34.バジリスク

 我が領内が誇る黒波の大樹林。豊かな自然の恵みと、広大な鉱脈、多種多様な獣や、魔物から取れる魔石や素材。そしてそれらを求め、各国から多くの商人や冒険者が、ここサウスブルーネへ訪れる。

 強大な魔物が闊歩する大樹林を、冒険者が探索し、それで得た魔物の素材や、貴重な植物、鉱石は商人の手に渡り、その対価として得た金銭は冒険者が街で使う。宿屋、飯屋、酒場、武器屋、娼館、錬金店、その他多くの店がサウスブルーネに存在し、そこに住む人々は商人達から日々の物資を求める。こうして経済は成り立ち、ここサウスブルーネはレクシア王国一の港町へと成長した。


 しかしながら我々に恵を与えてきた大樹林は時として盛大に我らへと牙を剥く。父祖の代より久しく伝えられてきた魔物の氾濫。伝え聞く逸話はどれも想像を絶するもので、多くの死傷者を出したと聞く。

 父ベインリッヒの代ではギガントスライムが、その父バルミューの代ではレッドワイバーンの群れが森の魔物を脅かし、氾濫が起きた。当時の冒険者と衛兵の総力を結集し、その血と汗と屍の上に今のサウスブルーネは存在する。


 だが、これはなんなのだ。


「ば、ば、バジリスクだぁぁぁ!!!」


「登ってきたのか!?」


「挟まれてるぞ!! 気をつけろ!」



 とんでもなく大きい大蛇に4つの足と4つの禍々しい眼がついたソレは、外壁を登りここまでやって来た。

 一体いつの間に? 先程のレッサードラゴンですら陽動だったというのか?


「魔道士隊に近づけるな!! 大盾隊前に出ろ!!

 弓隊構え!! 」


「う……うわぁぁぁぁ!!!」


「手が……手が動かねぇぇ!!!」


 あれは石化睨みか!? バジリスクの後ろの目がギョロっと動き光ったかと思うと、我がサウスブルーネの精兵達から次々に、転ぶ者や倒れる者が出始め、戦線が崩壊していく。

 チロチロと長い舌を動かしながら、こちらが慌てふためくのをバジリスクは興味深そうに眺めていた。サウスブルーネの入口である北門は、両端を高い山に囲まれた天然の要塞。だが、コイツらはそれをまるで苦にせず両端から登ってきた。話には聞いていたがこんな化け物が、大樹林にはウヨウヨいるのか……。


「シャルル様!! お下がりを!」


「ここにいては危険です!! 我々が何とかします!! お早く!!」


 近衛兵が必死にこの場から私を連れ出そうとするが、私はそれを振り払った。

 今正に強大な敵に四方を囲まれ、絶対絶命の危機である。ここを抜かれればサウスブルーネは落ちたも同然だろう。だが、数万の民を守る責務が私にはあり、ここに住む兵士と冒険者は自らの命を省みず、目の敵と戦っている。


 私は誰だ。歴史あるブルーネ家13代目領主。シャルル・ノルディー・ヴィッケル・ブルーネ。


 逃げるのか。否。逃げてどうする。


 戦うのか? それも否。私が戦ったところで何の役にも立ちはしない。


 ならば



「ここに立つサウスブルーネの精兵達よ!! そして勇敢なる冒険者よ!! 今、サウスブルーネは絶体絶命の危機にある!! だが、貴様達が少しでも踏みとどまり、耐え忍ぶは、後ろにいる数万の民が逃げる時間を稼ぎ、救う事と同義である。耐えよ!! さすれば必ず道は開ける!! 」


「……しかし!! 貴方が死なれてはそれこそおしまいです!! どうか!」


「退かんっっ!!!!!!」


「「……!!」」


「私が死んだらその程度の男だったという事よ!!

