22.シャーミィ姉弟は困惑しています

 シールドを前面に出しているので風はあまり感じないが、流れる景色はとても早く、まるで新幹線にでも乗っているようだ。


「2人ともぉぉ!! 耳と尻尾隠しとけぇぇ!! もう着くぞぉぉ」


「えっ!? 何ですって!?」


「もう!? は、早いよぉ〜! 紛れよ紛れよ、木は森の中、人は街の中、ことわりを知る者は目を逸らす……偽装カモフラージュ


 脇に抱えたハミィが何事かを呟くと、両手を頭に乗せた。すると猫耳が徐々に消え、人の形の耳がひょっこり現れる。今のは詠唱なのかな?



「もう、尻尾また消えてないわよ! 偽装カモフラージュ!」


 今度はラミィが魔法を使う。ハミィが言っていたような詠唱は無く、ラミィが手をかざすとあっという間に耳と尻尾が消えた。詠唱は無かったみたいだが、人によってあったりなかったりするのか?


「あ、僕の尻尾も消してくれたですね。ありがとうお姉ちゃん!」


「ふん、別に。見られたら困るでしょ! 精進しなさい!」


 ぷいっと顔を背けたラミィ。……ラミィはあれだな。ツンデレだ。姪っ子を相手にしてるようでちょっとかわいい。弟のハミィは魔法が苦手で、ラミィは得意って所か。なるほど。



「よし、人のいなそうな所に着地するぞ」


「ゆ、ゆっくりね!! ゆっくりよ!」


「空飛ぶなんて……凄いですナオさん……」


 外壁を避けるように迂回して、山の方から回り込む。丁度踊る山猫亭もそっちの方にあるので都合が良い。俺は電磁場を地面まで4つ程展開すると、徐々に減速して着地した。


「ふぅ。上手くいったな」


「全く……ちょっとビリビリするわ……。飛ぶなら飛ぶって言いなさいよね!!」


「ごめ!」


「ごめ! ……じゃないわよ!! しかもどういう原理で飛んでるのよ! 意味分かんないわ!」


「お、お姉ちゃん。せっかく連れてきてもらったんだから……」


「とりあえず俺たちが使ってる宿に案内するから」


 足がふらついてるラミィの手を、弟ハミィが引いて俺の後を歩く。弟の方はしっかりしてるな。姉の面倒を見る……というか精一杯守ろうとしてるのが伝わってくる。良い姉弟だ。

 そんなこんなしてる内に、踊る山猫亭に着いた。まだ朝方なので人は少なく、宿の出入りも無い。

 扉を開けると、マームさんがアンティーク調の古めかしい椅子に座って新聞を読んでいた。


「おや、朝帰りかい。リリィを連れてるのにようやるねぇ…………おや?」


 確かに朝帰り……ではあるが、けしてそんなんじゃない。……てか後でリリィにも謝っておかないと。

 マームさんが机の脇からこちらを覗き込むと、ラミィとハミィは素早く俺の後ろに隠れた。


「可愛い子供を連れて……どこから攫ってきたんだい?」


「いやいやいや!! 攫ったとかじゃないですよ!! 迷子というかなんというか……。あの〜、この子達も泊めてあげられませんか? 部屋は一緒で構いませんので」


 ベッドはふたつしか無いのだが、最悪俺は床で寝ればいい。こんな小さな子達を野宿させる訳にはいかないからな。


「ダッハッハ! 見りゃわかるよ。からかっただけさ。あんたによく懐いてる。……いいよ。好きにしな」


「ありがとうございます!」


「べ、別に懐いてなんかないわよ! 勘違いしないでよね! ふん!」


「ラ、ラミィ〜!! おばあさんすいませんです〜!」


「ああ、そうだ。あんたに昨日使いが来てたよ。衛兵詰所本部からだ」


「あ、あぁ〜。ありがとうございます」


 マームさんから手紙を受け取ると、早速2人を部屋へと案内した。部屋に入るなり、ベッドにダイブするラミィと、それを窘めるハミィ。2人に好きに部屋を使っていいよと言うと、俺は椅子に座り手紙を開ける。 内容は恐らく察しはついているが、


「どれどれ……衛兵隊中隊長のマルコさんから。へぇ〜……わざわざ手紙をよこしてくれるなんて」


 なんと直々にお偉い様から、討伐、捕縛報酬をよこすから本部に来てくれとの事であった。


「そういえばアンタに色々聞きたいことがあるんだけど……」


「え〜と、賊の報奨金が10人で〜……」


「ちょっと!! 聞いてるの!?もう! 怒るわよ!!」


「お姉ちゃん、それはもう怒ってるですよ〜」


「うぉ、すまんすまん。ラミィどした」


 手紙に夢中になっていたら、ラミィがぷりぷり怒り出してしまった。腕組みして頬を膨らませて……ハムスターみたいになってる。


「なんだじゃないわよ!! あなたあの魔法何なのよ!!」


「あの魔法って家のやつか?」


「それも……あったわね!! それもそうだし、飛ぶヤツよ! ピリビリビリーって! なんで電撃魔法で空が飛べるのよ! おかしいじゃない!! 魔法の天才である私も聞いたことないわ!!」


