37.仇討ち
「バガナッ……」
エンペラーはフードを深く被ったまま、北門の方を見上げた。門が閉まった音は、すなわち作戦の破綻を告げていた。サウスブルーネの人間を根絶やしにするために集めた大量の魔物も、手塩にかけて育てたキング達も、大水路の穴やタイミングを見計らって開けた北門の罠でさえも、全て覆されたのだ。
「忌々しぎ、人間ともが」
有り得ない。有り得ないことが起きている。
自分に匹敵するような魔道士がいることは第1波の時点で確認していた。例え第1波がただのゴブリンとコボルトとはいえ、一撃で1000以上の群れを壊滅させるのは並の魔道士では不可能だ。恐らく相当の使い手であろう。
だが、そう何度もそんな魔法が使えるとも思わない。第2波すらもやられはしたが、第3波と水路の別働隊、門管理室の襲撃で全てが終わる筈だったのだ。だが、いつの間にか水路は、有り得ないほどの瓦礫と魔物の死体で塞がれており、門には結界が張られる始末。
「ガァッ!! グゾガッ!! グゾガァッ」
こうなれば街の人間を皆殺しには出来ない。残った選択肢は撤退して再び再起を計るのみだろう。
だが、このまま撤退するのも面白くない。
最後に絶望を味あわせてやる。
「ギヒッ」
不可視化の魔法を自らにかけ、港の方へ進む。メインストーリートから中央広場にかけては既に閑散としていたが、港にはまだ多くの人が残っており、商人や巡回船へと殺到していた。
「乗せてくれぇ! 子供もいるんだ!」
「早く出してくれぇ!!」
「ちょっと! 私が先よ!!」
愚かな人間どもだ。脆弱で愚かで矮小、我先にと逃げ出して混乱が起きている。
探知魔法には屋内などに隠れる人間の反応を多数確認できていたが、効率よく殺すにはやはり人が集まっている所がいい。一足飛びに近くの家の屋根へと上がり、周囲を見回す。
……あそこがいい。海から程近く、港を一望できるサシャイン神殿。あそこの屋根上からとびきりの殲滅魔法を放ってやろう。皆殺しにはできないだろうが相当の人間は死に絶えるはずだ。
エンペラーはすぐに移動を始めた。屋根から屋根へと飛び移り、サシャイン神殿の柱をスルリスルリと登っていく。
高くそびえ立つ柱を登り終え、モルタル製のような黒く統一された屋根を駆け上がり、更に吹き抜けの先のステンドグラスを飛び越え、ようやくたどり着く。
ああ、なんて良い眺めか。エンペラーは下から聞こえてくる暴動と、喧騒に耳を震わせながらワラワラと群がる人の波を見てニヤリと笑った。
今すぐに飛び降りて、この両の腕で直接殺して回りたい衝動を抑えつつ、エンペラーは詠唱を始めた。
「ギ・ガウラ・ゲギウギン・キャグガ……」
ああ、ニヤつく顔を抑えきれない。両手には渦巻く炎弾がパチパチと爆ぜ、魔力を注いだ分だけぐんぐんと成長していく。これをあそこに撃ったらどうなるのか。考えただけでも鳥肌が立つ。
しかしながら、本来の計画が成功していれば……とも強く思った。この地を奪い取り、他種の魔物も纏め王として君臨する。邪魔なアイツがいない、自分だけの国を作れる。
アイツはどれだけ魔物を差し向けても、罠にかけても、まるでそ知らぬ顔で全てを踏み潰し、蹂躙し、去っていく。敵対したものには容赦せず、送り込んだ魔物たちは全て殺された。
だからココへ来たのだ。大量の兵士を連れて、なのに、なのに……
「本当に来たな。イオニスお見事」
「やだぁ! 凄いわぁ! 将来有望じゃなァい! 後で褒めてあげなくちゃねぇ? 」
なんだ。
人間? 何故こんな所にいる?
