25.奇襲
「右からコボルトキング!! 来ます!!」
「グラァァァァア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!!!!!」
先程まで不気味な程静かであった大樹林の一角に、けたたましい咆哮が木霊する。目の前から迫るそれは、150cm程度がざらであるコボルトの、優に倍の身長を誇り、たくましく太い上腕と筋肉で膨張した脚部を頼りに、バルバロ・ゴンザレスに組み付いた。
ガキィィンガキィィン!!
「だらっしゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
装備した魔鋼製ガントレットを景気よく鳴らしたバルバロは、迫り来るコボルトキングに負けじと大声を張り上げ、相手の拳を掴み押し合いを挑んだ。
「グララララッラァァァァ!!!」
「よっしゃぁぁぁ!!! このくそタヌキがぁぁぁぁぁ!!! 根性みせてみろぉぉぉぉ!!!」
「バロさん……コボルトはタヌキじゃなくてどちらかと言えば犬だよ……」
「グッラァァア゙ア゙ア゙!?」
体格差およそ1m以上もあるコボルトキングに対し、バルバロが恐ろしいほどの地力を見せつけ抗う。すぐに押し込めると息巻いていたコボルトキングは、予想以上の力を見せるバルバロに激しく動揺した。
「ガゥア!!!」
どう踏ん張っても押し込めないバルバロに対し、コボルトキングはそのまま頭を突き出し、バルバロへと噛み付く。思い切り口を開き、生臭い臭気を漂わせ、バルバロを喰らわんとする顎は一直線に彼の肩へと伸びた。
しかし、
「甘いわボケがァァァァ!!!!」
バルバロは頭を後ろに下げると、思い切り振りかぶる。
「
「グボラバッッッ!!!」
振りかぶったバルバロの頭が、一直線に飛びついたコボルトキングの頭とモロに激突し、何かがぶちまけられる音が辺りに響き渡る。一瞬で魔力操作を行い、部分的な硬質化を施したバルバロの頭は傷一つなく、正対していたコボルトキングは、手だけを繋ぎ、だらんと後ろへ仰け反り返っていた。見れば自慢の牙は全てボロボロに砕け散り、鼻は曲がり、至る所から血を流して脳震盪を起こしている。
「…………よっ…………こい…………しょぉぉぉぉ!!!!!」
ドゴォォォォォォン!!!
1つ息を入れ、再び力を込めて大地を踏みしめると、まるで背負い投げのようにコバルトキングを背負い、力の限り正面の大樹へと投げ飛ばした。吹き飛んだコボルトキングは意識が無いため受け身も取れず、首から激突し爆散した。
「……ふぅ。やんだぁ! 汗かいちゃったわ♡」
「バルさん半端ねぇ…………」
「これが……A級冒険者……」
元A級冒険者であるバルバロ・ゴンザレスの実力を垣間見た2人は、思わず生唾を飲み込んだ。コボルトキングをサシで倒せるA級冒険者は世界に多くいれども、素手で組み伏せ投げ飛ばし爆散させる者は、片手の指で数える程であろう。
普段からおちゃらけているような態度の彼……彼女も、蓋を開ければレクシア10本に入る実力なのである。
「そっちは終わったみたいねぇ。それにしてもどうして突然襲ってきたのかしら? 反応はあったのん?」
バルバロがコボルトキングの相手をしている間に、取り巻きのコボルトを始末していたリリィとイオニスは、
「そ、それが。今の集団も反応が無くて……」
「私が気配で気づいたんだ! 音も忍び寄ってきたような感じだったし……なんか変だよ」
「……そうねぇ。それが本当なら……探索魔法を偽装して、尚且つこっちの居場所も捉えてるってことになるわよ」
「……まさか。
一体誰が!? 」
襲撃してきたコボルトキング含む10体ほどの群れは、密かにリリィ達に忍び寄り襲ってきた。比較的群れで行動する魔物が多いのは大樹林の魔物の特性ではあるが、イオニスの探索魔法にも引っかからなかったのには得心がいかない。
「魔法が使える魔物がいるって事かしらねぇ……」
「反転魔法をですか!? そんな魔物がいるんですか!?」
「ゴブリンシャーマンか……」
「いーや……反転魔法を使うなら違うわねぇ。多分だけど……キングより上。それもエンペラークラスだと思うわよ」
「エンペラーですか…………!?」
指揮を取り、反転魔法を使う。そして他種族の魔物をも従える事が出来るとなると、ほぼ限られてくる。