「あぁ、電磁魔法のこと? あれなー。すごいよなー」


「すご、……じゃなかった。どういう仕組みか説明しなさいよ! あと、……文無しの、わ、私達を泊めてくれるのは……その……有難いけど……、あなたの家でも良かったんじゃないの!? なんで家を仕舞ってまで宿に泊まるのよ? あなたの家の方が……その、快適だったわよ……」


「あ、確かにそれは僕も気になってたです」


 ラミィが怒涛の勢いで俺に詰め寄り、質問攻めにしてくる。ハミィも考え込むようにして頷くと姉に同意した。……確かになんの説明もなく連れてきてしまったからな。魔物の群れがいつ来るかも分からんし、人が多くなると飛行を見られる可能性もあったから。


「あ〜、そっか……。うーんと。どこから説明したもんか……」


 そこからぷりぷりといきり立つラミィをなだめつつ、30分ほどかけて俺の魔法の事、大樹林の氾濫の事を説明していった。

 最初は魔法の原理を説明しても目をパチクリしているだけであったが、ラミィはどうやら魔法の造詣がかなり深いらしく、徐々に考え込むような顔をして、なるほど……と呟いていた。ハミィは全く分からない様子であったが……。

 大樹林の氾濫について話すと、2人は途端に青い顔をして、胸をなでおろしていた。それもそうだろう。2人はあの後食料を確保する為森に入るつもりだったらしく、「ラッキーだったわねハミィ!」「アワワワ!!」などと話していた。

 半ば無理やり連れてきて良かったかもしれない。


「そういえば、ラミィは魔法が得意なのか?」


「得意も何も、里では私が1番魔法を上手く扱えるのよ! 下位魔法なら詠唱だっていらないわ!! どう!?」


 詠唱がよく分からんのだが、きっとすごいのだろう。とりあえず手を叩いて褒めておく。すごいドヤ顔だ。時間があればラミィに魔法について教えてもらうとしよう。


「僕は魔法は里で1番下手くそなのですが……。代わりに魔眼があるのですよ」


「魔眼?」


 なんだそれ。カッコよすぎる。魔眼からビームとか出せるのだろうか。


「魔眼には色々種類があるのよ。攻性や守性、支援型、特殊自律型、色々よ。ハミィは全属性に適正があるのよ!!」


「エッヘン!」


「ほぇ〜すごいなハミィは!」


 なんと厨二な能力だろうか。俺も欲しい。ハミィが胸を張って誇らしげにしているので頭を撫でておく。


「ふわぁ……ふわぁぁ」


「ちょっと! あたしの時と対応が違うじゃない!! あたしも撫でなさいよ!!」


「えぇ。ラミィも褒めたじゃん……。ほれ」


「わ、分かればいいのよ。分かれば。ひゃん……」


 両手を使って2人の頭を撫でる。なんかこうしていると、小さな妹と弟が出来たみたいで嬉しいな。俺一人っ子だったし。


「朝飯食べたら、衛兵隊の詰所本部に行くんだけど、お前たちも来るか?」


「どうするハミィ?」


「うーん……。人間は怖いけど……ナオさんが一緒なら行くです!」


「よし、じゃあ飯食いにいくぞ〜!」


「はい!」「しょうがないわね!」


 とりあえず俺は2人を連れて宿屋の朝飯へと連れて行った。




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



「ここのご飯美味しいです! ナオさんのご飯も美味しかったですが!」


「まぁまぁじゃない?」


「ありがと、そういえば詰所本部の場所聞いてなかったな……」


 俺たちは朝飯を食べ終え、踊る山猫亭を後にし、メインストリート方面へと向かっていた。既に路上では朝市が始まっており、徐々に人が増え始めている。警戒令が出ていながら、売れる時に売ろうという熱意みたいなものを感じるし、何なら武器や防具、薬品関係の販売が多くなっている。商売根性逞しいな。

 2人が果物屋を羨ましそうに見ていたので、俺は家にあったみかんをおやつ代わりに2人に渡し、食べながら街中を歩く。ついでにその辺の人に、詰所の場所も聞いておいた。中央広場を抜け、少しすると見えてくるらしい。



「人の街は本当に賑やかです。あむっ」


「多すぎなのよね。人間て。欲深いし、怖いし。何か視線を感じるわ……」


 パクパクと美味しそうにみかんを食べる2人は、ずっと興味深そうに街中を見ている。今の2人はどこから見ても、ただの可愛らしい子供なので、気にする人はいない。むしろ一生懸命食べながら歩く姿を見て微笑む人もいるほどだ。


