26.侵入者


 やっとこさ全ての通貨を数え終え、報奨金を異次元収納ブラックウィンドウに仕舞う。

 全部で金貨が3枚、銀貨が25枚、鉄貨が52枚、銅貨30枚、銭貨が97枚、

 30000+25000+5200+300+97で60597ユーリアとなった。

 踊る山猫亭が1部屋2食付きで銀貨1枚と鉄貨3枚なので、えーっと、……46日は泊まれるってことか。中々の大金である。


「とりあえず氾濫が終わったらどうするか考えないとなぁ」


「何よ。お店やるんじゃないの? あんな立派な店があるんだから」


「ですです!」


「いやぁ、土地が無いからさ。やっぱ人がいるところに建てないと稼げないしな。土地借りれないかな〜」


 サウスブルーネに土地を借りてそのまま焼肉屋を始めるっていうのもありだな。まぁ急いでないし、おいおいという事で。

 とりあえず用事も終わったので、広場で少しくつろいでから戻るとしよう。ハミィとラミィと他愛ない話をしながら、そろそろ宿に戻るかと立ち上がろうとした瞬間、それは起きた。



「魔物だァァァァァ!!!!!」


「魔物が街の中に入ってきたぞ!!!逃げろぉぉぉ!!」


 は、魔物?


「お姉ちゃん!」


「わかってるわ。……領域を見通す者ペルヴィデーレ


 悲鳴と叫び声がメインストリートの方から聞こえてくる。多くの人が広場の方へと雪崩込むようにやって来ては入り乱れ、あっという間に辺りは混乱状態になった。


「なんだ!? もう氾濫が来たのか!?」


「お姉ちゃん……?」


「ふー……ノイズが酷いわ……。妨害が入ってるけど……これは。門の近くの水路から魔物が入り込んでるわね。結構な数よ」


「マジかよ……」


 それが本当なら結構ヤバそうだ。町は水路だらけで裏道に入れば結構入り組んでる。魔物にはいられたら好き勝手暴れまくるぞ!


「とにかくここから離れよう。2人とも宿に行くぞ」


「宿に行ってどうするのよ!」「お姉ちゃんいいから!」


 港の方へと人が逃げていき、ここも既に混乱の真っ只中にある。ギルドから多くの冒険者が様子を見に出てきたり、外で待機していた衛兵が急いで市民を誘導しようとしているが、後手後手になり対処出来ていない。


 急いでラミィとハミィを脇に抱える。ラミィが喚いてるけど、こうした方が早いんだよな。


「帯電磁界《エレクトリフィケイション》」


「「ふにゃあ!」」


 ちょっとビリビリするらしいけど我慢してくれ〜。


「おい、お前達! 何をしている!」


「げ、すいません! 電磁飛翔エレクトリックフライ!」


 市民を誘導していた衛兵が俺に気づき駆け寄ってきた。街中は魔法禁止だったか? 空中に漂わせた電磁場に引っ張られながら、謝っておく。だが非常事態なので勘弁して欲しい。


「……は? 飛んでる……?」


 あんまり目立ちたくないのでさっさと行ってしまおう。俺は電磁レールを構築すると、謝罪もそこそこに踊る山猫亭へと向かった。

 そして、ものの10秒もかからぬ内に山猫亭の屋根上空に到着する。上空から地面になだらかな電磁レールを敷き、着地しようとすると


「待って下さい! 魔物の気配があるです!」


「マジかよ!? 」


「あれは……ホブだわ」


 山猫亭の扉を力任せに殴りつけるガタイのいい男、いやホブって……ホブゴブリンか! 暗く濁った緑の肌に、筋肉ムキムキの上半身。下半身には布切れ1枚だけ巻いており、まじでファンタジーの世界のゴブリンまんまという感じ……、いやファンタジーなのか。


