10.覚悟と犠牲と絆と


「大地龍!? この世界には龍がいるのかよ……」


 ヤバすぎるだろ……。てかそんな森のすぐ隣に召喚された俺の店もやばくないか?


「……この世界? ……確かに私もおとぎ話や絵本でしか見たことない。まるで大樹と同化したような見た目で、肌は緑の鱗と木の根みたいなのに覆われてる、翼は無かったけど半端なくデカい」


「そいつが黒大熊をやったって事なのか?」


「分からないけど……Aランクの黒大熊の群れを一蹴できるなんて……多分そうだと思う」


「……それで……どうなったんだ」


「ああ……その後は…………地獄だった」



 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



 ありえないほど巨大な体躯。まるで1本の巨大な木が龍と融合したような見た目。

 リリィには幼い頃読んだ絵本より、その特徴的な体に見覚えがあった。


「太古の龍ユグドラシル……?」


「おいおい、それって伝説上の龍じゃねぇのか!?

 絵本とかの世界だろ!!」


 黒大熊の死体が転がる目の前の血溜まりより少し奥に姿を現したその古き龍は、こちらをじっと睥睨して動かない。

 まるで様子を伺っているようであった。


「は、早く下がりましょう。襲ってこないわ……」


「そうにゃ。だけど少しづつ……刺激しないように」


「分かった……」


 一体どれだけの時間対峙していたか分からない。数分なのか数十分なのか、しかし手のひらは汗でじっとりと滲み、冷や汗が止まらない。

 目の前の動かない大地龍をじっと伺いながら、アドエラは撤退を提案し、他のメンバーも頷いた。

 パズーが手を後ろにまわし、合図を2人に伝える。合図を確認し、ゆっくりと下がり始めた瞬間、アドエラの探索魔法が何かを捉えた。


「ま、またなにか来る! 多分ウルフかブラックベアー! すごい数!」


「もういい!! 走って!! 早く!!」


「ちっ!! マジかよ!! 」


 大地龍が佇む場所よりさらに左の林から、急速に接近してくる敵が姿を現す。黒い体毛、ウルフよりも2回りは大きな体。

 黒大熊である。

 大小様々な大きさの樹木立ち並ぶ森の中を、まるで自分の庭かの如く、いとも容易く駆け抜け全速力でこちらへと向かって来ていた。

 その数はリリィが確認できるだけでも40〜50匹。

 まるで黒い波のような一群が、戦線回帰へと狙いを定め襲いかかる。


「走れぇぇぇぇぇ!!!!」


「鎧を捨てて! パズー!! 追いつかれる!!」


「今やってる!! くそっ!!」


 ガシャンガシャンと大きな音を立てて走るパズーの足は遅く、リリィが鎧を脱げと叫んだ。


「祖は燃え盛るいしずえ、立ち塞がりて敵を討て、大炎柱フレイムピラー!!」


 パズーが兜を脱ぎ捨てると同時に、アドエラが詠唱を終え、火魔法を黒大熊の群れに向かって放つ。


「ブォァーーー!!」


「グォァアッ!!」


 アドエラが放った魔法は、パズーを横切り先頭を走る黒大熊に命中した。視界が歪むほどの炎熱の柱が大地からせり上がり獣たちの行く手を阻む。周囲にいた数頭が巻き込まれ、脂が焼けるような嫌な匂いが周囲に広がった。

 しかし、炎の柱を避けるように後続が続き、黒い波の如き黒大熊の大群は再び走り出した。


「数が多すぎる!! 足止めできないわ! 急いで!」


 GUOhoooooooooo!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


「!!!」


「今のは!? 大地龍か!?」


 突然鳴り響いた咆哮。大地が揺れ、樹木がざわめく。腹の底から響くような轟音に、黒大熊の群れも一瞬ざわつき足を止めた。


「今だ! 行け行け!」


「分かってるわよ! でもその前に、詠唱破棄!!……スタンバインド!!」


「「ガッ……グ、グォ」」


 黒大熊の足が止まり、好機と見てすぐさま走り出すパズー。しかしアドエラは振り返り、黒大熊に再び魔法を放った。麻痺属性の魔法が地を這い、黒大熊の群れへと直撃した。


「アドエラ!! 止まらにゃいで!! 走って!!

