8.お風呂入ります?
「ナオ、これはどうする?」
「あぁ、焦げた網はここに頼む。使った食器はあそこのシンクに入れといてくれ。後で洗うよ」
狼を倒した俺たちは、食事の後片付けをしていた。
外の狼についてはリリィが血抜きをし、内蔵だけ抜いて処理してある。むせ返るような血の匂いだったが、店の裏50m先が切り立った崖になっているためそこに捨てた。リリィ曰くそうすれば森の獣たちが処理してくれるし、土に還り新たな命になるそうだ。俺が倒した狼とはいえ、崖から落とす時に少し躊躇った。やらなきゃこっちがやられてたのは分かってるが、どこか日本の時の倫理観にまだ引っ張られるな。早く慣れないと……。
食事の片付けだが、全テーブルをフル稼働して焼いたため、焼き網と釜の中が汚れている。
お客が来ないとはいえそのままにすると不衛生なので片付けをしていたのだが、リリィが手伝いを申し出てくれていたのだ。
「網はまとめたよ! 食器洗いか、私がやる。ところで水はあるの?」
「あぁ、そこの銀色のレバーみたいなのがあるだろ? それを倒すと出るぞ」
「ればぁ? 銀色の……これか? ……おお! 凄い!凄いぞナオ!! 水が出てくる!」
「ははは……」
こんな様子でさっきから店の中のものを触っては、いちいち感心して驚いてくれる。驚き方が素直なのでちょっと楽しい。
リリィはとめどなく蛇口から流れる水を楽しそうに眺めながら、鼻歌交じりに食器を洗い始めた。意外と手際が良く、次々と隣のラックに食器が積み上がっていく。
「さぁ終わった! 次はどうするナオ!」
はやっ。……うーむ、どうしようかな。
そんなキラキラした目でこちらを見られても困る。後は食材の整理位しか仕事ないし……。
……あー、大事なこと忘れてたな。
「とりあえずリリィ……風呂入ってきたらどうだ?」
よく見たら装備も狼の処理をして血まみれだし、下に着ている服も返り血が飛んでいた。
それによくよく考えたら、リリィを助け出してから今日まで床に伏せっていて風呂には入ってないし……。今まで水やらガスが使えなかったっていうのもあるんだが。女の子だからそういうのは気にするだろうし。
「風呂? 水浴びできるの?」
「んー……水浴び……、ま、まぁそんなもんだな。とりあえず使い方だけ教えるわ」
水浴びではないが、とりあえず彼女を2階の風呂場へと案内した。扉を開けると、目の前に洗濯機があり、脱衣所になってる。そして右の扉を開ければ風呂場だ。
とりあえずお湯を出して、風呂に湯をはる。その間にシャンプーやらリンスの説明もしておく。
「温かい!! 温かいぞナオ! どうなってるのコレ!? 上から温かい水が降ってくる!! 」
「お、落ち着けリリィ。それはシャワーで、こっちが浴槽な。今お湯を貯めてるんだけど、少し時間かかるからその間に体を洗ってくれ……。これが石鹸で体の汚れ落とすやつな……これをこのタオルに……」
水浴びが日常であったリリィにとって、シャワーは余程衝撃的だったらしく、かなり興奮していた。とりあえず少し落ち着いてほしい。
「こんなもんかな……。タオルと着替えここに置いとくから。俺のお古で悪いんだけど洗濯終わるまで我慢してくれ〜」
「分かった!! もう入っていい!? 入るよ!?」
洗濯機に汚れた服を入れることも伝えておいたので大丈夫だろう。という訳で俺はさっさと退散……っておーい!!
