11.5.勇者の覚悟〜白雪 凛

 レクシア王国 王都リンドヴルム


「失礼致します」


「あ、はい……。どうぞ」


 召喚されてから半日。

 明らかに日本とは違う建築様式の城……お城は初めて見るから分からないけど、その城内の一室に案内された。玉座の間であまりの混乱に軽い目眩を起こしてしまい、王様の計らいで体を休ませてもらっているのだ。

 私の事を召喚したという巫女のルミアーナさんについて行くと、部屋の前には鎧を着た女性の兵士の方が扉を守るように2名立っており、ルミアーナさんと私の姿を見ると深く一礼し扉を開けてくれた。


 中に入ると20畳はあろうかという広い部屋に西欧風の家具が立ち並ぶ。赤い絨毯と小さいシャンデリアの暖色系の照明で部屋の隅々まで照らされ、暖かい雰囲気が漂っていた。


「勇者様……。ご気分はいかがですか?」


「あ、はい。……少し良くなったと思います……」


 ルミアーナさんが入室すると、すぐに私の近くへと駆け寄り顔色を伺う。

 丁重に対応されていると感じつつも、ここが異世界だと言うことが未だに衝撃的で、頭が混乱していて上手く返答できない。


「無理もございません。勇者召喚の直後でしたので……。何かありましたら直ぐにお申し付けください!」


「あ、ありがとうございます……。あ、あの……」


「?」


 私は思い切って色々と聞いてみることにした。

 情報が少なすぎて混乱が解けないという事もあるが、ここが異世界なのだとすれば気になることは山ほどある。


「ゆ、勇者ってどういう事なんでしょう!? 私はただの大学生で……、私がいた所には帰れるのでしょうか!? 私と一緒に居た人や、私の世界は……私はなんで呼ばれたんでしょうか!?」


 いざ口に出すと、上手く言葉に出来ず途切れ途切れになってしまう。私は元の世界に帰れるのか、バイトの途中だったからナオさん心配してるんじゃないか……、そんなことを考えたら途中で涙が溢れそうになる。


「お、落ち着いてくださいませ! 勇者様! ご安心ください。我が王より、勇者様が落ち着かれたら事情を説明せよと命を受けております。……あなた、お茶を頂けますか?」


「かしこまりました」


 ルミアーナさんがそう言うと、部屋の隅に待機していたメイド服の女性が、部屋に備え付けてあった何かの器具でお湯を沸かし始めた。


 すると、ルミアーナさんは私の手を優しく握った後、部屋にあった瀟洒な椅子に私を座らせ、対面へと座る。


「お待たせいたしました」


 メイドさんがアンティーク調のティーカップに入った紅茶を目の前に差し出してくれた。


「ありがとう。勇者様、どうぞお召し上がりください」


「ありがとうございます……」


 言われたままに一口飲む。喉が乾いていたのも忘れており、ほんのりと甘い紅茶がすっと身体にしみ渡る。そういえば忙しい営業を終えた後だったんだ……。頭が次第にスッキリしていくのを感じた。


「勇者様に我が国の現状をお話いたします……」


 ルミアーナさんの話を要約するとこういう事だった。

 118年に一度の周期で魔物が活発化する時期が訪れる。また、それらに乗じて魔人族が人族の領土に侵攻してくるらしい。魔人族は各部族から選出された強者の中で最も強い者……魔王を筆頭に、魔法適正、身体能力が人族より桁外れに高い魔人族を纏め上げている。

 そして近年その兆候が活発に見られ、レクシア王国各部やその他周辺国も魔物や魔人と思われる被害にあっているらしい。

 レクシア王国含め大陸を占める主要5大国は、魔人族や魔物の脅威に対抗すべく勇者召喚を行うらしい。召喚儀式は、その規模や主要となる巫女、補佐術士となる神官達の技量により喚び出せる人数が変わるらしいが、基本的には1〜2人多くても3人との事。

 ここには私しかいない……。てことは1人でその魔人や魔物と戦うってこと……?


「我々の召喚魔法陣は2名の召喚を目指していたのですが……」


 今代の巫女であるルミアーナさんや、儀式に参加した神官さん達は歴代の中でもかなり優秀で、2名は確実だろうという噂だったけど、実際は私だけだったらしい。

 そして、元の世界での私の存在は運命が書き換えられ、今は無いものとして扱われているらしい。

 転送魔法によって戻れば全て修復されるらしいが、そのためには大規模な儀式魔法と、神の承認が無ければ出来ないらしい。

 神様の存在が半分信じられずに、本当にいるのか聞いてみたけど、当たり前の事を聞いたかのように真顔で首を傾げられてしまった。

 どうやら神という存在がある事に全く疑問を抱いていない反応だ。これがこっちの世界では普通なのかな?


「帰れる方法はあるんですね……良かった」


「はい、過去の勇者様の中でも約250年前に魔王を倒したコルモディーラーの勇者、ユウ・タチバナや、ハルシャーオの勇者シャルティエ・ド・ルナールは転送魔法により元の世界へ送られました」


 タチバナって……橘? 日本の名前だよね? 日本人がこの世界にいたの!?


「あの、他の方は……?」


「そうですね……。文献を見る限りですが、過去に召喚されたのは世界中でも35名。内、送還されたのは先程の2名のみです。戦死された方やこの世界に残る事を決められた方、中には魔人側に寝返った方もおり、その在り方は様々です」


「そんな……」


 35人いて帰ったのが2人なんて……。余程神様の承認を得るのが難しいのか、魔人や魔物が強くて魔王を倒せなかったのか……。ともかく送還は全部終わって生き残っていたらの話だけど……。


 でも……私は帰りたい。


「白雪、頼んだぞ!」「何やってんだよ白雪〜」「さすが白雪だな! よっ、うちのエース! 看板娘!」


 ナオさん……。


「白雪、お前なら出来るさ」


 私……私は……


「あの、勇者様……?」


「……雪」


「えっ?」


「私の名前は白雪 凛。桜来軒の看板娘です。私が帰らないと、責任感が強くてお節介で優しいナオさんを支える人がいなくなってしまう。私は……勇者の役目を果たして元の世界へと……帰ります!!」



 ナオさん。私きっと帰ります。待っててください!

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