 早く! 」


 しかしリリィの耳は、感じ取っていた。


「大丈夫! こいつらはしばらく……」


「後ろ!! アドエラァ!!」


「え?」


 横の木陰から飛び出してきた影がアドエラに迫る。瞬間、パズーが大盾を構えアドエラへと走り出す。しかし間に合わない。


「ガルァッ!!」


「うっ、あぁぁぁぁぁぁ!!」


「アドエラ!!」


「こんのクソ犬がぁ!!!」


 アドエラの脚に食らいついたウルフが、アドエラを押し倒す。パズーが大盾を思い切り振りかぶり、アドエラに食いついていたウルフに渾身のシールドバッシュを浴びせた。

 盛大に宙を舞い、切り揉みしながら大樹の幹に叩きつけられるウルフを横目に、パズーはアドエラを抱えると走り出した。

 ボタボタと膝下から血が流れ、大地を赤く染める。


「うっ……ぐぅ」


「しっかりしろ! ポーション出せ! おい!」


「パズー! まだ来る!」


「おいおいおい……冗談だろ!!」


 ウルフが飛び出してきた方角から、新たな敵の気配を感じたリリィがすかさず叫んだ。チラリと後ろを見やると、黒大熊の群れが足を止めている横合いから、ウルフの群れがこちらへと迫ってきている。


「ありえないって! こんな大量の魔物どこから!!」


「今はとにかく走れぇ!」


 駆ける。駆ける。ただひたすらに、全速力で駆ける。リリィは全力で走りながらアドエラの足に布を巻き付けると、思い切り締め付けた。すぐに布が赤く染まり、よく見れば膝下の肉が食いちぎられ、骨が見えている。

 走る。走る。遮る草を振り払い、大樹の根を飛び越え、がむしゃらに全力で走る。


しかしそれと同時に後ろから何十もの足音が聞こえる。途切れる事の無い獣たちの足音は、次第にリリィ達の体力と精神力をすり減らしていく。


「ハッ、ハッ、ハ……」


「ダッ、……ハッ、ハッ……! くそっ、追いつかれちまう!」


「マズいにゃ! 前から別が来てる!」


「前からだと……くそっ!! ここまでか、……」


 リリィが前から新たなウルフの群れの気配を感じとった。後ろには黒大熊。左右後方からもウルフの群れ。

 囲まれていた。森中の獣全てがこの場所へ集まっているのではないかと錯覚するほどの数。


「アタシを……置いてって、」


「アドエラ!?」


 すると、パズーに背負われていたアドエラが、玉のような汗を流しながら2人にそう呟いた。


「ふざけんな! お前1人残して行けるかよ。死んでも連れてくぜ」


「当たり前にゃ! 死ぬなら一緒に……」


「ふざけないで!!!!」


 断固として置いていく事など出来ないと、2人が固い意思を見せるも、それをアドエラが一喝した。今までに出した事の無いような大きな声で叫んだ彼女を見て、2人は状況も忘れ呆然とする。


「今は1人でも多く生き残らなくちゃ。大地龍の出現に、この魔物の数……。明らかに氾濫が起きてる。街に誰かが伝えないと……もっと大きな被害が出る!! 」


「だからどうした! お前も連れてみんなで街に帰るんだ。グダグダ言ってんじゃねぇ!!」


「そうだよアドエラ! 大丈夫! 私が絶対に守るから! だから一緒に帰ろう?」


「パズー、あんたさっき私を助けた時に足くじいてるんでしょ? 無理しないで……」


 そう言うとアドエラはパズーの背中から無理やり離れるように降りた。 左足をほぼ食いちぎられていたアドエラは着地が出来ず地面に転がる。


「うぅっ!」


「おい、何してんだ!」


「……はぁ……はぁ……。ありがとね。ここまで運んでくれて。 リリィ。あなたは……獣人だけど、とっても優しくて、気高くて、仲間思いだった。差別なんかに負けないで。きっと優しい仲間にまた巡り会えるわ」


「何言ってるの……、アドエラ………?」


 普段ツンケンした彼女が優しく、諭すようにリリィに語りかける。泥だらけの手でリリィの手を握って語りかけると、満面の笑みでリリィを見つめた。

 リリィは何も言えなかった。

 アドエラの覚悟を感じ取ってしまったのだ。


「……神よ。我が最後の祈りを受け入れ給え。命数を賭して願い奉る。詠唱破棄・限界突破リミットオフ


 千切れかけた足など些細なこと。

 アドエラは魔力を練り始めた。為の詠唱は、アドエラの命を蝕み、燃やし、生命の灯火が魔力の奔流となって、まるで消える直前の大炎のようにアドエラを包む。



四重奏クアドラ魔法マジック


「アドエラ……」


「ふふ……なんて顔してんの……。ちゃんとリリィを守りなさいよねパズー」


「…………あぁ。任せろ!」


 魔力が臨界点まで高まる。凝縮された魔法は4つの魔法陣を宙に描き、リリィとパズーを照らした。



第一射ファースト獄炎精霊の抱擁インフェルノ


 紅蓮に燃えたぎる魔法陣から、限界まで圧縮された一つの炎弾が放たれた。やがてそれは青から赤、そして白く変化し輝きを放つ。周囲の空間を歪めるほどの熱を放つそれは、正面から迫っていたウルフの群れへと吸い込まれた。

