32.第3波
それから15分ほど経ち、外壁上に沢山の兵士と冒険者が詰めかけた。木箱一杯の薬品や武器、ありったけの矢束など、次々と運び込まれ、街を背に物資が積み上げられていく。
「おい、邪魔だ!」
「あっ、すいま……」
完全に場違いである。だが、門の代わりにバリアを展開している以上、ここから離れる訳にもいかない。邪魔にならないように端っこにいよう。
「アンタもっと堂々としてなさいよ! 舐められてるわよ!」
「ナオさんのバリアありきの防衛ですからね……」
「いや、戦いに関してはさっぱりだからな。邪魔にならないようにしないとな」
ジュミナさんは冒険者を下の門に集めれるだけ集め、何やら激を飛ばしている。マルコ中隊長さんも市街へエンペラーの捜索隊を出しているらしい。
「……教えてくれる気になった?」
「いや、魔法を教えられるほど自分の魔法に詳しくないんだよな……、すまないけど俺じゃ教えられないよ」
やっと離れてくれたシュリハさんだったが、さっきからずっと質問攻めにあっていた。教えれるものなら教えるんだが、なにぶんオリジン先生のお手製魔法なので、俺にも原理とかはよく分かっていないのだ。
「全員持ち場につけぇ!!」
外壁上、約200人近い魔法を使える兵士と冒険者が集まり指揮官へと目を向けた。
「偵察の情報では、まもなく視界に捉える!! 敵はAランクの魔物20体!! だが恐れるな!! 我らには宮廷魔道士団団長、シュリハ様がおられる!!」
アリアンさんが声高々にそう叫ぶと、俺の服の裾を掴んだまま全体をちらっと見るシュリハさんへ手を向けた。
「おお!」「あれが……!」
え、宮廷魔道士団団長!? マジですか!?
魔法の威力は見たが、なんとも普段の立ち振る舞いとチグハグな印象というか……。
「……ぶい」
いや、ブイじゃなくて。俺にピースするのはやめてくださいシュリハさん。「あの隣にいるのは誰だ……? 」みたいな感じで目立っちゃってるので、普通にしててください……。
「お、おい。あれ……」
「きた、……きたぞ!」
遠くを指さす冒険者達がざわめき立った。
橋よりも奥に大きな塊が何個も動いているのが見える。
「キング種だ……キング種があんなに」
「あんな馬鹿でかいスライム初めて見たぞ……」
ゴブリンやコボルトのキング種がいるというのは聞いていたが、あゆなに大きいのか。ここから見たら川の近くに生えている木とほぼ同じ高さだ。普通のゴブリンの3〜5倍はありそうだ。7、8、9匹いる。その隣には巨大なブヨブヨした何かが街道を這っている。あれがヒュージ種のスライムだろうか。
「魔道士部隊前へ! 準備だ!」
目標まで約1キロ。第3波はもうすぐそこまで迫っていた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「準備は出来たか野郎ども!!」
「「「オオオオォォォ!!!」」」
いくつもの野太い歓声が外壁に反響し、辺り一帯に響き渡る。
「倒せるか?」
「さぁね、……不安要素が多すぎる」
「エンペラーの所在か……」
馬上からジュミナへと話しかけた男、シャルル・ノルディー・ヴィッケル・ブルーネが近衛兵を引き連れ集まった冒険者と衛兵たちを見やる。
「だが、まぁ……。宮廷魔道士団団長様に、白龍騎士団の副長さん、それに……」
奥からジリジリとこちらに近づく大きな影を見ながら、ジュミナは外壁上へ顔を向けた。
(あのリリィと一緒に来たという男。ナオって言ったか……。あの結界魔法の威力、もしかしてあいつが大水路を……)
既に報告にあった大水路の様子はジュミナも先刻確認してきた。魔物と瓦礫がミックスされた大水路を塞ぐオブジェクト、明らかに普通の魔法では無い。
「確かにその2人がいる事は、サウスブルーネにとっては僥倖であった。だが本命の
「まぁそうだが、恐らくそっちは様子見でもしてるんじゃないかね?」
「様子見……?」
一番の脅威である大地龍の存在を心配するシャルルに、ジュミナは首を振りながら受け流すように答えた。上位龍と戦ったことのある彼女は、ここにいる誰よりも龍という存在について深く理解していた。
