14.未知の魔法に誘われて

 盗賊絡みで大分時間を潰されたものの、ようやく落ち着いてサウスブルーネに入ることが出来た。


 高さ20メートルはあるであろう大きな城壁に囲まれたサウスブルーネ。その中央にある巨大な門をくぐると、最初に目に飛び込んできた景色に俺は思わず息を呑んだ。

 視界いっぱいに広がるのは、赤レンガに白い壁の家々が立ち並ぶ、中世のヨーロッパのような街並み。

 ここからでも聞こえる程街の喧騒は賑やか。煙突から流れる煙、家と家の窓から渡された洗濯物が風になびき、所々に生えている木々が白と赤の街並みと調和している。


 電柱と電線だらけの日本では考えられないような情景に、感動と興奮が胸を打つ。そして、実感した。

 本当に異世界なんだな……と。



 さらに門から街の中央までは高低差があり、ここからは街全体を見渡すことができる。周囲は緑豊かな山に囲まれ、東側からはレクシア大河が街に溶け込むように流れ込んでいる。赤レンガの屋根と大河の青が日差しに反射して煌めく。ネットでしか見た事ないが、まるでベネチアのような街を思い起こさせるようだ。奥の方には大きな桟橋がいくつも連なり、何十もの大型船が停泊している。さすが王国一の港町だ。


「らっしゃーい!! らっしゃいらっしゃい! 見てってねー!」


「リューゲンベルク公国が世界に誇る調味料の数々!! 聞いて驚けその数150!! 塩胡椒だけで満足してる奴は勿論いないよねぇ!!」


「さぁお立ち会い! こちらの酒はグレゴアール領秘蔵の一品! レクシア王国じゃこことグレゴアールしか買えないよ!!」



 門から街の中央まではメインストリートが続いており、 徐々に下っていく道の両端には出店がいくつも立ち並び、客を寄せる商人の活気に満ち溢れている。声高に商品を売り込む商人や、慣れたように値切りを始める主婦、露天のアクセサリや武具と睨めっこする冒険者などその種類は様々だ。


「すごいな……。いつもこんなに人が多いのか?」


「そうだね、今の時期は丁度暖かくなって来たから。夏になったらもっと増えるけどね!」


 ……マジか。今でも渋谷みたいに人が多いのに凄いな。人が多いというのは、それだけ栄えているという証拠だろう。


「お、戦線回帰の嬢ちゃん!! 出来たてが揚がってるけどどうだ!」


「あ〜……。おっちゃん悪い! 今は連れと一緒なんだ! また来るよ!」


「なんでぇ……。 って、やっと男ができたのか!

 ガハハ!! 良かったなぁ!! 」


「うっさい! 違うわぁ!」



 ガタイのいい串揚げ屋のおっちゃんが、リリィをからかいつつも、親しげに話しかける。他の露天の店主もリリィを見かけると、嬉しそうに話しかけてきた。どうやらリリィは相当この街に慣れ親しんでいるらしい。

 後から聞いて驚いたのが、リリィのパーティーはこの辺ではかなり有名な冒険者らしく、討伐や採取などの街の依頼でサウスブルーネにかなり貢献しており、街の人の認知度も高いらしい。

 衛兵とも顔なじみだったようで、心配していた身分証の問題も簡単に解決した。リリィが保証人になり、門のところで仮身分証を発行し、冒険者ギルドや商人ギルド、市民役所のいずれかで本発行すれば良いとの事だ。


「大した事じゃないよ」


 手をヒラヒラさせながらそう言うが、大した事だろうな。これだけ街の人達から人気があるのはすごい事だ。街の人達の反応で、他の戦線回帰のメンバーも相当良い人達だったのだろうと予想がつく。


 だが、街の人達が笑顔でリリィに話しかける程に、リリィの顔は強ばっていった。


「大丈夫か?」


「ナオ……。……うん。平気だよ」


 そっと彼女の肩に手をやると、少し間を置いて笑顔で俺にそう言った。

 無理もないだろう。皆が一様に、戦線回帰の双剣士リリィとして見ているのだ。気丈な様に振舞っているが、戦線回帰にはもうリリィのみしかいない。街の人には笑顔を見せているが、その実深い悲しみを心の中に抱えてる。