「このままだと扉が……どうする!?」


 バリアを張るにも、ホブゴブリンまで中に入れてしまったら意味が無い。……攻撃に使うための魔法なんて持ってないし……


「はぁ……あんたねぇ。ちゃんと考えて動きなさいよね」


 ラミィが呆れたような顔で俺を見上げる。氾濫が来るとは聞いてたけど、まさか街中に入ってくるとは思わなかったんだよ! と言ってやりたいが、おっしゃる通りである。

 するとラミィはパチンと指を鳴らすと、右手を銃のように構えた。


雷光よフルメン


 ただ一言そう言うと、ラミィの右手から迸るような電撃が溢れ、ホブゴブリンへと伸びていく。



「グゲラァア゙ア゙ア゙ア゙ア゙」


 焦げ付いた脂の匂いと、黒い煙が上がり、ホブゴブリンは一瞬で絶命した。


「すっご……」


「当たり前でしょ。ハミィまだいる?」


「いえ……はぐれのようです。魔物の色は北東方面に集中してるです」


 ちょっと待った。この姉弟凄くないか? 何故に奴隷商人なんぞに捕まった?


「ならさっさと降りるわよ。用事があるんでしょ」


「あ、ああ」


 言われるままに電磁レールを下り、地面に着地する。辺りにはまだ焼け焦げた匂いが広がっており、結構臭い。

 周囲を見ても人はいない。もう逃げだしたのか、ゴブリンがいたから家に逃げ込んだのか……。とにかく俺は山猫亭の扉を開こうとしたが、鍵がかかっていた。


 ガンガンガン!


「マームさん! 無事ですか!? リリィと同室の咲多です!」


「聞こえとるよ! ちょっと待ってな!!」


 少しするとボコボコに凹んだ扉が軋みをあげて開かれた。マームさんとそれに……お孫さんだろうか。20代くらいの女性が、かなり脅えた様子でこちらを見ている。


「マームさん! 街に魔物が入り込んだらしいで……」


「分かっとるよ。あれだけ非常時の鐘が鳴ってんだ。馬鹿でも分かるさ。……んでそれかい? うちの店をぶっ壊そうとした奴は」


「あ、はい。ラミィが倒してくれまして……。それより怪我は?」


「無いよ。あんたらのおかげさ。見かけによらず凄い子だね。それで……なんだい、それだけ確認しに来たのかい?」


「それはまぁ、ここはリリィの大事な場所ですからね。何かあったらリリィが悲しみますから」


「変わった子だねアンタは……」


 変わってるかな? 友達の大事な物は俺だってちゃんと大切にしたいと思う。普通だ。

 それよりさっさとやってしまおう。


「……バリア!!」


「そういう事……(でた、あの日も外に張ってあった……。しかもこんな魔法を無詠唱なんて……)」


 両手を広げ、魔力を込めバリアを発動させた。山猫亭を覆うように広がっていくバリアの膜は、しっかりと宿全体を包み込み、安定した。


「なんだいこりゃあ……」


「えーと……結界魔法みたいなものです。この中に入ればとりあえずは安全なので、人の出入りは出来ますが魔物は入れないはずです」


「あんた……」


 これで山猫亭は一安心だろう。もちろん破壊される心配もあるが、狼の魔物20匹でも耐えたのだ。そうそう壊されないし、ないよりマシだろう。


「ハミィとラミィもここで待っててくれ」


「え……? ナオさん?」


「はぁ!? どこに行くつもりなのよ!」


「リリィがまだ戻ってないから探しに行く。空からなら探しやすいだろうし、……街の状況も確認しときたい」


 2人はまだ小さいし、ラミィなら魔法も使えるから防衛もできるだろう。そのためにここまで来たのだが、


「なら私も行くわ!! ねぇハミィ!?」


「そうですね! 見つけるのは得意です!」


「えぇ……? いや、あぶな」


「何言ってんのよ!! 私がいればあんな魔物の群れなんてけちょんけちょんにしてやるわ! それにあなた、攻撃魔法使えないんでしょ!?」


「ぐっ……それは」


 有無を言わさずラミィが待機を拒否してくる。確かに俺は攻撃魔法も無いし、ラミィのさっきの魔法は凄かったけど……



「それに、リリィっていう仲間も特徴を教えてくれればハミィが見つけてくれるわ。しね」


「勿論です。お任せ下さいです!」


「あっ……えーと」


 確かにハミィの魔眼があれば探しやすいのかもしれない。……ってあれ。なんかもう行くの確定みたいな空気になってないか?


