28.シュリハの実力

 息を殺す。できるだけ静かに、気取られぬよう。

 街道を挟んだ奥の林の影に隠れ、息を潜めた3人は次々と森から現れる魔物を見ていた。


(ゴブリンキング5……6体に、コボルトキングはこれで9体、バジリスク2体、レッサードラゴン1体、ウルフとスライムのヒュージ種までいる……。ヤバすぎる……!!)


 先に出てきたゴブリンやコボルトの群れが去った後、単体でもAランクを越す魔物が次々と現れている。中でも石化の眼を持ち、尻尾の先まで含めると体長15mを越すバジリスクや、劣種レッサーではあるものの、龍種の末裔レッサードラゴンは、単体でSランクになる。


 それら全てが反目すらせず、一丸となってサウスブルーネへと進んでいく様に、恐怖を覚えるリリィ。

 Sランク冒険者ならばいざ知らず、BやAランクでは、裸足で逃げ出すほどの戦力であった。


 この場にいるバルバロは、この事態をいちばん重く受け止めていたが、サウスブルーネに続く街道は今も魔物だらけでとても戻れそうにない。無理やり群れの中を突っ切ることも出来なくは無いが、リリィやイオニスが恐らくついて来れない事と、バジリスクやレッサードラゴンを従えるほど賢く、魔法に長けたエンペラーがいるのであれば、自分達の背を討つために行動するかも知れない。そうなった時、バルバロですら生き残る自身は無かった。


(これだけの戦力、街に全て届いたら……。…………耐えきれないわね)


 どうにかしてこの情報を持ち帰らないといけない。だが、今伝令の魔法を使えば、エンペラーであれば必ず察知されるだろう。そして歩いては向かえない。


「……まだ待機よ」


「了解バロさん」


「分かりました……」


 3人は氾濫の様子を注視しつつ、再び息を殺し潜む。機会が訪れるのを待ちながら……。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 サウスブルーネ北門


 唯一陸路からサウスブルーネへと至る北大門。普段は多くの商人、旅人、冒険者が詰めかけ、検閲官が忙しなく走り回る姿が日常であったが、今はその影すらない。



「弓隊放てぇ!!」


 怒声の直後、何十何百の風切り音と共に地で蠢く魔物の群れへ向けて、引き絞られた弦から矢が放たれた。


「グゲェ……」「ギャオァ」「グギャ!」


 吸い込まれるように身体中に矢を浴び、息絶えるゴブリンとコボルトの群れ。しかしその死体を踏み越え新たな魔物が進撃する。


「ウガァッ!!!」


「なんて数なんだよ……うぐッ!!」


「投石で負傷したぞ!! 治癒術士連れてこい!!」


「くそっ、盾兵! 投石を防げ!! 」


 中にはホブゴブリンや、コボルトロードなどの強力な個体も多数おり、手近の石や死んだ衛兵の剣などを投げつけ外壁上の衛兵の手を焼かせていた。


「くそっ、こんな数……、、」


「本当に勝てるのか……? 撤退した方がいいんじゃ……、」


「臆するな!! サウスブルーネの外壁は堅固!!

 ゴブリンや、コボルトごときがいくら集まろうと破れはせん!! いつかは倒し切る!! 弓隊構えぇ! 」


 激を飛ばし、弱気になる衛兵たちを叱咤する。だが、マルコ・バネッサは士気の維持が難しい事を理解していた。

 確かにサウスブルーネの外壁は高く、厚く、門は堅固である。だが、先程から別動の魔物の群れが街中に入り込み、火の手と市民の悲鳴が上がっているのは、この外壁上からも確認していた。



 マルコは千を越える眼下の魔物たちを見下ろす。その額には冷や汗が流れていた。外壁上では、偵察隊の冒険者も入り交じり、奮戦してはいるものの、突然の急襲と街への侵入により戦力は分散気味であり、何か手はないかと頭を悩ませていた。