「ちょ! まて! 脱ぎ始めるな! っっ〜〜〜」
「待ちきれにゃー!!」
お湯をため始め、熱いシャワーを流し、湯気が漂い始めた所で、リリィがいきなり上の服をガバッと脱ぎ始めた。体つきが戻り始めたリリィの豊満なボディが一瞬で露わになる。
咄嗟に後ろを向いたのと湯気のお陰で大事な部分は多分見えていない。うん。
可及的速やかに俺は風呂場から退散した。後で何言われるか分かったもんじゃないからな。
「ふぅ……全く。よっぽど嬉しいんだな……」
色々と危なかったがとりあえずセーフ……だ。
1階に戻りテーブルについた俺は、ため息をつきながらステータスを開いた。
咲多 鳴桜
レベル ・8 ▶ 23
職業 ・焼肉屋の店主
HP[124]▶ [357]
MP[224]▶ [524/644]
AGI 25▶ 69
INT 89▶ 252
DEX 112▶ 322
VIT 32▶ 92
AGI 28▶ 69
称号 ………肉の探求者、肉の解体者、接客の魂、エンターテイナー、異世界より召喚されし者、慈悲なき罠師、狼殺し
スキル ・オリジン
・シールドLv.1
魔法 ・バリア魔法Lv.2
・インフラ魔法Lv.1
めちゃくちゃレベル上がっとるがな……。狼をまとめて倒したからだろうけど、ちゃんと経験値になってるのは助かる。
何よりMPが増えるのはとても有難い。常時使用したいバリア魔法や、新しく覚えたインフラ魔法がある今、MPはどれだけあっても損は無い。
外の世界の情報を集めたいとは思ってるんだが、店がここにある以上迂闊に動けないし、守りに関しては万全にしておきたいんだよな。
魔力を多く使えばバリアの強度を増すことも確認済みだ。
そして不本意な称号も増えている……。無慈悲な罠師て……。まぁ確かに無慈悲だったかも……。異世界の狼も、まさかバリアと一酸化炭素中毒でやられるとは思ってなかっただろうな。合掌……。
それに今後の方針も決めないといけないな……。
近くの街に行ってみるのもありだ。遠くの方に見える街が1番最寄りなのかな?
食料も永遠に持つわけじゃないし、リリィに言えば案内してもらえるだろうか? その前にこの世界の事を色々聞いてみないと……。風呂から上がったら聞いてみるか。
とりあえず街に行くのを目標にして、そのための準備を色々としていこう。
やらなければいけないこと、必要な物、取得したいスキルや魔法のメモを、あーでもないこーでもないと考えながら1時間ほどすると、階段を降りる音が聞こえてきた。どうやら風呂から上がったようだ。
「ナオ! 上がったぞ!」
「おう〜、ちょっとリリィ聞きたい事が……ってうわぁ!」
振り向くとそこには赤茶のショートボブの濡れた髪をタオルでワシャワシャと拭きながら、LサイズのTシャツ1枚だけ着たリリィがそこにいた。
湯上りで上気し、赤らんだ肌がどこか艶めかしく、健康的な太ももなどは丸見えで、吸い寄せられる視線を制御するのが大変だ。Tシャツが大きかったのでギリギリ下は隠せているが、動く度にシャツの裾がヒラヒラして色々と危ない。
20後半のおっさん予備軍には目に毒である。
「ナオの家の風呂ってのは凄いな! 貴族の家にもこんなのないぞ! 」
「リリィ! ジャージは!? ちゃんと渡したよな!?」
「いやぁ、ずっと浸かってたから暑くってさ〜! 後で履くから! いいでしょ! 」
「え、えぇぇ〜……」
し、仕方ない。頑張れ俺の自制心。
と、とりあえず洗濯機を回してから、リリィに色々話を聞くとしよう。
鼻歌交じりでスキップをしながら冷蔵庫にあるスポーツドリンクを漁るリリィを横目に、俺は2階の風呂場で洗濯機を回しておく。
再び1階に戻ると、リリィはテーブルに座って冷えた飲み物を堪能していた。
しかし、やせ細っていたのにもうすっかり元気になったな。顔まわりも頬がこけていたが、今では綺麗に戻っている。
体も……うん。む、胸が……。意外と着痩せするタイプだったのか。机に……乗ってる。……っと、いかんいかん。ガン見してしまった。ちゃんとインナーも渡したはずだけどシャツ1枚だけだよなアレ……。顔を見るんだ鳴桜!!自制心自制心……。
「フフ……、ナオのえっち!」
俺の視線に気づいたリリィが、ニヤつきながらそう言った。ヤバい、ばれてた。
「うぇ!? いや、違う違う! すまん!そんなつもりじゃ……ちゃんと元気になったなと思ってさ」
本当は違くは無いのだが、一応否定しておこう。だがそう言うとリリィは神妙な顔に戻る。
「……確かにそうだな、ありがとう。ナオのおかげだ。本当に礼を言い尽くしても足りない。この恩は必ず返す」
「恩なんてべつに感じなくてもいいぞ。困ってたから助けただけさ。目の前で死なれても夢見が悪いからな」
「あのさ、……ナオを信頼しての事なんだけど。色々話さなくちゃいけない事があるんだ……」
「……?? あぁ。分かった。聞くよ」
リリィが真面目な顔で俺の方へ向き直りそう言った。俺は頷いてテーブルに座ると、リリィはポツリポツリと言葉を絞るように語り出した。
彼女の身に、何が起きたのかを。
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