「はぁ……全く。ちょっと待ってな」


「あっ、おばあちゃん!」


 するとマームさんがカウンターの奥へと向かい、荷物箱の中をひっくり返して何かを探し始めた。

 荷物箱の中に入っていた木の箱を開け中を取りだした


「ほら、これ持ってきな」


「……これは? ナイフホルスターのベルト? それにポーチも、……これは薬ですか? 」


 年季の入った物だが、ベルトの革もしっかりと手入れされており手に馴染む。黒い柄のナイフはハワタリ20cmほどで、ベルトに付いていた小型のポーチには試験管のようなものに入れられた液体。


「マジックポーションさ。あんた魔法使うんだろ。持ってきな。見たところ丸腰みたいだしねぇ」


「おばあちゃん、いいの? これ、おじいちゃんの……」


 え! おじいさんて、結構前に亡くなった……あの?

 大事なものじゃないのか!?


「いいのさ、埃にまみれるよりも……。こっちの方がこれも幸せだろうさ」


「……ありがとうございます! 大事に使わせてもらいます!」


 壁に飾られた旦那さんの写真を見て、そう言ったマームさんは顎をクイッとしゃくると、俺に持っていけという風に目で合図した。

 マームさんの気遣いと、優しさに感謝して有難く使わせてもらおう。ちゃんと無事に帰ってきたらお返ししようと思う。



「ほら、行くわよ!」


「もう、お姉ちゃん。遊びじゃないんだよです〜」


「うるさいわね! 流石に分かってるわよ! もう!」


 ラミィが俺に早く飛べと促してきた。手をグイグイ引っ張られるので、まるで買い物をねだる子供のようだ。だが、急いでるのは事実なので、急いでラミィとハミィを抱え電磁レールを空へ広げた 。



「よし、行くぞ! しっかり掴まってろよ!電磁飛翔エレクトリックフライ


「ビリビリは優しめでお願いするです!」


「もっと優雅に飛びなさい! いいわね!」


「う、うっす!」



「……こりゃあたまげた…………。気をつけてな」


 1人で行くつもりだったので少しばかり不安だったのだが、この3人だとそんな感情はどこかに消えてしまった。それどころか頼もしさすら感じている。怪我させないようにしっかり守ろう。

 待ってろよ、リリィ! 無事でいてくれ!

 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 冒険者ギルド


「この騒ぎは何事だ!!」


「ジュ、ジュミナさん!! 大変です!! 街に魔物が入り込んだと!」


「何だと……! どの程度だ! 門番の連中何してやがった!」


「まだ何も……! ですが被害も出ていると!」


「ギルドにいる冒険者全員かりだせ!! Eランク以下は市民の避難誘導、予め編成した討伐隊を2分し街の魔物の排除に当たれ! それ以外は北門に集合させろ!!」


「かしこまりました!」


「思ったより数段早い。それに外には偵察隊がいるはずだ……。それの目をかいくぐり街中に入るとはね……。頭のキレるのがいるな」


(まぁこんな小賢しいことをしてくる時点で大地龍は候補から外れるが……)


 ギルドから1歩出ると、そこはもう大混乱であった。魔物と冒険者が入り乱れ、既に戦端は開かれている。


「ホントに大混乱だね……。全く、情けない」


「ゲギャー!!!」


「フン」


 横から迫ってきたバトルゴブリンを、身の丈ほどもあるバシュミアートで一刀の元に切り伏せた。轟音と風圧だけが通り過ぎ、斬られた事すら気づかず、バトルゴブリンは胴と脚を分かたれ地面に赤い花を咲かせた。


 そんな事などお構い無しに、ジュミナは辺りをくまなく見回し叫ぶ。


「冒険者ギルドマスター、ジュミナ・クロンセルだ!魔道士は私の後ろに集まんな!! 戦士、重戦士、大盾士は北東方面に対して横陣を敷け! その他近接職は右翼、左翼を形成して魔物を通すな!! ここに押しとどめる!!」