『ゴブリンエンペラー』社会性があり階級制度を持つゴブリンの頂点に君臨する個体。
キングやジェネラル、ロードを頂点とする群れとは違い、エンペラーを含む群れは他の種族の魔物も群れに引き込み吸収する。特異に発達した知能と、狡猾さ。それに加えシャーマンなど比べ物にならないほどの魔力を持ち、反転魔法含む高度な魔法を操り、殲滅魔法すら放つ。
その特異性から単体での討伐難度はA+。率いている魔物の数によって難度はSSまで跳ね上がる。
「ならばすぐに支部へ連絡を!!」
「早く戻らなきゃ……バロさん」
「待ちなさい。エンペラーがいるとして、ここにコボルトキングを送ってきた理由があるとするならば」
慌てて移動しようとするリリィ達をバルバロが止めた。
「理由ですか……? ……私達を殺すためですか?」
「理由……。 反転魔法を使い、存在を隠して襲った……。ならば探知系魔法で既に私達の位置と戦力は確認済み……。それなのにキングコボルトと雑魚10匹程度? ……もしかして足止め?」
「そ、やられたわ。多分本命はもう……」
キングコボルトがいたとはいえ、本当に殺す気なのであればもっと大量の魔物を送っていたであろう。バルバロは既に探知系魔法で索敵されていた可能性を考慮していた。上位の探知系魔法であれば、敵のレベルや大まかな魔力量なども判別できる。主目的を遂行する前に、キング級を何匹も失うのを嫌がったのだろうとバルバロは予測した。
そう、魔物の首魁の主目的とは ……。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「第3と第6が戻ってないらしいぜ」
「ケーニッヒの所か!? やられたのかよ」
「分からねぇ、だがバルバロさんが赤紙を出したらしい。そのバルバロさん達もまだ戻ってないってよ」
対策支部、設営された数十のタープテントの下で戻った冒険者達が情報交換を行っていた。水を飲み、用意された果物や肉にありつき、皆腹を満たしている。
「バルバロっていやぁ、あれだろ!?
「さすがにバルバロさんがやられたとは思えねぇけど……」
「そっち魔物どうだった?」
「いんや、なんにもいなかった。ていうかはぐれすら見つかんなかったよ」
「本当に氾濫なんて起きてるのか?」
「私初めて大樹林入ったから分かんないわ」
色々な話が飛び交う中、情報を精査し本部に報告しようとしていたマルコ・バネッサ臨時指揮官はあることに気づく。
消息が途絶えた第3、第6は大樹林の中を流れるレクシア大河中流が偵察範囲であった。
何故ここだけ消息が途絶えたのか。河に何かあるのか?
「これだけの人数となると飲み水を汲むのも一苦労だな〜」
「ほら、サボってないで早く手を……!?がボアッ……」
「シュルツェン? …………!!」
偵察中隊付きの衛兵隊10名ほどが、炊き出しの為レクシア大河からサウスブルーネへと枝分かれした河から水を汲む。だが、伍長のアルテリオが同僚の方を振り返るとそこに彼の姿は無かった。
一瞬思考が停止したアルテリオは、目を凝らし河を見る。何か大きな手のようなものが河岸から伸びている。水の中から現れたそれは、既に首があらぬ方へ曲がったシェルツェンを水際に放り捨てると、ニタニタと厭らしく笑い、次の瞬間咆哮した。
すると、今まで静かであった水面が急に地揺れでも起きたかのように荒れだし、水中から次々と魔物が陸へ上がる。
「敵襲!! 敵襲ーーー!! 」
あまりの異常事態に数秒固まっていた衛兵隊であったが、すぐさま我を取り戻すと、大声を上げ魔物の襲来を知らせた。ざわつく外壁の冒険者と衛兵達。水中から上がって来る魔物の数は次々と増え、100や200所では無い。
「ヒッ…………ヒィ!!」
あっという間に水を汲んでいた衛兵たちは飲み込まれ、一瞬の悲鳴だけが上がりすぐに聞こえなくなった。アルテリオは持っていた壺も桶も全て捨て、震える足で全力で逃げる。が、
「ゲヒャヒャヒャ」
振り返ると、キングゴブリンの太くおぞましい手が、すぐそこまで迫っていた。
そしてすぐにアルテリオの意識は闇の中へと消えていった。
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