29.アクシデント
サウスブルーネ 商業区入口付近
「
先程から散発的になってきた魔物達の侵入を、ジュミナが背中のバシュミアートで一刀に斬り伏せた。大剣の軌跡には輝く炎が尾を引き、宙へと漂いやがて消える。目の前のゴブリンの集団は、皆一瞬で下半身を失い、そのまま業火の炎に焼かれ朽ち果てた。周りを見れば、陣を敷き、少しづつ前進している冒険者達も、順調にゴブリンとコボルトの混成の群れを倒し、中央付近は完全に制圧したようだ。
(しかしさっきの魔法の気配はなんだ……? 大水路の方から雷と大きな地響きみたいなのが聞こえたが……。まさか穴でも開けられてんじゃないだろうね……)
先程北東の空に、雷系統の魔法の光が閃いた。ジュミナは規模と光の大きさから、上級あたりの魔法であると予測を付けていたが、そこから間を置いて更に大きな地響きが轟いた。指揮下にある冒険者たちも狼狽えるほど大きな地響きは、しばらく続くとやがて聞こえなくなった。
自分一人であればすぐにでも向かうところであったが、現状がそれを許さない。
冒険者達を指揮し始めてから、順調に制圧箇所を増やしてはいるがやはり大人数な分、歩みが遅いのだ。これで城壁に穴でも開けられているのなら、これから大量の魔物を相手にする事になる。
「急報!! 急報だ!! ギルマス〜〜!!」
そんな焦りを感じつつ、バシュミアートの刃に付いた脂を、布切れで拭っていると、大水路方面へと偵察に出ていた、Cランクシーフのホーキンスが慌てて戻ってきた。
「あん? どうしたさね。大地龍でも出たか?」
「いやいや、そうじゃねぇっす!! 北東方面から来る魔物たちの侵入経路が分かったっす!」
「ほう、どこだ」
十中八九、サウスブルーネ外壁東に隣接する山脈。そこから続く隠し通路だろうと予測を付けていたジュミナは、ホーキンスの言葉を待った。しかし彼から告げられた場所は、
「魔物たちは大水路下の格子を破ったとか!! 大量の魔物がそのまま泳いで中へ入り込み、商業区から侵入していたようっす!」
「馬鹿な!!」
水中、それも幾重にも鉄格子で張り巡らされた急流の中である。外壁の幅は10m程もあり、中では勿論呼吸など出来ない。
そんな水中で鉄格子を破壊し、それも泳ぎながら水路へと上がり侵入するなど到底考えられなかった。
大声を出して驚くジュミナを見て、何事だと周囲の冒険者達もこちらを伺い始めた。
しかし、ジュミナはふと気づく。
「待て……。……侵入して……いた??」
「あ……はい。そうっす。なんか、空飛ぶ冒険者が、近くの瓦礫やら魔物の死体やらを全部浮かせてぶっ込んで、大水路の水ごと魔物の侵入を止めちゃったっす!!」
「……は?」
唖然とするジュミナ。
「「「はぁ!?!?!?」」」
続いて周囲の冒険者達も愕然とし騒ぎ出す。
「いやいやいや、待て。……それはエルフの少女だったか? ……てか、空を飛ぶって何さ? 大水路の水ごとって……隙間なく全部塞いだのか!? 相当広かったよねぇ?」
「はぁ、それが。大水路に誓約の剣のジャズがいたんで聞いたんすけど……、男と子供2人だったそうっす。水路はもう凄かったっすよ。なんかもう、魔物も瓦礫も全部こねくり回してぶっ込んだみたいな……。魔物は黒焦げだったっす」
「男と子供2人…………」
「……ギルマス? 」
「……敵では無いか。なら……。いいかぁお前ら!!! 只今より掃討戦に移行する! 2パーティー1組で散開しな!! 相手はゴブリンとコボルトだ! 1匹でも逃がしたら大変な事になるぞ!! 草の根かき分けてでもくまなく探し出せ!!」
「「「オォォォォ!!!」」」
「増援がないならこっちのもんだ!」
「ブリーフィング通りだ!! パーティー合流急げ! 散開だ!!」
ジュミナは少し考える様子を見せると、周囲で騒いでいる冒険者へと指示を飛ばした。
100人を超える冒険者達は素早く移動し、前日の取り決め通りに合流すると、サウスブルーネの街を網羅するように移動を始めた。
「さて、アタシは……」
ジュミナは冒険者達が街中へと散開するのを見届けると、バシュミアートを背中へと戻し、外壁へと歩を進めるのであった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
サウスブルーネ 外壁上
うわぁ、さっきのどでかい音の正体はコレか……。
てか頭痛い……つつつ。魔力の使いすぎだよなぁ……絶対。
「凄いです……。お姉ちゃん並……いや、それ以上かも」
「な、なによ! こんな魔法まだまだよ! 私の方が、す、凄いし……」
眼下に広がるのは、穴だらけの大地と焼け焦げた魔物の死体だ。穴の付近はドロドロした溶岩が冷めて固まってきており、岩の破片が周囲を巻き込んで未だ燃え盛っている。すげえな……。
俺達が着地したのは外壁の右端なのだが、左の北門の方に迎撃部隊が固まっている。
「……って、あれ?」
「どうしたです? ナオさ……うわぁ!!」
「わっ!! なになに! 敵!?」
ハミィが突然大きな声を出して驚いたのだが、集団の先頭にいる少女。白の外套を纏い、黒波の大樹林をじっと見ている。あの子って……確か、
「あんな魔力量見た事ない……。激ヤバです……。お姉ちゃんの3……4倍!? 」
「えぇ!? そ、そうなの……。ま、まぁまぁやるわね!! いい線いってるじゃない」
ラミィの魔力がどれだけあるか分からんが、上級魔法を撃てるラミィの4倍って滅茶苦茶ヤバいのでは……?