 そんな折、ふと後ろに気配を感じた。


「…………やほ」


 子供のような背丈の少女。


「……は? 子供が何故こんな所に…………エルフ?」


「貴様がここの指揮官か」


 場にそぐわない、まるで街中で友人にあったような気軽な挨拶をするエルフを見て、思わず呆けるマルコ。だが、隣の白銀を纏った騎士を見てすぐに居住まいを正した。


「白龍騎士団の紋章!? ……失礼しました! 小官は臨時偵察中隊指揮官、サウスブルーネ衛兵団中隊長のマルコ・バネッサであります!!」


「奮戦ご苦労である。私は白龍騎士団副官、アリアン・ヴィッケルト・パニシュだ。そしてこちらが」


「……シュリハでおけ」


「……は、シュリハ様ですか?」


「まぁ、……見た方が早かろう。シュリハ様……」


「お腹空いたアリアン……」


「シュリハ様! これが終わったら美味しいものいっぱい食べれますので……ね? 団長就任早々、功績を積むチャンスでもありますし……」


「うん……。約束ね……?」


 あの誉れ高い白龍騎士団と聞いて、ざわめきが上がる外壁上の衛兵と冒険者達。だが、隣にいる少女はどう見ても子供にしか見えない。立派な外套を羽織ってはいるが、そんな少女がこんな外壁上に何をしに来たのか。