「急報!! 一匹、先行して走ってきます!!!」
突如開いたままの北門から、こちらへ走ってきた兵士が声高に報告をあげる。場の空気が一気に張りつめ、緊張が高まる。
「……種類は?」
「恐らく、レッサードラゴンかと!!」
「はっ、先陣が劣化龍種とはね……」
「侮るなジュミナ。ドラゴンの名は伊達ではなかろう」
「逆だよ領主殿。知っている。私は《誰より》ドラゴンの怖さを知っている」
「すごい速さです!!! 距離約500!!」
「GuoOhoooooooeeeoo!!!!!!!!!!」
体長約5m。異常に発達した後ろ脚と、それに反比例するかのような前脚。極端な前傾姿勢とその巨大な顎を開き襲いかかってくる様は、まるでティラノサウルスのようであった。恐竜のような魔物の姿と大音量の咆哮に、集められた兵士と冒険者は思わず震え、1歩下がる。
だが、そんな中走り出した者がいた。震える冒険者と兵士の間をかいくぐり、風のように走り抜ける。彼女はバリアで仕切られた北門を勢いよく飛び出ると、更に両脚に力を込めて大地を踏み抜き、レッサードラゴンへと突撃した。
相対するドラゴンは、その巨大すぎるほど発達した顎をぐわっと開くと、数えるのも嫌になるほどの禍々しい牙を見せつけ、さらにスピードを上げた。
「Gaauaaaaaaaaaaa!!!!!!!!!!!!」
「知っているからこそ、前へ進むのさ。 …………ルァオオオオオッラァァァァァァァァァァ!!!!」
北門から飛び出し200m、お互いは衝突した。ジュミナが雄叫びを上げ、レッサードラゴンへと肉薄する。喰らえば骨や装備ごと持っていくであろう噛みつきの一撃を、ジュミナは華麗に避けると、背から抜いた上位龍の牙を鍛えし大剣をその横顔へ思い切り叩き付けた。
「Gyoaeaaa!?!?!」
まるで大砲の弾を至近距離から食らったかの如く爆炎が舞い上がり、完全に勢いを殺され地面に沈むレッサードラゴン。
「「「う、うぉーーーーーー!!!!」」」
その一部始終を見ていた衛兵と冒険者達が、興奮したように両手を上げ叫ぶ。
「流石にかってぇな……」
「Gururururu……」
全力の一撃をぶつけた筈、レッサードラゴンの顔鱗を少し傷つけ血が滲み出す程度であった。だが、冒険者と衛兵達にはそれで十分であった。
「いいかい!! どんだけ強かろうが斬れば血は流れるし、血が無くなりゃいずれ死ぬ!! お前達はサウスブルーネが誇る勇敢な男共だ!! まさかこんな蜥蜴如きにビビってるやつは居ないよなぁ!!!」
「「「おおぉぉぉ!!!」」」
門前に待機した男達は、自らの不安や緊張を無理やり吹き飛ばすかの如くジュミナの激に乗り歓声を飛ばす。
「よし!! 腹くくりなぁ!! 全部隊……突撃ぃぃぃ!!!!」
「うおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
大地が震えるような怒号と共に、北門の内側に集まっていた約500人が一斉に走り出した。冒険者はそれぞれ得意な獲物を持ち、兵士は整然と並びながらレッサードラゴンに突撃していく。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「凄いな……、リリィの師匠……」
「脳筋ね……レッサードラゴンを剣で叩き飛ばしたわよ」
「GyaooooOOOOO!!!!!!!!!!」
左側の頬からボタボタと血を流すレッサードラゴンが、向かってくるサウスブルーネの男たちへ威嚇のような咆哮を上げる。だが、口火を切ったのは下の部隊では無かった。
「魔道士隊!!! 放てぇ!!!」
アリアンさんのよく通る大声が、走り出した下の部隊に降り注ぐ。その瞬間、詠唱を終え待機していた魔道士から一斉に魔法が放たれた。一体に対して過剰なんじゃないかとも思える攻撃だけど、ドラゴンは油断出来ないと先程アリアンさんが呟いていたのを思い出した。
