27.ナオの魔法
上空に上がると、北東の方にあちこち火の手が上がり、黒い煙が立ち上っているのが見える。
「ハミィ。魔物ってここからでも見えるのか?」
「えーと、そうですね……」
左に担いでいたハミィに尋ねると、ハミィはサラサラした金髪の髪を左手でどかし、遠くの方へと目を凝らした。よく見ると光の粒子みたいなものがハミィの紺碧の瞳を照らしており、光っている。魔眼を使うとかっこいいな。
「すごい沢山いるですね。魔物は赤く映るのですが、沢山いすぎてゴチャゴチャにくっついて見えるのです。主に多いのは……あっちと……あっちのお外の方は凄いです」
「北東……河を引いている水路の方と……。やっぱ外か。……リリィは獣人の女の子なんだが、それも分かるか?」
「うーんと……。この近くには居ないみたいですよ。建物の中も北東も人族ばかりです」
やはりまだ戻ってきてないか……。となると外に……。大丈夫なのか……?
「どうする?」
「……街が壊滅したら元も子もないから。入り込んできてる所をどうにかしよう」
「なるほど。私の出番ってわけね。行きましょ!」
北東方面にビシッと指さしたラミィの言う通り、大水路の方へと向かう。流れ矢とか来たら怖いので少し高度を取りつつ電磁レールを伸ばす。
北東の大水路に近づくにつれ、叫び声や剣戟の音が大きくなる。緊張で手に汗が滲む。日本では禄な喧嘩すらした事がない。俺が行ったところで何が出来る訳でもないが、
「大丈夫よ、任せなさいな」
「僕も頑張って探しますです!」
2人が俺の緊張を察してか、励ますように声をかけてくれた。本当にいい子たちだ。
大水路の上空へとたどり着いた。レクシア大河から枝分かれした川を引き、街中へと流す大元となるこの大水路は、幅だけで7〜8mはあるものの、水中には鉄格子、それに外壁下から流れているため、通常魔物は入って来れない。だがどういう訳か、今は大小様々な魔物が水路から上がり、街中へと侵入している。恐らく中の鉄格子は壊されてしまったのだろう。
「持ちこたえろ!! じゃないとこいつらが街に雪崩込むぞ!!」
「もう何匹も通しちまってる!! このままじゃ俺達もなぶり殺しだ!!」
「「ギャギギャアア!!」」
冒険者のような風貌のパーティが10人ほど頑張って持ちこたえているが、侵入する魔物の数が多すぎて横を何匹も通り抜けていた。
山猫亭を襲っていたホブゴブリンをさらに大きくしたような魔物もおり、手練の冒険者3人がかりで何とか止めている。だが、どう見ても旗色が悪く、このままでは時間の問題だろう。
「わたしの出番みたいね」
「ラミィ? ……大丈夫か?」
「まぁ見てなさい! そして私の凄さを実感して敬いなさい!! 」
ラミィが大水路に向けて両手を掲げる。すると先程までの威勢の良さが鳴りを潜め、静かに集中し始めた。
「……深き森……霊峰の頂にて……我はあり、其は果てなく天覆う、やがて訪れる、明滅す、胎動す、神滅の
「あわわ、お姉ちゃん!! それはヤバイです!!!」
「え?」
「上級殲滅魔法です!!」
「えぇ!」
瞬間、目の前が真っ白になった。大気が震え、一瞬遅れて轟音。
大地が抉り取られるのではと錯覚するほどの雷鳴は、そこにいた全ての者の頭上に鳴り響いた。爆発が起きたかのような砂塵が辺りを包み込み、周囲がよく見えない。俺達の目が稲光の発光から回復する頃、ラミィの魔法の直撃を受けた魔物だった物……が大量に水面に浮かび上がり、地面にも横たわっていた。……とんでもない数だ。
「お姉ちゃん!他の冒険者さんもいるですよ!」
「大丈夫よ、見なさい!ほら」
目を向けると、先程まで防戦に徹していた冒険者達は、あまりの衝撃に唖然とし、目の前の黒焦げとなった死体を呆然と見ている。
大水路からは、雷が直撃し蒸発したのか白い煙が上がり、空へと舞い上がっていた。水面に浮かぶゴブリンやその他の魔物の死体も軽く100は超えている。流石にホブよりでかいやつは死んでないようだが……もう虫の息だな。
凄すぎんかラミィよ……。何故奴隷商人に捕まった……。
「ふふん! どう!? 凄い!? 凄いでしょ!!」
「もう、お姉ちゃん……」
「…………おお……」