 メインストリートを抜け中央広場に着くと、冒険者と衛兵隊の臨時対策本部みたいなのが設営されていて、待機している衛兵と、小走りであちこち動き回る冒険者などが入り乱れ、慌ただしい様子だ。



「氾濫てどのくらいの規模なのよ?」


「なんか結構大きいってのは聞いてるんだけど……、大地龍アースドラゴンが出たって言ってたし」


「えっ!?」


「はぁ!? 大地龍って……ユグドラシル!? そんな、ありえないわ」


 大地龍アースドラゴンの名を聞き、慌ててこちらを振り返る2人。やはりこの世界では有名な存在のようだ。


「こんな所にユグドラシルが出るわけないじゃない! 何かの間違いだわ!」


「確かに……にわかには信じられないです」


 話を聞く限り大物であるという事は認識してたのだが……、こんな子供でも知っているとなると、偵察に出てるリリィの安否が心配だ。大丈夫だろうか……。

 そんな話をしている内に、ようやくそれらしき建物に辿り着く。

 冒険者ギルドよりも一回り大きい衛兵隊の詰所は、3階建てで、国だか領主だか別々の模様の旗が三本掲げられており、周囲は鎧を着た兵士達で溢れ返っており、こたらも物々しい空気となっていた。

 ……なんかタイミング悪かったかもしれない。大丈夫かな?


「あの〜……」


「何者だ!」


 詰所前で何やら相談をしている兵士達に話しかけると、ギロりと睨まれた。やはり氾濫のせいかピリピリしている。


「こちらの中隊長のマルコ・バネッサさんからお手紙を頂きまして、お邪魔したんですが〜。盗賊の捕縛の件で……」


 手紙を取り出し、衛兵に見せながらそう言うと、訝しみながらも手紙を取り上げ内容を確認する兵士さん。


「あなた……呼ばれてきてるんだからもっと堂々としなさいよ」


 呆れた顔でラミィが俺を見上げる。だってしょうがないじゃないか!

 なんというか、性分というか、初対面の人には丁寧になってしまうんだよな……。下手に出るというか……。


「昨日の盗賊絡みの……。少し待て」


 手紙を読んだ衛兵はそう言うと、直ぐに本部の中へと走っていった。それまで話していた衛兵達や、詰所前で警備している衛兵も、何故かこちらをジロジロと見ており、何事か囁き合っている。

 ……なんというか。凄く居心地が悪いような……。


「あんた……一体何したのよ」


「ナオさん。値踏みされてますね。この人達そういう色が見えるです……」


「値踏みって……。そういえばハミィの眼は人の感情とかも見えるのか?」


 襲ってくる盗賊をどうにかしただけなんだが……。ハミィは魔眼で、人間の色がどうこう視えるとか聞いたけど、どこまで見えてるのだろうか。


「そうですね〜大体は……。具体的な事は分からないですけど、喜怒哀楽に関するような大まかな感情はぼんやりとした色で出てくるです。他にも魔力の量とか、属性とか、系統。魔法全般に関する事も大体分かるって感じです!」


「なるほど……すごいなハミィは」


 それが本当ならば敵の魔法や、弱点の属性とかも分かってしまうのでは? 人の感情も読めるとなると、対人戦とか心理戦も大幅に有利だな。ハミィの魔眼ってかなりチートでは??


「他にも色々あるわよ。ビックリするような能力もね……! 」


 ハミィの事を褒めたのだが、ラミィも自分の事のように喜んでいた。というか、必死に隠しているのだが、隠しきれていなくて微笑ましい。とりあえず2人とも頭を撫でておく。偽装魔法がかかっていても、実際に猫耳はあるようで、フサフサでモフモフとした感覚が伝わってきた。


 そうしている内に、先程の衛兵が詰所の大きな扉を開き、こちらへと戻ってきた。


「ナオ・サイタ。残念だがマルコ中隊長は、氾濫討伐のための部隊編成で今はここにはいない」


「え! そうなんですか。……分かりました。ではまた日を改めて……」


「だが、たまたまいらっしゃっているシャルル・ノルディー・ヴィッケル・ブルーネ辺境伯様が盗賊を討った貴様に会いたいと仰せだ。こんな機会はそう無い。心してお目にかかるように」


「え……?」


 辺境伯って……貴族の? 確か伯爵より偉い、割と侯爵に近い位の身分の……? ブルーネ? サウスブルーネのブルーネ!?!? ……領主様って事ぉぉぉぉ!?!?!?!


「あら〜……」


「大変です。ナオさん」


 なんという事だろう。異世界に飛ばされ5日目。俺はこの辺一帯を治める大貴族。シャルル・ノルディーヴィッケル・ブルーネ辺境伯と対面することになってしまった。

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