 勇敢なる者たちよ! よいか! 守るのだ!!! 耐えよ!! 耐えて守るのだ!! しからば私も共に血を流す所存である!!!」


 状況は以前変わらない。

 暴れ回るバジリスクにいいように蹂躙され、石化した腕や、足を引きずりながら戦うものも多い。

 だが悲鳴や嗚咽はいつの間にか消え、皆私に背を向け目の前の巨大な化け物と相対していた。



「「「「うおぉぉぉぉぉぉ!!!!!」」」」



 次の瞬間、地を揺るがすような歓声が沸き起こる。状態異常ポーションを無理やり口に押し込み、動かない腕に無理やり盾をくくり付け、バジリスクへ1歩もひるまず立ち向かう兵士と冒険者。


「シュルルルルル…………」


 私に出来るのはこれくらいだ。皆に激を飛ばし、皆と共に血を流す。かつての我が父も、その父もそうやってこの地を守ってきた。

 ならば私も立派にやり遂げて見せよう。ブルーネ家の名誉にかけても!


「シャア!!!」


「石化来るぞぉぉぉ!! 盾かまええぇぇぇぇ!!!」


「近衛兵!! 辺境伯様を囲め!」


「シャルル様!! 伏せてください!!」


 突然近衛の1人が私へと覆いかぶさり、それを囲むように近衛が周りを取り囲む。両端のバジリスクの後ろ眼が発光し、怪しく輝いている。

 バジリスクの石化睨み。その眼光に晒された者は、皮膚がジワジワと石へと変わり、物言わぬ彫像に成り果てるという。実際最初に食らった兵士は、既に全身を石化症状に犯され、ボロボロに砕け散っていた。


「盾構えぇ!! 体を隠せ!!」


 私を中心に近衛が盾を持ち集まり、小さなドームのような陣を作る。しかし我々がこれで助かっても周りの者が……!


「バリアァァァ!!!!」



 その時、聞き覚えのある男の声が右方から上がる。バジリスクの眼が光り輝く瞬間、上にいる者を包み込む膜のような何かが現れた。これは北門の……!? シュリハ殿の魔法では無かったのか!?


「くそっ、範囲が足りない!! 早くなかに……」


 この魔法を発した術者が何かを言い終わる前に、バジリスクの眼光が外壁上の者たちを襲った。しかし、


「……? なんともないぞ!?」


「 ……結界魔法か!」


 ドーム状の膜に入っていた者は皆石化していない。……が、外の者は何名かが、既に石くれと化していた。

 この結界の術者、よく見ると先刻衛兵団本部に盗賊の報奨金を取りに来た者であった。冴えない男と子供2人。瞬双の取り巻きがなぜこんな場所に!? 奴は魔道士だったのか!?


「危なかったわね!! ハミィ! そこの蜥蜴さんは魔眼で勝負したいらしいわよ」


「あい! お姉ちゃん!! 行きますです! ……スーッ。麻痺魔眼パラライズ・アイ! 」


「シャッ……シャァ!!!」


 少年の方が何事か叫ぶと、こちらへと擦り寄っていたバジリスクの動きが急に止まった。不自然に体が震え、動きたくても動けないといった様子だ。これも魔法なのか?


炎槍フランマ・ハスタ


 無詠唱!?

 見計らったかのようなタイミングで飛び出た、燃え盛る炎の槍がバジリスクへと突き刺さる。大樹のような胴回りもあるバジリスクに致命傷は与えられていないが、突き刺さった場所から表皮が焼け爛れていくのでダメージは大きいだろう。



帯電磁界エレクトリフィケイション


 2人の子供の魔法には驚愕したが、気がつくと冴えない男の体から、何やらバチバチと黄色い何かが光り始めた。既に結界魔法を使いながら、まだ魔法を行使できるのか?


磁性付与エンチャントマグネティック……」


「シャッ……? シャアアア!!!」


 何かの球体がバジリスクに着弾したかと思うと、特に何も起きる気配が無い。無理もなかろう。これだけの結界を敷いているのだ。消費する魔力は尋常ではないはず。


「うわっ……またあれね……」


「ご愁傷さまです」


 何も起き無かったため、右側のバジリスクが目の前の結界を壊さんと襲いかかる。


「来るぞ! お前達! 槍を構えろ!!」


「あぁ、大丈夫です! 皆さんは左の奴をお願いします」


 何が大丈夫なものか! この結界が破られれば戦線は完全に崩壊する。……と私が言おうとした時であった。その男は両の手をバジリスクへ向けると、1つ深呼吸をし、叫んだ。


斥力解放リパルション!!!!」





 ドゴォォォォォォォン!!!!!!!!!