それに姿は見えていないはずの自分に対し、後ろから現れたガタイの良い男と、双剣の細身の女の視線はこちらを捕らえていた。
「注意してみると分かるもんだね」
「だって殺気がダダ漏れじゃな〜い。さて、やるわよリリィちゃん」
「勿論。絶対に逃さないよ」
バレているか。やるしかないようだ。
エンペラーはこれみよがしに詠唱途中だった炎弾を目の前の者達に見せびらかす。それはまるで暗に、これを何時でも放てるぞというサイン。
「ジネェッ!!」
練り込んでいた殲滅魔法とは別に、速度重視の雷撃魔法を死角から放つ。
「チッ!」
「だっしゃあ!! 効くかぁこんなもん!!!」
女の方は直撃する寸前に飛んで避け、男はガントレットで真っ向から雷撃を打ち破った。それだけでエンペラーは2人の戦闘能力を上方修正した。
恐らく人間たちの中でも相当の使い手。高ランクの冒険者だろうと。
「ギヒッ! ギヒヒッ! 」
左手で次々に下位魔法を連射する。器用に全て見切って避ける女と、真正面から全て拳で跳ね返す男。氷と土の礫が神殿の屋根を削り、フロントガラスが派手な音を立てて割れた。だが、
「
「……!!」
「バロさん!」
連射された魔法の中にスキルを混ぜ、男の方へと着弾した。ガントレットと腹部のライトアーマーに糸が広がり簡単には取れないだろう。
まずは弱そうな女から始末してやる。そう判断したエンペラーが、一足飛びに女へと迫る。
「私からやろうって? 舐めるなよ!!
「ジネェッ!!!」
ローブに隠していた短剣を投げつける。強化された女の腕が瞬時にナイフを捌くが、一瞬の隙が生まれた。ここだ。
「るおらぁぁぁぁ!!!!」
「ギガっ!!!!」
衝撃。何が起こった! 横から!?
屋根から道を挟んで隣の家に吹き飛ばされた。
「この程度で動きを封じたつもりかぁ? 三下がよぉ!」
腕を使わず蹴りで……?
足癖の悪いやつだ。両脚をもぎ取って使えなくしてやる。すぐに起き上がり、上を見上げた。
女が居ない!?
「ここだよ!!!」
横から殺気!?
「ギッ!!」
すんでのところで後退してかわしたものの、ローブが破け、腹に熱い痛みが走った。この女中々に速い。
すぐに隠し持っていたナイフで牽制し、速攻重視の魔法を放つ。女はジグザグに動きながら後退し、家に空いた穴から外へと躍り出た。
「ぐっ……ぬぬぬぬ!! ……だらっしゃあ!!!」
鈍い音と共にスパイダーネットを力で無理矢理ちぎりとった男が、神殿の屋根から飛び降り轟音を立てて地面へと着地した。
接近されたら厄介極まりない。 合流した2人は武器を構えながら油断無くこちらを伺っている。
もっと人間がいる場所で使いたかったが、仕方ない。待機していた魔法を再び呼び出す。
「
「いけないわ! リリィちゃん! アタシの後ろに!!
「クソッ! あの野郎!」
「
凝縮された魔力の塊が手元を離れ、2人へと飛来する。魔法を放った瞬間穴が空いた家の部分に石壁で蓋をした。アレを受けて無事ではすむまい
ドゴォォォォォォォン!!!
激しい爆音が鳴り響き、石壁で蓋をした部分以外が脆くも吹き飛ばされる。炎熱と爆炎が渦巻き、着弾地点を中心に辺り一帯が壊滅した。
爆風を受け、神殿の柱が倒壊し、派手な音を立てて崩れ落ちる。港の方から人間の悲鳴が聞こえてきた。
黒煙が上がる中、石壁に隠れつつ前をのぞき込む。煙のせいでよく見えないが、これを食らって生きているとは思えない。手持ちの中でも殺傷力と殲滅性の高い魔法だ。人間など紙くずのように燃える
トスッ
「ギァ?」
熱い。なんだ?
腹部に違和感を感じ手でなぞる。
……は?