 ……今は言葉をかけるよりも、傍に付いていてやろう。



 その後も10分ほど歩いた後、中央広場に辿り着いた。これがめちゃくちゃ広い。そこらの学校の校庭以上の広さはあるだろうか。舗装された道と芝生のようなエリアに別れ、所々植木されており自然豊かで、心休まるような雰囲気の広場だ。

 広場には沢山の人がおり、街ゆく人を驚きに沸かせる旅芸人や、陽気な歌を奏で歌う詩人、憩いを求める人々に、商売する食べ物系の出店、木陰で昼飯にありつく冒険者パーティーなど様々だ。

 中央を横切るようにレクシア大河から枝分かれした幅3m程の川が枝分かれし、港の方へと続いており、噴水近くのベンチで休む人や、元気な子供達なんかも川の周りで遊んでいた。


 そんな広場の周りには、今まで通ってきた家々とは少し趣の違う大きな建物がいくつも立ち並び、多くの者が出入りしていた。


「あの周りにある建物。あれがギルド!」


「おぉ……」


 ギルド。お約束でありTheテンプレとも言える施設。二階建てでかなり大きい。まさかこの目で見る日が来ようとは……。

 ファンタジーお約束にちょっと感極まっていると、


「……なにウルウルしてんの? ギルドなんてどこにでもあるでしょ。ナオ……へんなの」


「ん……あぁ、すまんすまん! ちょっとな」


 リリィがこちらを変な目で見ている。こっちの世界では当たり前なのか……。早く慣れねば。


「じゃあ、私ギルドに報告してこなきゃだから……。……ナオはどうする?」


「うーん……。俺はそこのベンチで待ってるよ。多分邪魔になるし」


「分かった。パーティーの報告もあるから……ちょっと長くなるかもだけど………。大丈夫?」


 俺みたいな格好の奴が冒険者ギルドに入ったら、それこそテンプレが起きてしまう。屈強な男冒険者に絡まれ〜あれこれ〜的な……。漫画で見るのは面白いが現実ではちょっと遠慮したい。

 リリィの仲間達の事もあるから、長くなるってのは分かってた事だ。リリィの為にもちゃんと全部報告してくれればと思う。でなければリリィはきっと前へ進めないだろう……。


「気にすんなって! この辺で待ってるから。仲間の事……ちゃんと報告してきな」


「……うん、ありがと。行ってくる……にゃ」



 ショートボブを指でクルクルしながら照れ臭そうにお礼を言ったリリィは、冒険者ギルドへと走っていった。

 ……街に来てから語尾に気を使っているのは分かってたけど唐突に「にゃ」が来るとドキッとする。MMOケモ耳ヘビーユーザーのさがか。



 さてと……。よっこらせ。

 木陰の石でできたベンチ。少しひんやりしていて気持ちがいい。雲もなく快晴で、風が木の葉を揺らし、耳に心地の良い木々のざわめきが聞こえてくる。気温は半袖でも暖かいくらいだ。春って感じだな。




 それにしても色んな国の人がいるってのは本当のようだ。髪や眼の色も様々で、装いも違う。よくよく観察してみると分かるが、普段着のような簡単な麻の服が1番多い。この辺ではポピュラーっぽいな。その他にも、民族衣装のような柄の装いの者や、神官みたいな服を着た女性。布面積が異常に少ない焦げ茶色の肌のアマゾネスみたいな冒険者もいる。

 中には……おお! 和服っぽい女性もいる! 剣道着と袴を鮮やかにしたような装いだ。腰には刀のようなものを差している。

 和服はいいなぁ〜。異世界に何故か日本っぽいものがあるって言うのもお約束感があるが、なんか落ち着く。……あ、睨まれた。いかんいかん、不躾に見すぎたか……。すません、和服の人……。