ジュミナさんがバックステップでレッサードラゴンと距離を取った瞬間、上を向いたドラゴンへと魔法が次々に着弾した。
「GYAhaaaaaaaaaaaaa!!!」
悲鳴のような咆哮と、何十もの魔法の爆裂音が響き渡る。その衝撃は外壁にいる俺たちまで届いた。
「うわぁ〜です!」
「ちょっとハミィ! このくらいで転ぶんじゃないわよ!!」
メラメラと燃える幾つもの火弾や、高速で飛んで行った岩弾は、大量の砂煙を巻き上げ戦場を覆う。
「やったか!?」
あ、アリアンさん……。それはフラグなんじゃ……。
レッサードラゴンは砂煙に覆われすっかり姿が見えない。
「いたたた……まだ生きてるみたいです」
すると、突然煙を振り払い、血まみれのレッサードラゴンが飛び出してきた。だが、
「のこのこお前だけ出てきた報いさ!! っらァァァ!!!」
同じく砂煙から飛び出したジュミナさんが、ドラゴンの頭上から現れ思い切り剣を振り下ろす。
「GYA!!」
金属同士をうちつけたような鈍い音を響かせ、レッサードラゴンが目をぐるんと回し、そのまま横転する。
「やれぇぇぇぇぇぇ!!!!」
そのまま地面へと打ち付けられたレッサードラゴンに、冒険者と衛兵が大挙して襲いかかった。
「Ga……Gi……」
まるでドラゴンを覆うように冒険者たちはレッサードラゴンへと乗り、兵士は周りを取り囲む。幾つもの槍や剣が鱗の隙間へと入り込み、大量の血が流れ出した。
こう言ってはなんだが、まるでカマキリやバッタに群がるアリのようだ。しかし、しばらくするとレッサードラゴンはピクリとも動かなくなった。数の力恐るべし。
「流石というか……あやつも武偏重な戦い方は相変わらずだな……」
「シャルル殿!? 何故こちらに!?」
「アリアン殿。我が領地が未曾有の危機に晒されておるのだ。私が先陣に立たずしてどうする。貴殿は気にせずに指揮をとってくれ」
なんといつの間にかシャルル辺境伯様と側近の近衛兵が外壁へと上がってきており、眼下の戦いを見てアリアンへとそう言った。
「見たか!! 力を合わせればAランクの魔物など恐れるに足りん!!! 各隊、4パーティー1組のレイドパーティーを構成しろ!! 後続に備えろよ!!」
「「「おおぉぉぉ!!」」」
レッサードラゴンを呆気なく倒したからか、士気は最高潮になり、冒険者も衛兵も意気揚々と隊を組んで持ち場に着く。北門を守るように配置された横陣の陣形と、垂型の陣形のパーティーとで分かれ、土煙を立てながらこちらに突っ込んでくる第3波に備えていた。
「シュリハ様、そろそろ……」
「むぅ、……しょうがない」
俺に引っ付いていたシュリハさんをアリアンさんが引き剥がしに来る。俺の顔を睨みながら連れていくのは止めて下さい……怖いです。
シュリハさんも所定の位置につき、再び魔道士隊が最大火力で敵を迎え撃つ準備に入る。
その時であった。
「た、大変で……ッ……!!!」
俺たちの更に右側の方から衛兵の叫び声が聞こえた瞬間、途切れた。
皆何事かと一瞬右側を振り向くと、そこにはソイツがいた。
冒険者と衛兵の魔道士部隊も、アリアンさんも、シャルル辺境伯様も、シュリハさんも、俺達3人も、皆空気が凍りついたように動きを止めてそれを見た。
まるで物言わぬ石像となったように土色となった兵士の彫像の奥にいる何か。
外壁を登ってきたであろうソレは、未だ頭しか見えないものの、人など易々と飲み込んでしまうだろう巨大な口。チロチロと3本もの長い舌が口からはみ出し、不気味に蠢いている。そして、所々黒く淀んだ黄色い眼球に縦の切れ目がくっきりと浮かび上がり、4つある目がこちらを凝視していた。
「ナオ……ナオ!」
「うっ……ら、ラミィ」
「静かに……! ……あっち」
ラミィに手を引っ張られ、恐怖で硬直した俺の体が動く。ラミィの目線の先を見ると、反対側の外壁にもそいつがいた。同じように長い舌を出し、様子を伺うようにこちらを見ている。
「バジリスクですよ……。それも……2体もいるです」
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