽しそうに走り抜けていく。所々氾濫の爪痕が残ってはいるものの、そんな事お構い無しに、今が売り時だ!と言わんばかりに商人達が声を張り客を呼ぶ。どこにこれ程の人がいたのかと言わんばかりの盛況ぶりだ。まるで渋谷にいるみたいだ。
「これは……私もこんなにメインストリートが混んでるのは久しぶりに見るよ〜」
「ちょっと!! 人がゴミのように沢山いるわ!!」
リリィよ。人の流れを見てどこかの大佐みたいな事を言うのはやめなさい。
「2人とも、はぐれないように手を繋ぐか?」
「!!」
「はいなのです! あれ、お姉ちゃん」
「わ、私はだだだ大丈夫よ! 子供じゃあるまいし!! 1人で平気よ!」
ラミィが若干キョドりながらも腰に手を当てて言い放った。あまり子供扱いはされたくないお年頃のようだ。
「本当か? 俺から離れないようにな」
「わ、分かってるわよ!! 早く行くわよ!!」
「え……じゃあ…………わ、私がもう片方の手を……」
「ん? リリィどうした?」
「な、何でもにゃいよ!!!」
……? とりあえずはぐれないように移動しないとな。迷子になったら大変だし。ハミィと手を繋ぎ、ラミィは俺の後ろにピッタリとつく。ハミィの反対側ははリリィが歩いているが若干オドオドしている。やはり人が多くて警戒しているのだろうか?
「うおっ。人多すぎ……山手線かよ全く……!」
「はいらっしゃいらっしゃいらっしゃ〜〜〜い!!
授与式の見物は立ち見も自由!! とくりゃウチの肉串を食いながら見るしかないよぉ!! 」
「片手でつまめる
「人混みに疲れたらこちらの喫茶店マリンボアージュへお越くださーい! まだ席空いてまーす!」
何とか濁流に乗るように人の流れに乗り歩いていると、左右のお店からの呼び込みが半端ではなかった。足を止め露天で食べ物を購入する人や、歩くことに疲れ店に入っていか集団もある。
中央広場に流れる人混みが8割、両端から入口の方へ向かう人が2割と言ったところか。それにしてもこんなに中央広場に入りきるのか疑問である。
「あうあうあうっ! ふわぁ〜〜」
「うぅぅ、確かに多いよね……。今回の氾濫は規模も凄かったし大変だったからね……」
既に手を繋いでいるハミィも人混みにもみくちゃにされ、息も絶え絶えだ。街に慣れているリリィですら苦労する始末である。早めに中央広場で休める場所を探さないとな。
それからしばらく人の波に揉みくちゃにされながら、何とかメインストリートを抜けると、多くの人で賑わう中央広場が見えてきた。
老若男女、主婦、子供、商人、作業着の者、商人風の男、冒険者に至るまで様々な者たちが一堂に介し、各々自由な場所に座り込み、露店の食べ物などをながら授与式の始まりを今か今かと待っている。
「ラミィ。大丈夫か? さっきから黙ってるけど……あれ」
「うぁ……お姉ちゃん……」
ふと静かになっていたラミィに話しかけるため後ろを振り向くと
「あらら〜……はぐれちゃったね」
「マジか! やっぱり手を繋いどくんだった……、俺探してくるわ! 2人はここで待っといて!」
こんな人混みであんなに小さい子が迷子になるなんて危なすぎる。急いで探しに行かなければ! 何か事件に巻き込まれたりでもしたら大変だ。
そう思い、2人に伝えると
「ちょっと待ってくださいです! 僕が行くですよ」
「ハミィ君、まだ人がいっぱいいるから危ないよ?
ナオの事2人で待ってよ? 」
その通りだ。ハミィは体も小さいし人混みに巻き込まれて怪我でもしたら大変だ。
「違うのです 。僕は魔眼持ちだから多分すぐ見つけられるのですよ。お姉ちゃん魔力多いからすぐ分かるのです。ちょっと行ってくるのですーーーー!!」
一息でそれだけ言い放つと、止める暇もなくハミィは番えられた矢のように飛び出して行ってしまった。
「あっ、おぉい!! ハミィ!! …………行ってしまった……。追いかけるか?」
「いや、みんないなくなったら余計に不味いよ。ナオはここにいて。私みてくるから!」
「あぁ、分かった。頼んだリリィ!」
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「ふにゃ!」
何かに衝突し、突き飛ばされる。身長が1m程しかないラミィの体は易々と吹き飛び、人混みの流れによってメインストリート脇の路地へと押し出された。
「イタタタ……。もうっ! なんなのよ! ……ナオ? ハミィ!?」
先程までピッタリと後ろに着いていたナオの姿はなく、変わらず街に響き渡る喧騒と流れ動く人の海だけが視界に映る。慌てて元の流れに戻ろうとするも、
「……あうっ! 」
「……ん?」
流れてきた人にぶつかり、尻もちをつく。ぶつかった者は気にもとめずに中央広場へと向かって行った。
身長が低く子供の力しかないラミィにとって、この人混みの中を抜ける事は至難の業であった。
ラミィは慌てて周りを見渡す。薄暗い路地を抜ける事は出来るだろうが、土地勘が無いラミィが下手に動き回っては余計に迷う恐れがある。
1人きり。
完全な迷子。
いつもはどんな時でもハミィが隣にいたが、ナオと手を繋いで歩いている以上あの3人は中央広場に向かっているだろう。
「誰も……いないの……?」
途端に不安が込み上げてくる。
こんな人混みではぐれてしまって、ちゃんと再会できるのだろうか?
また悪い人に攫われたりするんじゃないか?
ナオと会って人に対しての見方を大きく改めたラミィであったが、やはり知らぬ者への警戒心は抜けきれない。先日の盗賊達の恐ろしい顔がフラッシュバックする。
「う……。な、なおぉ……。はみぃ……」
気づけば目尻に涙が溜まっていた。普段は尊大に振舞っているラミィの自尊心を、不安な心が押し潰さんと迫って来る。
ガタッ
「ひっ!」
薄暗い路地裏から聞こえた物音に、飛び上がって反応するラミィ。
慌てて後ろを振り向くとそこには、
「だ、だれ!!」
「…………」
すぐ後ろには、フードを目深に被った何者かが、震えるラミィをじっと見つめていたのであった。
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