9.黒波の大樹林

 レクシア王国領における、約5分の1を占めるほどの広大な面積を誇る樹林、ウッデスガルド大樹林。別名「黒波の大樹林」。

 並の倍以上の大きさの樹木が立ち並ぶこの樹林は、どれも樹齢700年以上を生きる太古の木々の集合体であり、龍脈から溢れる豊富な魔力、大樹林の中央を通るレクシア大河という水源も合わさり、枯れる事を知らない。

 樹林の中には陽の光が僅かしか差し込まず、薄暗い雰囲気に包まれ、肥沃な大地からの恵も相まって、野生の生物が生きるには絶好の環境であり、数多あまたの獣や魔物達がこの自然の恵みを享受していた。

 そんな大樹林の中、雄大な木々の影から聞こえる人の声があった。



「11時方向来るよ! ハングリーウルフ2! 後ろからもバトルゴブリン2!! パズー!!」


「分かってらぁアドエラ!! 身体強化付与エンチャントドライブ!!」



 4人パーティーの中央、とんがり帽子を被った魔術師ソーサラーアドエラが、探索魔法に引っかかった敵の位置を叫ぶ。

 アドエラの声を聞いて走り出した全身金属鎧フルプレートの男、パズーが目の前へ迫るウルフに大盾を突き出した。


「グルァッ!!」


 ガキィィン!!


 猛烈な勢いで迫る先頭のウルフを、半歩身を前にし、屈みながら乗り出すことでウルフを空高くへと弾き飛ばす。続く2頭目もうまくいなしたパズーは、咄嗟にウルフの胴を蹴りあげへ宙へ飛ばした。


「リリィ!!」


「ッッシ!!」


 瞬間、大盾の下から飛び出たリリィが宙を舞うウルフへ両刀を交差させる。死に際の唸り声すら許さぬその双閃は、ウルフの腹を十字に引き裂き、肥沃な森の大地へ狼の赤い血がドボドボと流れ落ちた。

 そのまま流れるように前へ進み出たリリィは、生々しい音と共に地面へ打ち付けられ、顔が潰れたもう一方のウルフの首筋へと、ダガーをなめらかに滑らせた。


「ギギャギャッ!!」


「後ろから来てる! 」


 しかし、戦闘はまだ終わっていない。

 アドエラのすぐ後方5m程の距離に、バトルゴブリンがすぐそこまで迫っていた。

 しかし、猛烈な勢いでアドエラへと殺到しようとするゴブリンへリリィが動く。


精霊の身体強化付与エレメンタル・ブースト


「ギャヒヒヒ!!」


 ゴブリンがアドエラへと飛びかかる直前、リリィが後ろから凄まじい速さで前へ出た。


獣斬スラッシュ


「ギャフッ!!」「グギャッ!?」


 前かがみで沈んだ体勢から、跳躍する構えを見せたゴブリンであったが、リリィが振りかざした双対のダガーが閃き、武器を弾き飛ばされ後ろへ体ごと吹き飛んだ。大樹の木の根に顔面を打ち付けると、その隙を見逃さんとすぐさまアドエラが杖を掲げ、詠唱を紡ぎ始める。


「確も賢き氷精や、地より突きで敵を伐て!!アイスランス!!」


 2節に圧縮された詠唱をあっという間に言い終えると、地面で顔を抑えながらフラフラと立ち上がるゴブリンの頭にその杖の矛先を向ける。


「ギャバァ!!」 「ゲ……ガヒュ」


 次々と音を立て現れる氷槍。


 前から後ろから右から左から、逃げ場などどこにもない。すぐに1つ目の氷に捕らわれ、次々と他の氷の槍がゴブリン達の身体を刺し貫いた。





「お疲れにゃ〜!」


「ガハハハ!! 頭串刺しとか容赦ねぇなぁ? アドエラ」


 襲ってきた魔物4匹を全て倒し、戦いを終えたパーティーは緊張の糸を弛めた。ハングリーウルフの討伐証明の部位を採取したリリィは、後方の2人に合流し声をかけた。


「でもゴブリンに飛びつかれそうになってたよな〜。クスクス」


「うるさいわね!! ちょっと油断してたのよ! パズー笑うな!! この! 待て!」



 いつものアドエラ弄りにリリィが思わず微笑む。アドエラも満更では無いようで、いじられつつも楽しそうに笑っていた。


「いやぁ、結構奥まで来たよな〜。黒波の大樹林ていやぁAランクの森で有名だけどよ、全然何とかなってるよなぁ」


「パズー……。あんたねぇ、油断してんじゃないわよ! この森は広大で方向感覚も狂うの。パーティーがちゃんと進めてるのは、あたしの探索魔法のお陰なんだからね!」


「分かってますよアド姉さん。よっ! うちのエース! 」


「……ぬぬぬ。あんた張り倒すわよ……」


「おーい……。血の匂いに他の獣がよってくる前にさっさと行くよー!」


「「あーい」」



 リリィは軽口を言い合うメンバーにため息をつくと、バトルゴブリンの耳をすぐに刈り取り、仲間達へ出発を促した。


「しかし、今回の依頼の黒大熊ブラックベアーって結構ヤバい奴じゃなかったか?」


「確か……B+ランク指定の魔物だったはずにゃ」


「生活も狩りも群れで行う魔物よ。常に複数で行動してるから討伐難易度も高いって訳。単体だと私達の敵じゃないけど、今回は錬金ギルドからの依頼で黒波大熊の生き胆3つだから……最低限3匹は倒さないといけないわ」