「……! あれ、ギルマスか!!」


「龍墜のジュミナ!? 出てきたのか! ありがたい!」


 細い体に見合わぬ程の馬鹿でかい声を聞き付け、戦闘中の冒険者が視線を向ける。そのとんでもない大きさの大剣と、燃えるような赤い髪はすぐに声の主をジュミナだと気付かせた。

 すぐに戦闘を中断し、ジュミナの元に集まる冒険者達。広場にいる者だけでも恐らく100は越え、更には遅滞戦闘をするしか無かった衛兵達も合流し、あっという間に陣が形成された。


「盾を持ってるやつは前に出て固めろぉ! 槍構えぇぇぇ!!」


「ギギャッ!?」「グエェッ……」


 散発的にそれを追いかける魔物たちは、横陣の前に突き出された槍と剣に貫かれ、物言わぬ屍へと変貌する。

 横陣に対して広く展開した右翼と左翼は、メインストリートや、北東方面商業区へと続くストリートを包むように展開され、魔物たちを陣へと誘導した。


「魔道士隊、詠唱始め!!! 」


 指揮を執るジュミナの後方に集まった魔道士約20名が、横一列に並び詠唱を始める。続々と流れ出るようにこちらへと迫るのは、ゴブリンやコボルトなどの人型の魔物が主体であり、足の早いウルフなどはいない。魔道士達が横陣に守られながら詠唱を終えるのは容易いことであった。


「ってぇ!!!!」


 ジュミナの号令と共に、幾筋もの魔法の軌道が空中に弧を描く。打ち上げられたそれらは、そのまま落下軌道に入ると、迫り来る魔物の群れの中へと着弾した。


 轟音


 1拍置いて爆発が唸り、地が響き砂煙が吹き荒れる。


「戦線を上げなぁ!! このまま押し返すぞ!!」


「「「おお!!」」」


 先程までの混沌とした中央広場は、ジュミナの指揮により整理され、統率の取れた冒険者の戦場へと生まれ変わった。まほあの爆撃にやられ、地面に倒れもがくコボルトやゴブリンに止めをさしつつ、横陣は少しずつ前進していく。



「ジュミナ殿!!」


 指揮する冒険者たちが順調に戦線を押し上げている間に、声をかけられ振り返るジュミナ。


「んぁ? あぁ、宮廷の騎士さんと……」


「アリアン・ヴィッケルト・パニシャです。状況は?」


「…………やほ」


 白銀の華奢な鎧を身にまとった女性の騎士。アリアンと、護衛対象である


「……シュリハだよ」


「宮廷魔導師団の団長殿だね。丁度いい」


 目の前のセミロングの銀髪を金のサークレットで纏めた子供のようなエルフ。由緒ある宮廷魔道士の外套をまとってはいるが、どこか衣装に着られているような印象さえ受ける不釣り合いな見た目。

 だがジュミナは目の前のエルフが、想像を絶する使い手だということを知っていた。

 ジュミナの狼のような眼差しを受けても、全く動じる様子は無いシュリハ。そんなシュリハを見て少し笑うと、


「アンタらは外門の方を見てきてくれないかい?

ここはアタシが見る 。どうせ領主から依頼来てんだろ?」


「それはそうですが……リスクが大きいですね。状況すら確認できていない所にシュリハ様を行かせるなど……」


「分かった…………。すぐ行く…………」


「えっ! シュリハ様!?!?」


 ジュミナの提案に騎士アリアンは難色を示した。彼女からすれば、護衛対象のシュリハが、恐らく奇襲を受け混乱しているだろう氾濫の最前線に行くことなど許容できない。だが、シュリハは顔色を変えず二つ返事で了承すると、すぐにスタスタと歩き始めて行った。


「こっちも侵入経路を塞いだらすぐに行くさ! その間頼むよ!」


「……くっ! シュリハ様! お待ちを!」


 ジュミナとシュリハを交互に見比べたアリアンは苦い表情で舌打ちをすると、躊躇うことなく北門の方へ向かっていくシュリハを急いで追いかけていく。

 そんな様子を見ながら、ジュミナはひとつため息をつくと、冒険者達を指揮し北東の大水路へと向かっていくのであった。









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