 着弾。同時にそれは白い輝きを一瞬で放ち、周囲にあったもの全てを飲み込み、消し去った。残るのはマグマと化した大地のみ。


第二射セカンド第三射サード天雷の戯れライトニング


 左右の魔法陣から光が轟く。青白く大気を走る稲光は、一瞬の内に左右後方から迫るハングリーウルフの群れを蹂躙した。

 とてつもない轟音と共に地を走り、空気を震わせ、ウルフを引き裂くように3度光った後、何事も無かったかのように静まり返った。

 後に残ったのは焼け焦げたウルフの死体と宙を漂う黒い煙だけが残る。



「フォー……ガフッ……。……はァ、はァ、第4射フォース……!!」


 最後の魔法陣に渾身の魔力が注がれる。アドエラの口からドロリとした血が流れ、目から生気が失われていく。己の命を魔力に変換した者は、圧倒的な魔力を得る代わりに、その命数を急速に減らす。アドエラの命が、もはや風前の灯火であるのは2人の目にも明らか。

 しかし彼女は笑みを浮かべていた。


「アドエラ……いやだ、いやだ!!」


「……アドエラの最後の魔法だ。しっかり目を開け、お前の目に刻みつけろ!!」


 リリィが涙を流してアドエラの名を叫ぶ。パズーがリリィの肩をしっかりと支えた。


「「グォァアァァァァ!!」」


 しかし後方から黒大熊の群れが迫る。先程の魔法の礼をしてやると言わんばかりに、横に大きく広がった黒大熊の群れは、ハングリーウルフの焼け焦げた死体を嘲るように踏みちらし、容赦なくアドエラを狙う。そして、すぐ後ろまで


「フォース……ガハッ!」


 魔法を発動しようとしたアドエラが、再び血を吐き倒れた。最早杖を持つ気力も残っていない。


「アドエラッ!!」


「おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」



 その瞬間、パズーは走り出していた。大盾を手に掲げ、アドエラの横を過ぎ去り、


「グオォォォォオオオオっらぁぁぁぁ!!!!!」


「はァ……はァ……。なんで来たのよ……バカ……」


「はっ。俺は筋肉バカだからよ。こんくらいしか出来ねぇからな……。 俺ごとやれ!!」


 パズーは渾身の力で、大盾を目一杯に使い黒大熊の突進を押さえつけた。なおも殺到しようとする獣達がパズーの身体に食らいつく。左手を使い、足を使い、噴き出す血などお構い無しに全身でアドエラの盾となる。


「……リリィ。あなたは生きなさい。元気でね。私はこのバカと……パズーといくわ」


「バカなリーダーですまん。リリィ。俺たちの分まで生きてくれ。それが俺たちへの手向たむけだ」


「そんな!! いや、嫌だよ! 2人とも!!」



「がふっ……やれぇぇぇぇぇ!!!」


第4射フォース!! 氷晶乱舞ダイアモンドダスト!!」




 最後の魔法陣から放たれた瞬間、周囲の時が止まった。


 ゆっくりと舞い散る氷の粒が、大樹林に差し込む陽の光を反射する。煌めく光の粒は周囲一帯の全てを包み込み、地面へと降り注ぐ。

 どれだけの時が経ったであろうか。

 先程まで聞こえていた黒大熊の猛々しい鳴き声も、いつの間にか静まり返っていた。



 そんな中、リリィの耳元に微かな声が聞こえた。




「そんな顔すんな。俺のパーティーに入ってくれてありがとな」


「あなたと一緒に組めてよかったわ。……その。ありがとね。私たちの分まで……生きて」





「うっ……うぅ……。わた……しも……、私も……だよ!!! パズー! アドエラ!! うあぁぁぁぁぁぁぁ! …………」



 ウルフの残骸も、黒大熊の群れも、そしてそれを守るように立ち塞がる勇敢な戦士も、全てを屠った優しき魔道士も。


 等しく全て氷の像となった大樹林の中で、リリィの泣き声だけが青い空へと響き渡った。

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