 グゥゥゥ……。


 っと、周囲を気ままに観察してたら腹が鳴った。そういえば盗賊の後処理で昼飯食ってないんだっけ。

 どこかで買おうかなと周りを見渡したが、そういえばこの国のお金なんて持ってないことに気づいた。それに貨幣の価値もまだリリィから聞いてなかったし……。


 明日盗賊討伐の報奨金を貰った時にでも聞くとしよう。

 とりあえず、念の為に持ってきたエナジーバーでもかじっとくか。スポーツドリンクやら、水筒に暖かい紅茶やらも入れてきたし。

 バックパックから2本ほどエナジーバーと水筒を出すと、早速袋を開きかじりつく。

 最近は傷んだ食材ばかり食べていたので、こういうのもたまには良い。ドライフルーツが沢山入ったエナジーバーは歯ごたえも良く腹にたまるし、何より気持ちの良い天気の下で食べるので余計に美味い。

 そしてエナジーバーにはやはり熱い紅茶である。お手軽で美味いながらも、単体ではやはりパサパサするが、熱い紅茶と飲むと相性バッチリだ。甘すぎない熱い紅茶が、ドライフルーツのほのかな甘みを引き出し、同時に口の中を洗い流して後味をすっきりさせる。温かい事もあり、飲んだ後も心がホッと休まるのだ。


 はぁ……。素晴らしきかな携帯食料……。


 さらに俺が2本目を食べようとしたその時、ふと横から視線を感じた。


「…………ジーーーー」


「…………えっと……子供の……エルフ」



 いつの間にかベンチに座っていた身なりの良い子供が、両手をベンチにつき四つん這いでコチラを見ていた。眼が澄んだ緑色で、子供ながらとんでもない美形だ。10〜12、3歳といった所だろうか。

 サラサラの銀髪を金のサークレットのようなもので留めており、その髪の隙間から長く尖った耳が突き出している。エルフ。1発でわかった。


「………………」


「………………」


 目が合い固まる俺。えっと、どうすればいいんだ。てかどこの子だろう。お母さんは……? 何も喋んないよこの子!


 ヒョイ


「……ふあ! …………」


 ヒョイ


「ふあ!…………」


 俺が左手に持ったエナジーバーを動かすと、つられてエルフの子も動く。犬みたいだな。

 ……これはあれだろうか。欲しいという事なのだろうか。


「……食べる?」


「…………………………うん……」


 少し間を空けた後、エルフの子はコクリと頷いた。

 左手に持ったエナジーバーを渡すと、そっと受けとりしばらく見つめる。


「………………あむ………。……っっっ………!!!!!!」


 やっとその小さい口で食べたかと思うと、咀嚼するうちにその端正で綺麗な顔が、驚きに染まっていく。

 ……なんか食べれないものとか入ってないよな? 材料とか……肉とかじゃないし、ドライフルーツと小麦? あとは卵とか? もしかしてアウトだった……?


「……あの〜。えっと……」


 大丈夫だろうか。実はどこぞの貴族の家の子で、知らぬ内に食べれないものを食べちゃって具合が悪くなりでもしたら…………。俺捕まる!?

 それにこの子、固まってなんかちょっとワナワナ震えてるーー!

 緊張しながら、固まるエルフの子を見つめる事数秒。


「………………うまぁ……」


 心の底から絞り出したように天を仰ぐエルフの子。整いすぎて性別が分からなかったのだが、どうやらこの子は少女のようだ。エナジーバーを天に掲げ、大仰に美味しさを表現する体に起伏があるのが見て取れた。何より紋章のようなデザインが描かれたコートの下にスカートをはいている。


「……紅茶も飲む?」


「…………うん」


 再びリスのように小さい口を動かし、エナジーバーを食べ始めたエルフの子……ならぬ少女に紅茶を差し出す。始めはまるで淹れたての様に湯気をあげる紅茶と、水筒を交互に見ていたが、おもむろにそれを受け取るとそっと口にした。


