23.ブルーネ辺境伯との邂逅
衛兵たちにガン見されながら、重厚な造りの扉をくぐると衛兵隊詰所の受付がある。艶のある木造のカウンターが3つ程あり、陶器の花瓶に花が生けられており、スーツのようでスーツとはどこか違う制服を着た女性が、5人程カウンターで事務作業をこなしていた。
「こちらからどうぞ」
忙しそうにしていた右端の女性が俺に気づくと、一般人では奥に入れないように蓋をされているカウンターを開けて中へ促す。ギギギッと木の擦れる音が響き、俺たちはカウンターの奥へと足を踏み入れると、ラミィとハミィが両側からくっついて来た。……ちょっと歩きにくいけど、人が多いので怖いのだろう。
俺はそっと2人の頭に手を置くと、少ししゃがんで手を繋いでやる。
一階の左側は大部屋というか、会社のオフィスみたいになっており、カウンターの奥側は山積した書類やら、よく分からん木の板が何重にも積まれた机が多く、奥へと案内されていく俺など見向きもせず、男性女性問わず結構な人が書類と格闘していた。
横幅4〜5m程あるかなり大きな階段を登り、2階に上がると、赤い絨毯が床全面に敷かれ一気に雰囲気が変わる。正面と左右どちらの通路も部屋がいくつもあり、とても広い。受付のお姉さんはそのままスタスタと中央の通路を歩いていくと、俺たちもそれに続いた。一階とは違い、ここの階はあまり人はいないようだ。通り過ぎた部屋の扉上部には、会議室1、資料室1などと書かれているので、あまり使わないのかな?
すると受付のお姉さんが通路突き当たりの部屋の前で止まる。
「くれぐれも粗相の無いように。たまたまいらっしゃっているシャルル辺境伯様は、我々一般市民と比べ雲の上のお方ですので」
いやぁ……それならばお会いにならなくても良かったんですけど……。報奨金だけ貰ってさっさと帰りたかった……。
とりあえず日本の礼儀作法をフル活用して入ろう。
コンコンコン
「入れ」
「失礼致します」
臨時司令室と書かれた扉を開く。あ〜緊張する……。ラミィもハミィも俺の後ろに隠れて不安そうに俺を見上げている。……俺がしっかりせねば……。いけ咲多鳴桜!
「来たか」
「は、初めまして。咲多鳴桜と申します。シャルル辺境伯様におかれましてはご機嫌麗しゅ……」
「よいよい。本日貴公を呼んだのはただの偶然である。楽にせよ」
「あ、ありがとうございます」
ふぉーー。ご機嫌麗しゅうなんて人生で初めて言ったわ。途中で遮られたけど。
「さて、街道に蔓延っていた盗賊を討伐、捕縛したらしいな。衛兵隊が手を焼いていた案件だ。まずは礼を言うぞ」
「あっ。いえいえ!! そんな。ついでにやっつけただけですので……」
何故かラミィとハミィが驚いた顔で俺のズボンを引っ張る。あた、あたた。ラミィよ、肉も掴んでる。痛いって。
「……ほう? 我がサウスブルーネの精兵が手を焼いていた盗賊を、ついで……と?」
うぇ!? しまったぁぁぁぁぁ!口が滑ったぁァァ!
これじゃあバリア魔法使ったら簡単でしたテヘペロ! なんて言えねぇぇぇぇ。
「あ、いや! こちらには冒険者のリリィがいましたので!! 2人組だと油断した盗賊の頭をあっという間に!! ハ、ハハハ!」
「リリィ……瞬双か。それなら確かに……。ジュミナの弟子だったか。しかし盗賊は10人がかりだったと聞いているが?」
「あ〜……。それはその、なんと言いますか。運が良かったというか……。上手く事が運んだと言うか……」
領主様に目をつけられたら何か大変なことになりそうなので、魔法の事などは秘密の方向で行きたいのだが、バレてる……? バレてるのか……!?