真っ赤な血で掌が染まっている。意味が分からない。見ると脇腹に小さい風穴が開き、不自然に砕けたナイフが反対側の地面へと突き刺さっていた。
……どこから飛んできた? 門の方……? 馬鹿な。攻撃魔法が届く距離じゃ……
それにこの位では致命傷には至らな……
「
突然全身を何かに縛られ、身動きが取れなくなる。
「マホウ!? ザンニンメダドッ!?」
探知魔法には男と女の2人、それに港の殺到する人だかり……。……まさか、
「いつ今のを撃ち込まれるかヒヤヒヤしましたよ。バルバロさん」
港の方から歩いてきた魔道士風の女。我がここに来ることを読んでいたのか? 小賢しい。
「……ふぅー。久々に効いたわぁ。いった〜いもう」
なに……なぜ生きてる? 殲滅魔法を至近距離だぞ!? なぜ立っていられる!?
「クゾ!? ……ごんな、こんなモノォォッ」
拘束を無理やり身体能力で解き、二歩目を踏み出した瞬間、それは起きた。
「ぐがっあ!? ががギギギ……!?」
動かない。
「ガガガガギゴギッ!!!
魔法で体を強化しようと、どれだけ力を入れても、まるで地面に吸い寄せられているかのようだ。
不味い不味い不味い
「往生際が悪いわよん〜。さて、アタシもパズーちゃんの分は殴らせてもらうわねぇ……フッ」
「
男の方は近寄らせたら不味い、動けない下半身で無理やり後ろを振り返り、毒性の粘液弾を飛ばす。
「……小賢しいっ!! 往生せいやぁぁぁ!!!」
「……ガァァァァッ!!」
だが、正面からガントレットに弾かれ周囲に毒の飛沫が飛び散る。男は毒を身体に浴びながらも渾身のボディーブローを放ち、まともに食らってしまった。
衝撃。次いで鈍痛と込み上げる鉄の味。
あまりの衝撃に息が出来ない。早く次の魔法を……。これ以上の接近を許してはならない。だが、口から溢れ出る血反吐と痛みで思考がままならない。腹部に空いた小さい風穴からボタボタと血が流れる。このままでは不味い。
女は、女はどこに消えた?
探知魔法を確認する。だが、何も反応がない。目の前の男がこちらを見てニヤリと笑みをこぼし上を指さした。
いつの間にか落ちかけている陽を遮り、こちらへ飛びかかる黒い影。
「セヤァァァァァアアアアア!!!!」
必死に体を動かそうとするがビクともしない。だが!
「
瞬時に展開した魔法陣。ほぼ零距離で放った氷の棘弾。だが、目の前の女はおよそ人間らしからぬ反射神経でそれを避けてみせた。頬をかすめ、赤い血が滲み出る。
「
「
続けざまに放った氷棘。だが、何かを呟いた女が赤いオーラを纏い、目の前に迫る氷棘が一瞬で細切れになった。全く目で追えない程の双刀。
なんなのだ。なんなのだ一体。
圧倒的な数と質の魔物を集め、大水路を壊し門を開き、作戦は全て完璧だったはず。
それがどうしてこんな……
「鬼神獣斬!!!!」
まるで鬼だ。赤いオーラを纏うそれは、射殺すほどの視線でこちらを睨み、双刀を閃かせた。そしてそれはキラリと一瞬光ると、そのまま我の体へ吸い込まれた。
「ギガァァァッッッ!!」
「これはパズーの分。そしてこれが……アドエラの分!! スラッシュスラッシュスラッシュスラッシュスラッシュゥゥゥゥゥァァァァァ!!!!!!」
「ギッガッゲッ……グゴャ、ギャッ…………」
血飛沫が舞う。なんだ、これは我の血なのか?
ローブが切り刻まれ、血で赤く染まり、体から命が抜けていく。
幾筋もの冷たい斬撃が体に入り込んでは抜けていき、必死に動かしていた脚にも力が入らない。
「ばが……な……」
「…………2人共。仇はとったよ」
薄れゆく意識の中で、涙を流す女が呟くのが聞こえた。
……そういえば、忌々しきあの大地龍へ魔物をけしかけた時に冒険者がいた。数は3人……。
結局仕留めることは出来なかったが、2人を死に追いやり1人逃した。確か女の……双剣士……。
そこまで思い至ったところで、女が横へダガーを一閃させ、我の意識はそこで途絶えた。
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