ハミィはどこかやってしまったという顔つきだが、俺は驚きすぎて声も出ない。撫でてやりたいのだが、生憎と両手が塞がっている。
「ちょっと! 反応薄くないかしら!!」
「いや、凄すぎだろラミィよ……。これだけの魔物を一気に倒すなんて……。ついてきてもらって良かったかも……」
「ふふん! そうでしょそうでしょ! もっと褒めてもいいのよ!」
「あまり褒めないで欲しいのです。お姉ちゃんは調子に乗るとろくな事にならないですよ」
「あんた、なんてこと言うのよ!! それが可愛い姉に対する態度なの!! んー! このっ! このっ!」
「おいおい、暴れるなラミィ! ……っと」
じゃあ、俺も出来ることをしよう。実は考えてた事がある。
「ハミィ、ちょっと俺の首に跨がれるか?」
「あ、はいです! ……ん、よいしょ、よいしょ」
「ちょっと、何する気? 確かにあれは一時しのぎにしかならないけど……」
「まぁ見ててくれ。ちょっとやってみる」
電磁魔法を習得してから、俺は飛べるようになった。つまり、俺のように他の物や人も浮かせられるって事だ。
なら、
「
左手を水路に向け、探るように電磁場を広げていく。何となく感覚で伝わる電磁場の網を、大水路と周辺に広く、広く……
「……むずっ。なんかすげぇ荒れてるな……」
ラミィの雷魔法の影響だろうか。集中を切らすと今にも網がほつれてしまいそうになる。集中しろ、ラミィやハミィに任せてばっかりでは流石に男らしくない。
「なんです……これ。……魔力の網? 見た事ないですこんなの……」
「な、なによ。何してるの……?」
目には見えない電磁場の網をようやく広げた俺は、そこに引っかかっている魔物の死体や家の瓦礫へ神経を集中する。
…………よし。
「じゃあ次は……
大水路と外壁の境界線。魔物が流れ込んでる原因となった壊れた鉄格子へと、圧縮した電磁界の球を飛ばした。音もなく水中に入り込み、強力な電磁場が形成されていくのを感じる。
「なに、何も起きないわよ……? 失敗!?」
「(見た事ない色が広がってるです……)……何するつもりですか……ナオさん」
「ふぅーーー…………」
今、俺の手のひらに、広げていった電磁界に触れるもの全ての感覚がある。……いや、今の表現は正しくないな。……感じるというか、そこにあるのが分かるような……変な感じだ。だが、成功した。次はこれを慎重に…………持ち上げる。
「いくぞ……。……
「…………嘘でしょ」
「浮いた……です……」
魔物の死体や家の瓦礫、とにかくこの場にある要らなさそうなもん全部浮かせていく。無数にある魔物の死体やら家の瓦礫が、磁力に反発して少しずつ浮いていく。10メートルほど浮いたところで激しい頭痛に襲われた。……やべ、かなり気持ち悪くなってきた。これだけすれば魔力使うよなそりゃ。だが耐えろ。あとちょっとだ。
「ふぅ……。上手くいけよ!
左手を握りしめる。今まで我慢していた魔力の流れの……堰を切った。大水路下の入口に放った電磁界がグングンと浮き上がらせた死体と瓦礫を吸い込んで行く。瓦礫が勢いよくぶつかる音と、何かがひしゃげるような音が何度も入り交じり、合わさっていく。……少しグロいけど、まるで掃除機のように水中へ入っていく様はSF映画でも見ている気分になるな。
「…………嘘……でしょ」
「堰き止めたです……?。完璧ではありませんが……これは……もう魔物は入って来れないですね……」
ピコン『レベルが上がりました』
お? レベル上がった? 経験値はラミィに行ってそうだが、生きてた個体もいたからか?
何はともあれ、ありったけの瓦礫と、魔物の死体をミックスして水中にぶっ込んだ結果、大水路の入口は8〜9割がそれらで塞がれ、水がチョロチョロと流れ出る程度になった。大水路からの水流が断たれ、用水路が一気にかさを減らし、ラミィが打ち倒した魔物の死骸が出てくる。全部は流石に拾えなかったか。やはり魔力が全然足りんな。もっと欲しい! 魔力!
「これでとりあえず大丈夫だろ」
「……え、えぇ……そ、そうね」
「……です」
「ハミィ、獣人の反応ってまだ無いかな?」
「えっ……あ、はい! えーと、……リリィさん?
