30. 第2波
正に黒波のような魔物の大群。その先頭を行くのはハングリーウルフ。単体ではBランクだが、集団になれば一気に危険度が跳ね上がる黒波の大樹林に住む
そんなハングリーウルフの群れが約800頭。各々全力でサウスブルーネへと疾駆する。街道は、それらの大群で黒く染まり、地を駆ける音は重なり合い空気が震える。
正面に見える、高くそびえる外壁は厚く、固く、まさに堅牢堅固。本来であればこの数で襲いかかったとしても、ビクともしない上、矢なり魔法なりで射殺されるのが落ちだろう。
だが、今は都合良く堅固な大門が開いていた。そこへ突撃し、街に入り乱れ、餌である人間を殺す。何故かそうしなければいけないと、狼達は必死にそこを目指した。
外壁に近づくにつれ、人間たちの騒ぐ声が聞こえる。だが気にしていられない。早く街に入り、人間を蹂躙せねばならない。
先頭の集団が門へ辿り着くと、一気に通り抜け街に踊り出ようとする。だが、
ドゴォォォォォン!!!
彼らは突然吹き荒れた爆炎にその身を焼かれ、一瞬で息を引き取った。
「今度はなんだ!?」
「新手の魔物か!?」
何かが爆発するような音と共に、外側へと粉塵が舞い散る。後方の狼たちは何が起きたか分からず、粉塵の中を注視した。すると、何かを打ち付けるような音と共に、先頭集団のウルフが何匹も派手に吹き飛び、群れの中へと消えていく。
「大変な事になってんねぇ。何故門が開いてんのさ」
粉塵の中に見えるのは、一人の人間。燃えるような赤い髪と、右手に持った大剣を肩に担ぎ、こちらへ殺気を飛ばしてくる。
群れの中央にいたハングリーウルフのリーダーは、その人間から漂う異常な闘気を敏感に肌で感じとっていた。まるで森の中で見かける
「グルルルルル…………」
ウルフのリーダーは考えた。恐らくあれには勝てない。噛み付けば殺されるのはこちらだと。黒波の大樹林を長く生きてきたリーダーは、目の前の人間をそう評価すると、周囲にいる狼たちを動かした。
走れ、走れ。走って横をすり抜けろと。何匹がかりでもいい。こちらは800も居るのだと。いくら強かろうが、すぐに対応できなくなり、数で押し切れる。
「ガヴァ!!!」
「「「ウォーーーーーーン!!」」」
一声吠えると、周囲のウルフ達が一斉に門へと駆け出した。我先にと走り、広々としたサウスブルーネの北門も、その圧倒的な数のウルフを受け入れきれぬ程の殺到具合。
だが、
「るおらぁ!!!!」
「ハッ! ハッ!! セヤッ!!」
いつの間にか増えていた白い騎士の女も加わり、殺到した狼は次々と切り飛ばされ、門外へと吹き飛ばされていく。恐ろしい膂力で大剣を振り回す赤い髪の女と、目にも止まらぬ素早い動きで狼の急所を貫く女騎士。
斬る、斬る、叩きつけ、斬る。
貫き、貫き、穿ち、貫く。
門へと入ったウルフが次々と骸へと変わっていく。
予想はしていたが、あれ程までに簡単に同族を打ち倒すとは思いもよらず、ウルフのリーダーは二の足を踏んだ。だが、すっと振り返り、後ろから来る集団を見ると、ニヤついた様に低く唸り再び前を向いた。
「「「グオオォォォォォオアアアッッ!!」」」
ウルフの大群より一際大きなその黒い波は、まるで全てを飲み込む死の津波。あれに呑まれたらたとえバジリスクでもタダでは済まない。
本来縄張りを奪い合い、殺し合う筈の
ウルフのリーダーは次々と集団を送り込む。どれだけ強かろうが所詮は2人。飽和した数での攻撃はいずれ捌けなくなる。それに、
「グオォォ!! グアオォォォ!!」
強靭な身体で敵をおさえつける程の巨躯を持つ黒大熊の群れなど止められるはずもない。
「ウォォォン!!」
同族へと合図を出し、後ろから地響きを立てて迫る黒大熊に併走するよう走る。スっと隙間に入ると、暴風のように進む黒大熊の集団を先頭に、北門へと突貫した。
止められるものなら止めてみろと。 嘲るように。余裕の笑みを浮かべ。
黒大熊に紛れたハングリーウルフは進む。北門まであと僅か。同族を屠っていた2人にも焦りの顔が見えた。
いける。蹂躙してやる。街に入り、いつも縄張りを荒らす人間どもに目にものを見せてやる。腸を噛みちぎり、目の前で引きずり回してやるのもいいだろう。
そんな事を考えていた矢先であった。
「バリアァァァァ!!!」
ガガガガガガガガキィィィィィィン!!!!!!!!!!
目の前がはじけ飛んだ。いや、違う。
なんだ? 何が起きた?
北門へ突撃した筈が、今目の前に広がるのは青い空。宙を舞ってる?何故?
下へ顔を向ける。先頭の黒大熊の集団が、門にいた2人……では無い。見えない壁のようなものに阻まれ潰れていた。勢いのままに突撃した後続が、次々と殺到し、黒大熊の群れの合間に入った同族が潰れ、挟まれ、圧死し、黒大熊もその重圧に耐えかねて吹き飛ばされた。一番先を走っていた一際大きな身体の黒大熊など後続と見えない壁に挟まれ、臓物を口からぶち撒けている。
後方を見れば、先頭が進めなくなったことにより、勢いを殺しきれず転倒する個体や、他の個体に轢かれるものも多く、大混乱が起きていた。
意味がわからない。走馬灯のようにゆっくりとした時の中、ウルフのリーダーは理解が出来なかった。門は確かに開いていた。立っていた人間2人もなにかした様子は無い……どころか、驚いている様子さえある。ならば何故こんな事になっているのか。ふと外壁上を見上げる。
人間の男と、美味そうな子供2人がこちらを見ている。いかにも弱そうで貧弱な体つき。まさかあれがやったというのか。一瞬でこちらの優勢を打ち消し、場を混乱に陥れた。
そして、もう1つの異変に気づく。
更に右を見ると、エルフの子供が本のようなものを手にし、目の前に、光る紙切れのようなものが浮いていた。それを見た瞬間怖気が走る。
「
光る。光る。光る。
稲光が地面に刺さり、大地を抉り飛ばす。
いつの間にか暗雲に覆われた空が鳴動し、幾筋もの閃光が魔物を襲った。直撃を受けた黒大熊は、痙攣するように倒れ伏し、黒い煙をプスプスと上げた。不規則に落ちる稲妻はやがて魔物だけを狙い撃つかのように轟き、一撃毎に黒大熊数十匹が焼け焦げ吹き飛ばされる。渦のようにうねる暗雲は、ありったけの雷光を吐き出した後、やがて空に溶けるように消えていった。
地面に打ち付けられ、当たりはしなかったものの、落雷の余波を存分に喰らい、既に満身創痍。
群れを蹂躙され、ウルフのリーダーは呆然と辺りを見回す。こんな事があるのか。自然を操り、敵へとその矛先を向けるなど神の所業に近しい行いだ。
ドスッ
何かが体を貫いた。最早抗う気力さえ残っていなかったウルフの長は、弓矢を番えた女騎士をちらりと見やると、同族達が倒れ伏す大地へと体を預けるようにして横になり、意識を閉ざした。
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