「最低限3匹って……なんで? 3匹倒したら即とんずらじゃだめにゃの?」


「3匹以上は歩合なのよ。持ってった分だけ報酬は加算されるわ。割は良いけど……でも相応に危険だから最低3匹って事。……後は状況次第かな〜って感じだけど」


 アドエラが腰に着けた魔法のバッグをポンと叩きながら、メンバー達の顔を伺うようにそう言った。

 危険度Aランクの黒波の大樹林は、冒険者ギルドによりBランク以下の者は、立ち入りを制限されている。

 誰かが見張っている訳では無いが、実力が低いものが入ると森の魔物にすぐにやられてしまう。特にここでは常に魔物同士の抗争も行われ、生き残る為に群れを形成する魔物が多い。危険度は折り紙付きである。


 しかしながらこの大樹林では、奥深くに入るほど豊富な薬草、多種多様な鉱物、その他高ランクの魔物の素材など、貴重な資源の宝庫となっている。

 己の知恵と力で身を立てる冒険者にとって、これ程魅力的な場所はそう多くない。無謀を承知で森に入る者は後を絶たないのである。


 そんな中、Aランク冒険者目前と言われていたBランクパーティー[戦線回帰]としては、今回の依頼はどうしても成功させたいものであった。


 本来ギルドの依頼は、問題を抱えた組織、個人がギルドを仲介し冒険者に対して依頼を出すものだ。しかし、今回のようなギルド直接依頼は勝手が違ってくる。報酬も高いが、何より


「その辺は状況次第だが、まずは依頼目標を達成する事だ! Aランク昇格がかかってっからな! 絶対成功させるぞ」


「あったり前よ!」


「にゃー!」


 依頼達成時の評価も高いのである。ギルド直接依頼は冒険者ギルドが依頼内容を査定し、直接任意の冒険者パーティーに発行されるため、昇格などの判断材料として使われることも多い。


 一流冒険者の代名詞とも言われるAランクへの昇格がかかっている[戦線回帰]は、意気揚々と大樹林の奥へと足を進めて行くのであった。


 そう、


 奥へと。




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



「何これ………………何よこれ!!」


「…………普通じゃねぇな」


「うっ………………」


 目の前に広がる凄惨な状況を目の当たりにした戦線回帰は絶句した。

 むせ返るような血臭。辺り一面に飛び散った臓物とバラバラになった獣の手足。血みどろの地面に、何かが暴れたような傷跡のある樹木の幹。

 普段魔物の死体や血を見なれているメンバー達も、思わず顔を背ける程であった。


 ピチャリ


「……? ヒッ!」


 ふと水音がした足元にアドエラが視線を送る。すると、そこには


「黒大熊の……頭……?」


 損傷が酷いが、黒い体毛の熊のような頭が血溜まりの中に転がっていた。思わず手を口で覆うリリィ。


「一旦離れよう。……絶対ヤバい」


 眉を顰めるパズー。

 目の前の惨状は明らかに異常であった。バラバラになっていて正確な数は分からないが、恐らく20前後の黒大熊の死体。黒大熊は群れを成した状態ではAランクに分類される。しかし、それをこうも容易く、一方的にバラバラにする程の魔物がここにいたという事だ。


「…………」


「……同意。……アドエラ?」


 パズーの判断に頷くリリィ。だがアドエラの返事がない。ふと彼女の方を振り返ると真っ青な顔になっていた。


「……くる。……なにか来る」


「探索魔法か!? どっちだ!?」


「…………!!!」


 探索魔法で何かを察知したらしいアドエラが絞り出すように言った。パズーが瞬時に周囲を警戒するが、リリィはそれと同時にとんでもない悪寒に襲われ尻尾の毛が逆立った。

 何かに見られている。


「も、もういる……。逃げよう! 逃げよう!!」


「落ち着けアドエラ! パニクったら死ぬぞ。 どっちにしろ戦闘が避けられねぇんならやるぞ。機を見て逃げる」


「見られてる!! 正面1時の方! やっばい気配にゃ! 戦闘準備!!」


 黒大熊の惨殺死体に気を取られ、探索魔法に気づくのが遅れたアドエラがパニックになる。が、パズーが背中をポンと叩くと冷静にそう言った。普段アドエラを茶化している側の彼だが、屈強な体といざと言う時の冷静な判断力は、流石は戦線回帰のリーダーであった。

 更に獣人であるリリィは、種族特有の鋭敏な感覚を持ち、視線を送っている魔物の位置を特定した。

 すぐに大盾を構え、前へと出るパズー。アドエラを後方に据え、リリィがパズーのすぐ右側面に躍り出る。

 じっとりとメンバーの手に汗が滲む。既に探索魔法など使わずとも伝わる明確な視線。プレッシャー。




 すると現れた。




「嘘でしょ……」


「……龍」


「いや……これは……。大地龍アースドラゴンだ……」



 そこに居たのは樹林に匹敵するほどの大きさ、圧倒的な威容。

 SSSランクの魔物。太古より生きる竜種が一つ。

 大地龍アースドラゴンユグドラシルであった。

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