エナジーバーを小動物みたいに食べてたエルフっ子が、そんな凄い子だったとは……。異世界の少女強すぎでは?
「うわ、奥から魔物の群れが来てるです!! は、速いです! 」
「あれって、うわ、狼だ……」
「ハングリーウルフと……あれはブラックベアーの群れね。ゴブリンやコボルトとは格が違うわよ」
トラウマが蘇る。こっちの世界に来て初めて会った黒い狼、ハングリーウルフ。それが黒波の大樹林から街道を通り、凄い勢いでこちらへと迫っている。何匹いるんだあれ……
ハングリーウルフも1匹1匹がかなり大きいが、それよりも大きな奴がうじゃうじゃと後ろの方から追従している。あれが全部ここへと殺到すると思うと恐怖でしかないな……。
「…………あ」
「あ」
ふと目が合った。エルフっ子。それと隣にいた白い女性の騎士がつられてこちらを見る。うわ、睨まれた!
「貴様は確か……、何故ここにいる!」
綺麗な人だが、なんか怖い。こっちへとずんずん歩いて来る。
「何よ。さっきの私の魔法見えてなかったのかしら。ナ、ナオの魔法だって結構な音してたでしょうに」
「お姉ちゃん。名前呼ぶのになんで赤くなってるです? この穴ぼこだらけの炎魔法とタイミング被ったのでは?」
「う、うるさい! 別に照れてないし! そうかな〜とは思ってたわよ! バカ!」
「あいたっ!」
「ほら、ラミィ。ハミィを叩いちゃダメだぞ。お姉ちゃんだろ」
ラミィがぽこぽこハミィを叩いていたので宥めていると、女性白騎士とエルフっ子、それに隊長っぽい人がやって来た。
「おい、貴様ら! 無視するな! 何故ここにいると聞いている!」
「アリアン…………。…………美味しいのくれた人。…………やほ」
エルフっ子が女騎士の外套をちょんちょんと引っ張る。すると、アリアンと呼ばれた騎士は大仰にエルフっ子へと振り返り、ややあって頷いた。その後エルフっ子が手を振ってきたので軽く振り返す。
「あ、す、すいません! 仲間を探しに来てて……」
「仲間だと……? 貴様冒険者か?」
まぁそうなるよな。だが俺は焼肉屋だ。
「あ、いや……。でも仲間は冒険者で、リリィと言うんですがここに来てますか?」
「リリィ……瞬双か! という事は、お前は……」
後ろの位の高そうな衛兵さんがリリィの名に反応する。どうやら知ってそうな雰囲気だが、後ろから別の衛兵が走って来る。
「ウルフ第1陣、警戒ライン突破します!!」
「速いな、だがウルフが何匹集まろうとサウスブルーネの門は破れん。全員弓構えぇぇぇ!!」
くそ、せっかくリリィの所在が分かると思ったが、ウルフの邪魔が入ったか!
「シュリハ様、お願いしま……なんだ?」
アリアン騎士がエルフっ子へ頭を下げると、エルフっ子が頷く。魔法で迎撃するのだろうか。見たところエルフっ子は騎士より偉いようだ。
と、そんな事を考えていた時。とてつもない重低音が左の方から聞こえてきた。外壁上が何かにつかまっていないと転びそうな程震えている。
「…………門。開いてる」
「何!! まさか……!? 北門管理室は何をしてる!! このままじゃ魔物が雪崩込むぞ!!」
え!? 門が開いてる!?
慌てて外壁から下を眺める俺達。ここからでは見づらいが、サウスブルーネ入口の15mはある巨大な門が、ゆっくりと内側へと開いていた。
おいおいおい、あんなのが街に雪崩込んだら終わりじゃないのか?
「お、終わった……」「そんな……おしまいだぁ!!」「門番は何してんだ!!」
「すぐに門を閉めさせろ!! 至急!! 急げぇ!!」
門が開いたのを見て、へなへなとその場に座り込む冒険者や怒声を上げる衛兵。こんなタイミングで開くなんて……。
ウルフはもう300m程の所まで迫ってきている。軽く7……800はいるぞ!
そして魔物の群れはサウスブルーネへと到達した。
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