は偵察に出られてたんですよね? 」
「ああ、もう戻ってきててもおかしくは無いと思うんだけど」
「でしたら外壁の上へ行けますです? 見晴らしが良ければ探しやすいと思うです」
「よし分かった!」
確かにその通りだ。街中に戻ってきている淡い期待を抱いていたが、やはりまだ外なのかもしれない。そうなると……かなり危険だよな。
俺はフラフラする頭を何とか奮い立たせ、外壁の上へと向かうのであった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「嘘だろおいおいおい……」
Bランク冒険者ジャズ・レングスリーは、目の前で起きた出来事を信じられずにいた。
先程まで必死に足止めしていた魔物の一団が正体不明の魔法により消し飛んだのだ。
彼らのパーティー「誓約の剣」は、大水路近くの商業区で氾濫討伐の為のポーションや、武器の手入れ品、装備の最終チェックを行っていた。だが、突如大水路から魔物が雪崩込み、同じく装備品のチェックを行っていたパーティー「ロンギヌス」と「進化の結晶」と一緒に魔物の足止めに当たっていた。
「どうなってるシャパパ! お前の仕業か!?」
「違うわ! こんな魔法撃ってない!! これ……上級殲滅魔法よ!!?」
「ゴブリン共はどうなった!?」
「こっちは全部黒焦げだ!! く・ろ・こ・げ!! 見りゃわかるだろうが!!」
「誓約の剣」リーダーのジャズは、戦線を抑えていたパーティー全員の無事を確認すると、ホッとため息をつく。どこからか放たれた正体不明の魔法は溢れかえるゴブリンやコボルトの群れのみを焼き付くし、冒険者に被害は無い。それにこのままではジリ貧ですり潰されるのは目に見えていた。
目の前で虫の息になっているゴブリンキング。「ロンギヌス」「進化の結晶」のリーダー達3人がかりでやっと抑えていたが、相当数の魔物が横を抜け街へと侵入していたのだ。
では一体誰がこんな事を……?
「新たな魔力反応……?」
「なんだシャパパ!? 新手か!?」
「違う! これは……何!? 私達も対象に入ってる!?」
「なんだと!?」
「おい!! 上見ろ上!!」
先程の雷撃を食らったら黒焦げ所では無い。即死だ。ジャズは慌てて上を見上げると、信じられないものを目にした。
「人が飛んでる!?!?」
「子供もいるぞ!! それも2人?」
左手を掲げ、何やら詠唱のようなものをしている。
またあの魔法を放つというのか。
「おい、やめろ!! 俺たちは味方だ!! 魔物はもう死んだ!」
「シャパパ!!」
「……いや、違う。さっきのじゃない……。なにこれ。周囲全部に干渉してる……。雷魔法……じゃない……」
「おいシャパパ!」
「わっかんないわよ!! っ…………え?」
魔道士であるシャパパに声を荒らげ確認するほかのメンバー。だが、いくら魔力を探ってみても、感じたことの無い魔力反応。それも先程よりも広く、全ての物が対象範囲に設定されている。
術者が飛んでいる事など既に頭から抜けていたシャパパも、他の者たちも、頭をひねりながら魔法の正体を考えていると、すぐに異変に気づいた。
「お、おい……」
「浮いてる……なんだこれ……」
物言わぬ死体となったゴブリン、コボルト達。それに魔物の襲撃により半壊した家の瓦礫や、ゴブリンの持っていた錆びた剣、ナイフ、コボルトの汚い鎧落ちていた石ころ、家の横に備え付けてあった水瓶、辺り一帯のあらゆる物がジリジリと浮き上がっている。
ジャズは呆けた様子でそれを見上げ、頬をつねり、目を擦り、再び見上げた。変わっていない。どころか高度が上がっている。
「こんな……こんな魔法知らない……」
唯一の魔道士シャパパが、見たことも無い魔法に戦慄する。原理は? 術者も同じ理論で浮いてるのか? 一体何人分の魔力を使えばこんな事ができるのか? 次から次へと出る疑問の種も、次の瞬間には吹き飛んだ。
浮き上がっていた地を陰らせるほどのそれらが、急激に加速し、大水路へと突っ込んでいく。最早口を開けてただ眺めることしか出来ない冒険者たちは、その特異な魔法の結末を見ているしかできなかった。
鈍い音を立て、排水口にでも入っていくような勢いで水路を塞いでいく。赤い血が流れると同時に水のかさが徐々に減り、死体や瓦礫が積み重なり、大水路の水は膝下程度の深さしか無くなっていく。
「これは……侵入経路を塞いでる……のか」
ようやくジャズを含め、この魔法の意図を理解した冒険者たちは未だ上空に浮かぶ謎の青年と子供たちを見上げた。高度が高すぎて顔はよく見えず、見慣れない服とナイフベルトをしている若い男という事しか分からない。
だが、
「正直助かった……。このまま魔物が侵入を続けていたら……俺たちは……」
今は既に、瓦礫や魔物の武器防具と死体が合わさった奇妙なオブジェクトとなった壁を見ながら、ジャズは安堵の息を漏らす。運良く命を拾ったのだ……と。
そのまま上空の彼らが外壁の方へと飛んでいくまで、その場の冒険者たちはただ言葉もなく、立ち尽くしていたのであった。
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