 シュリハが前へと踏み出し、眼下を見下ろして右手を掲げる。


「……うじゃうじゃ。…………でも御飯が待ってる。殲滅の魔導書グリモワール


 すると、掲げた右の掌から湧き上がるように一冊の本が現れた。本は主の意思に従うようにひとりでに開くと、魔力と魔法陣を帯びた2枚のページが破られ浮き上がる。


火球ファイアボール炎嵐フレイムストーム獄炎弾ヘルフレイム


 浮き上がったページは互いに重なり合うと、金色の光を一瞬放ち、混ざり合うように1つとなった。

 やがてそれは眩い光を放ち、描かれた魔法陣が極大化する。


 高く、高く


 そして爆ぜた。






「なんだよ……ありゃ……」


 天を見上げた冒険者たちは、唖然とした。

 炎を纏った……否、を纏った1m程の大岩が、千を越える魔物の頭上に現れた極大の魔法陣からと降り注いだ。


 魔物達の群れは、頭上からあまねく降り注ぐそれらに対し、ただただ見上げる事しか出来なかった。次の瞬間、



 轟音に次ぐ轟音




 まるで流星が大地に降り注ぐ如く、その荒れ狂う炎嵐を纏った大岩は、魔物を容赦なく炸裂させ、燃やし、大地を抉り、爆発と飛び散る大岩の破片で群れを蹂躙する。

 何も知らず息の根を止めた魔物は幸福であったかもしれない。運良く生き延びた魔物は、焼かれる苦しみと、損傷した四肢の痛みに悶絶し、事切れるまで這いずり回った。


 その見たことも無い圧倒的な魔法に、言葉が出ない衛兵と冒険者たち。アリアンは満足そうに、また周囲の様子を見てまるで我が事のように悦に浸った。


「……最近酒場でちらっと耳にしたが……、新しく着任した王都のちっこい宮廷魔道士がいきなり団長に昇格したって……」


「宮廷魔道士団長!? て事は、レクシア王国一の魔道士じゃねぇかよ……」


 シュリハの容貌と、その外套の刻印を見てハッとした冒険者の1人が呟いたのを聞き、周囲にもざわめきが広がった。


「お見事です、シュリハ様。 マルコ指揮官、好機である。残敵を掃討するため動かれよ」


「なんという……。……そうですな! 直ちに! 」


「これは勝てる、勝てるぞ!」


「よし、残った敵を討ちゃあ俺たちの勝ちだ!」


 ざわめきはやがて歓喜に変わり、彼らは続々と弓を手に取り命令を待った。眼下にいた千を越える敵は既に10分の1程になっており、残っている魔物も満身創痍だ。

 だが、



「……うじゃうじゃ」


「……? シュリハ様?」


「……まだ来る」



 彼方を指さすシュリハ。その先を見ると、なにやら黒森の大樹林から黒く蠢く何かがこちらへと向かっている。


「あれは……第二波か! 総員弓構え!! 下の敵を早急に殲滅するぞ!!」


 大魔法の余韻に浸る間もなくマルコが全体へ指揮を出した。雨のように降り注ぐ矢が、虫の息だったゴブリン、コボルトの生き残りを無慈悲に刈り取っていく。


「あれは……黒大熊ブラックベアーとハングリーウルフか! …………また千以上はいますね。だが何故この2種が? 本来であれば反目し殺し合うと聞いてますが……」


「…………魔法」


「え?」


「…………恐らく、魔法のせい。支配。にんぎょー」


 アリアンはシュリハの言葉を聞き、驚きを隠せなかった。奥から向かってくる新たな第2波、そして殲滅した第1波、これら全て魔法による支配を受けていたのならば、それを仕掛けた何かがいると。

 もし第2波を退けたとして第3第4波があったら? そう考えたアリアンの表情からは先程までの余裕は消えていた。相変わらず無表情で第2波を見つめるシュリハを横目に見つつ、アリアンも近くに備えてあった弓を手に取り、弦の調子を確かめるのであった。



 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 サウスブルーネ 北門管理室


 全ての面が石畳で覆われた10m四方の部屋。北方向の壁には外が僅かに見える小窓があり、普段であれば日没と同時に門は閉められる。

 駐在する兵士は、24時間365日どんな時でも常に2人ずつおり、2級警戒令が発令されている現在では10人以上の兵士がその部屋を厳しく堅固していた。


 また、高さ15mある巨大な魔鋼製の門を開くため、部屋の中には門を開閉するための魔道装置と、龍脈から吸い上げた魔力を魔石に溜め込み、更にそこから魔力を供出するための装置がある。その目の前には簡素な木の机と椅子がいくつか置かれ、駐在する兵士が使っていた。


 そんな場所へふらりと近づく影が一つあった。



 猫背が酷く、前かがみではあるが背は高い。2m以上はあるだろう。フードを目深に被り、顔は何かしらの布でぐるぐる巻きにされ、表情が分からない。

 かなり大きなローブを着ている為、体もほぼ見えないが、衛兵が見ればすぐに誰何すいかかれるような風貌だ。


 その者がふらりふらりと北門から20m程左にある門管理室への通路に入ると、すぐに走り出す。


「ぎひっ」



 気味の悪い笑い声を漏らし、その不安定な姿勢で猛スピードで走り出すと、管理室外側で待機する衛兵6名がそれに気づいた。


「何者だ!! 止まれぇ!!」


「………………」


 衛兵が槍を構え、不審者へと誰何する。しかし何も答えずその者は走り続ける。


「ここは警備の者以外立ち入り禁止……おい!止まれっ!! くそ、全員戦闘態勢!!」


「来るぞ!! 捕えゲギャっ!!」


 ピチャリ


「……は?」


 謎の男が、不気味な程の前傾姿勢であっという間に接近してくる。それを見た衛兵の1人が、急いで槍を構えた途端、隣の兵士の頭が吹き飛んだ。

 赤い飛沫が、槍を構える衛兵の頬に飛び散り、思わず指でなぞる。隣で事切れる死体へと気を取られた瞬間、


「バカ!! 前を見ろっっ!!」


「は……こひゅ」


 ローブの男は、身を包む巨大なローブからいつの間にか腕を伸ばすと、槍を避け首を掴み、易々と捻じきった。



「ひぃぃぃぃ!! 」「ぎゃうっ…………」

「あぎゃ!!」


「なんだ!! バッシュ!? イェンニッヒ? ……おい!」


 次々と上がっては消える悲鳴に、中で待機していた衛兵達が声をかけるも、返事が全く聞こえない。彼らは急いで扉へと手をかけた。


 ガチャリ



「……え?」「なんだ? ……ゴ」


「げひっ。 ……じねっ」



 扉を開け、そこにいた者を見て固まった瞬間、彼らは意識を閉ざした。











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