 轟音




 巨大な口を大きく開き、正にバジリスクが結界へ肉薄した瞬間、それはいなくなった。

 いや、違う。

 全長約15m、胴回りは4〜5mはあり、4〜5tはあるかというバジリスクの巨体が猛烈な勢いで後ろの山脈へと叩きつけられたのだ。



「「「えええっ!!??」」」


「な…………なんという……」


 あまりの衝撃に、叩きつけられたバジリスクは巨大な脚をヒクつかせ昏倒した。外壁に連なる山の一部が文字通り砕け、鋭利な瓦礫となって下のバジリスクへと降り注ぐ。雨あられと降る瓦礫に、バジリスクの半身は血まみれとなり、外壁からはみ出す半身を支えきれず、自重により下へと落ちていった。



「……一応確認するわ。あなた……どこぞの有名な魔道士じゃないのよね?」


「え、焼肉屋だけど……」


「…………はぁ。訳わかんない」


「凄いです!! バジリスクがボッコボコですよ!!」



 撃退したのか? こんな冴えない男と子供2人が?

 少年がバジリスクの足を止め、少女が魔法で牽制……かなり威力の高い牽制だったが、そして男の……なんの魔法か分からんが、バジリスクへ致命の一撃。体を黄色い閃光のようなものが迸っていたが、雷系統の魔法なのか……?


「凄い!! あんなの知らない!! アリアン!!見た!!? ナオ凄い!!」


「お、落ち着いてくださいシュリハ様!! 今こちらを離れないでください〜!!」


 あの宮廷魔道士団団長がここまで反応している? 会食の時にはいかにも眠そうだったあの少女が……。確か、名前は瞬双のリリィと共に盗賊を捕らえたという……


「ナオ!! もう1匹が動くわよ!!」


「分かってる!! こうなりゃヤケだ……って! おい! そっちは!」


 右側のバジリスクが討伐された事を喜ぶ暇も無い内に、もう一方のバジリスクが動き出した。


「いかん!! 止めろぉ!! そちらは……」


 不味い!! 街が狙いか!!

 片方がやられた事で、余裕を見せていたバジリスクが兵士達を無視して走り出した。外壁を飛び越え、とんでもない地響きと共に着地したバジリスクの片割れ。


「……!! 門狙いか!!」


 結界が張られた門へ、なりふり構わず突撃を始めた。


「魔道士隊!! 良い的だ!! 結界が破られる前に討つぞ! 放てぇ!!!」


「弓隊構えぇ!! あれだけでかい的!! 外したら末代まで笑い者だぞ!! ってぇぇぇ!!!」


 雨のように降り注ぐ魔法と矢の応酬。次々に魔法は着弾しバジリスクの肉を抉り飛ばし、放たれた矢は血を流させる。巨大な口を開き牙を立てるようにして結界へと攻撃しているバジリスクの下半身は最早無防備と言っても差し支えない。最早この状況、討伐は時間の問題。だが、自らの命を犠牲にするようなバジリスクのこの行動に、私はどこか寒気がした。


「くっ……。これキッツイかも」


「ちょっと、頑張りなさいよ!! アンタなら行けるわ!」


「ナオさん、ポーションを……。あれ?」


「どうしたのよハミィ」


 少女が少年へと声をかける。少年は外を向き、何かを探るように眼下を覗き込んだ。


「本隊と戦ってる敵が全部、……この門に向かってきてるです」


「はぁ!!」


「……ふぅ。 ……マジかよ」



 馬鹿な。ジュミナの部隊がやられたのか? いや、と言うよりは、突然魔物たちがこちらへと突っ込んできている。背を討たれ息絶えているキングコボルトやゴブリンもいるが、突然魔物たちが転進した事に混乱し、追いつけていない部隊もいる。


 キング種が3……4……5体。とてつもない勢いで門へと迫る。


 あれがここまで来たら……間違いなく結界は破られるぞ……。



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