「……ふっ。まあ良い。何はともあれご苦労であったな。褒美をとらす。受付の者から受け取れ。……それと、盗賊が捕らえていた奴隷商人から奪い取った奴隷についてだが」
奴隷商人? 奴隷? そんなのいたか? なんかどっかで聞いた話だな。なんだっけ。
「お前達に所有権がある。どうする? こちらで保護はしているが」
ええ奴隷!?
「あ〜。そういうことでしたら、解放してあげてください」
「……何? ……良いのか? 」
奴隷と言っても、今の俺には養う財力無いし、奴隷が欲しくてやった事では無い。リリィもそんなつもりじゃなかったと思うし、大丈夫だろう。
「その、解放された奴隷ってどうなります?」
「そうだな……無論着るものと食べるものはそれなりに持たすが……、獣人だからな……。街に放り出す事になると……」
それはちょっと不味いな。
「それなら、その人達を国に返すことは出来ないでしょうか? 船や馬車などで。私の報奨金から抜いてもらって構いませんので、獣人に対して差別があると聞きましたし……」
「なんだと……?」
うっ。睨まれてる。不味かったかな〜……。報奨金がどんだけ貰えるか知らんけど足りないとか?
辺境伯が少しの間こちらを見ながら考えた後、フッと目を閉じると、
「…………良かろう。こちらで手配する。お前の言う通り乗船料は引かせてもらうぞ。但し、氾濫を討伐してからになるが……それで構わんな」
「は、はい! お聞き入れ下さりありがとうございます!」
「…………もう良いぞ。下がれ」
「失礼致します!」
良かった〜。これで奴隷の人たちも安心だろう。差別意識の強い国に残されたら何されるか分からんからな。
出来れば俺も早く店開店させたいし、獣人でスタッフ揃えられたら天国だけど…………。土地も持ってないしなぁ。
深々とお辞儀をし、ラミィハミィと共に部屋を後にする。……はぁ。何とか無事に済んで良かったー。
無礼なことを言って斬首刑とかにされたら溜まったもんじゃ無いからな。
さて、さっきからズボンを千切れるんじゃないかって言うくらいに引っ張ってる2人組をどうにかしないとな……。
「ちょっと!! どういうことか説明しなさいよ!!」「お、お姉ちゃん! ズボン破けちゃうですよ〜!」
とりあえず待合に行こう……。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「いかがでしたか? シャルル様」
「ふむ……」
氾濫に関しての討伐隊の編成及び指揮、方針の決定などの為訪れた詰所本部で、たまたま現れた訪問者。本来であれば自ら会う事などはしないであろう。だが、席を外していたマルコからは丁重に扱うように職員へ指示が出されていたこともあり、盗賊10人を2人で捕縛したという話も聞いていたので、会う事にした。
「フィリアか……。ただのお人好しだ、あれは。会う価値も特に……と言った所か」
とても武芸に秀でたとは思えない、冴えない青年であった。本人とは似ても似つかない子供二人を連れ、話した内容も大したことは無い。奴隷となっていた獣人を解放する事や、その者らのこれからを気遣い、報奨金からハルシャーオ行きの船賃を出すというのは少し驚いたが、それ以外は特筆するべきものは無かった。
無かったのだが……
(なんだ……。何か見落としているような……)
結界魔法のようなものが使われていたという報告も見ている。しかしながら先程までヘコヘコと下手に出ていたあの若者が、そんな実力があるとはどうしても思えなかった。結界魔法など使えればそれこそ冒険者としての栄達は約束されているし、宮廷魔道士として王宮に召し抱えられる可能性もある。分相応の態度で望んでくるはずである。
そう思ったのだ。
「まぁ……いい。奴に報奨金の準備を、船賃は抜くが、まぁ多少色をつけてやれ。若いながら自己犠牲の精神を持つ物への賜物としてな……」
「かしこまりました。それとこちらを」
「報告書か。分かった。目を通しておく。変わったことがあれば逐一報告せよ」
扉から出ていく秘書を見ながら、モヤモヤとした正体は何なのかを考えたシャルルであったが、すぐに頭を氾濫討伐の事に切り替えると、渡された報告書へと目を通すのであった。
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