「…………ホッ。…………うま」


 相変わらず言葉足らずだが、どこか満足そうな様子だ。うむ、良かった。

 ……まぁおれの昼飯半分消えたんだけどね。


「…………魔力……」


「えっ?」


「…………魔力……多い……ね」


「……え?」


 石のベンチに座り直し、足をぶらぶらとさせながら呟く。何と言ったか聞き取れなかったが、2回目で分かった。俺がなんと答えるか迷っていると、さり気なくこちらを見る彼女の無表情な顔に、西日が差し込む。


「ん…………まぶし……」


 左手で光から目を隠すエルフっ子。エルフは美形ってのが鉄板だが……。息を呑むほど綺麗だな。なんというか……邪な気持ちではなく、芸術を目の前にしてるような。


「…………ごはん。……ありがと」


「……えっ? ……あぁ、いいって! バイバイ! 気をつけてな」


「…………ばいばい」


 見とれてる内にベンチを立ったエルフっ子は、いつの間にか俺の目の前に立ち、顔を覗き込んでいた。

 慌てて俺がそう答えると、彼女は手をヒラヒラと振って走り去っていった。身の丈には長すぎる程の立派な白い外套を翻し、見えなくなるまで俺はその後ろ姿を見つめていた。






 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「ふんふふん…………ふんふんふん〜」


「ご機嫌ですねシュリハ様。どうされたのですか?」


 熱気と喧騒が支配するメインストリート。シュリハと呼ばれたエルフの少女は、いつの間にか傍に控えていた騎士の装いの女をチラリと見やる。

 同じ紋章クレストが描かれた白の外套を翻し、歩くのが億劫になるような人混みの中を、2人はすり抜けるように進んでいく。すれ違う人々が自然と彼女達を避けていく。しかしながらその存在に気付いてはいない。


「………………みてたくせに……」


「フフ。相変わらずシュリハ様の隣は歩きやすいですね。助かります」


 シュリハの答えに女騎士は少し笑うと、2人を囲うように展開されている偽装調整魔法カモフラージュ・アライメントを指でなぞる。


「あの奇妙な格好の男。異国の者でしょうか? 何か気になったのですか?」


「…………おいしかった……。…………また食べたい…………」


 シュリハは先程の味を思い出すように目を瞑る。様々な果物の凝縮された旨みと、それを包み込むクッキーのような食感の下地との調和。外套のポケットに無造作に入れられたビニールの包み紙をおもむろに取り出し、少し見つめると、再びそれをポケットにしまいこんだ。


「……はぁ。食べ物ですか……。少しはご自身の立場をですね……」


「…………魔力」


「は?」


 また彼女の気まぐれが始まったとばかりに、頭に手を当てため息を吐く女騎士。しかしながら当のシュリハを引き寄せたのはエナジーバーでは無かった。


「魔力おおいから…………気になったの。……レベル………低いのに」


「……ちなみに、どれ程?」


「レベル20……でも魔力あなたの倍…………。それに……私の……知らない魔法の匂い……した」


「なっ!!」


 女騎士は絶句した。騎士の中でも指折りの実力を誇る彼女は剣と魔法の達人でもある。その彼女の倍の魔力 。それだけでも充分驚愕に値する。しかし問題はそこでは無い。隣でこちらを見るエルフの少女に知らない魔法があるのかと、女騎士は驚愕の眼差しでエルフの少女を凝視した。


「興味が……尽きない……。……えへへ!」


 シュリハは思わず笑みを浮かべた。

 女騎士が絶句するのを横目に、先程の男を思い返す。肌触りの良さそうな服に、遠目でも分かる立派な造りの背負袋。何より小精霊が興味深そうに周りを飛んでいた。悪い者ではないだろう。

 実際に彼はとても優しく、貰った食べ物も想像を絶するほど美味しかった。

 それに何より、


「新しい魔法…………また会いたい」


 自分の知らない魔法の気配を感じた。

 レクシア王国宮廷魔導師団団長、シュリハ・メイプル・シャルリハートは、新しい出会いと未知の魔法に思いを馳せながら、サウスブルーネのメインストリートを軽い足取りで歩いていくのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る