1.異世界召喚

「…………ったたたた。……何が起きた?」


 眩い光に包まれた後、俺は正気を取り戻した。

 冷凍庫から漏れ出る冷気がひんやりと冷たく、地面へと座り込んだ俺の横を通り過ぎていく。

 先程までついていた電気が消えている。店のバックヤードは真っ暗だ。


「……停電したのか。とりあえずブレーカーをつけなきゃ」


 よく分からないが、冷凍庫で何か異変があり停電したのかもしれない。とりあえず真っ暗な中で立ち上がり、服に着いたホコリを払うと、俺はサロンのポケットに入っていたチャッカマンを取り出し、明かり代わりにつけた。

 薄暗いバックヤードに、チャッカマンの心もとない火がゆらゆらと揺らめく。


「分電盤は倉庫の方だったな……。……そうだ!!

 白雪!! 白雪大丈夫かぁ! 」


 白雪がまだ発注していたはずだ。いきなり暗くなり戸惑っているに違いない。


「白雪〜!! ……大丈夫なのか? ……反応がない?」


 白雪が発注をしていた倉庫の入口横に店の分電盤があり、ブレーカー関連は全てそこにまとめられている。倉庫はキッチンを横切ってすぐにあるものの、白雪の反応が全くないのは解せない。聡明な彼女なら、すぐにブレーカーの存在にも思い当たるだろうし、何かしら声を上げてコミュニケーションを取ってくるはずだ。



 キィィィ


 キッチンへと繋がる年季の入った扉を引く。聞き慣れた甲高い軋みの音が、今は何故か無性に不気味だ。

 開いた瞬間俺は奇妙な光景を目にした。


「…………は? ……外が明るい?」


 今は夜中の23時過ぎ。だがキッチンの料理提供台から見えるホールは陽の光に照らされていた。

 訳が分からない。呆然としながらチャッカマンをそっとポケットにしまう。業務用冷凍庫がある空間は周囲に窓が無いため、真っ暗で全く気づかなかったが、何度目をこすってみても外が明るいのは変わらない。人工的な明るさではなく、陽の光が差し込んでいる。


「夢か……? ……いやいや、とりあえず白雪の安否を。停電で何か事故が起こったかもしれないし……」


 営業で疲れた体と混乱する頭を必死にフル稼働させながら、倉庫へと向かい扉に手をかけた。


「白雪!! いるか!? 大丈夫か!?」


 だが、



「誰もいない……?」


 そこにあったのは床に散乱した発注用紙と、彼女の愛用していたボールペンだけであった。




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



「フフ……。行ってらっしゃい!」


 ナオ店長が鼻歌を歌いながらキッチンを通り抜け、冷凍庫の方へと向かっていった。


「明日は土日か……。……ここにいられるのもあと半年……か」


 大学を卒業したら私は、父が経営する会社に就職する事になっている。そういう約束で今のバイトを許してもらってる。

 私の家はとても厳しく、世間の目や体裁を非常に気にする。幼い頃から英才教育を受け、放課後に友達と遊ぶこともさせて貰えない。学校へ来た送迎用の車に乗ってそのまま塾や習い事へ行ってしまうからだ。

 高校生になり少しして、父と母と結構大きな喧嘩をした。高校の同級生がバイトをしてお金を稼ぎ、そのお金で友達と遊んだり、バイト先の先輩と仲良くなったり自分の趣味に費やしたり……、という話をよく聞くようになったのだ。

 お小遣いは毎月多すぎるぐらい父から貰ってはいたが、私は自分の趣味も持っていないためお金を使うことがほとんど無かった。

 だが、自分で働いてお金を稼いだり、多くの人と交流したりすることで、新しいことや自分のやりたいことを見つけられるのでは無いかと思ったのだ。

 それを両親に話した途端、2人は目の色を変えて激怒した。


「そんなことをする必要は無い!! 金は十分渡しているだろう!? 何が不満なんだ!?」


「そんな事をするより勉強や習い事に時間を割いた方がずっと有益よ? あなたはお父さんの会社に入るのだから、もっと教養を身につけなくちゃみっともないでしょ!?」


 違う、そうじゃない。自分がやりたい事、好きな事を見つけたいからだと反論したけど、結果は変わらなかった。あまりの頭の硬さに私もムッとして大きな声を出したからか、2人も余計にヒートアップしてしまい、その場は話がまとまらず喧嘩別れとなってしまった。

 その次の日、たまたま送迎の車が不備を起こし家へと歩いて帰ることになった。

 見慣れたいつもの道。

 前日の言い合いで気分が陰鬱になっていたけど、いつも車から見る景色とは違って、歩いて見る街の景色は新鮮だった。


「たまには歩いて帰るのもいいな……。……はぁ。……あれは?」


 そんな私の目に入ったとあるチラシ。帰り道にある焼肉屋さんの窓に貼られたバイト募集の紙であった。


「へぇ〜! 仲の良いスタッフ……ご飯も食べれるんだ! 時給1000円……。やりがいのある職場か……」


 1時間で1000円……。私が貰ってるお小遣いって凄く多いんだな……。

 私が物珍しそうにそのチラシを見ていた時、ふと後ろから声をかけられた。


「やってみるかい? 嬢ちゃん」


「え?」


 それが私の初めてのバイトのきっかけであった。

 声をかけてきたのは当時の店長。ナオさんのお爺さん。

 その時の私は戸惑いながらも、自分はバイトをしてみたいと考えてる事、父や母から反対されている事を説明すると、少し考える素振りを見せてから、まだ開店していない店の中へと案内してくれた。

 好々爺とした笑みを浮かべながら、私の話を頷きながら聞いてくれたお爺さんは、全てを聞き終わった後で一言こう言った。


「そうか、ならやってみな。やって見えてくる事もあるさ。……そうだな。とりあえず今日は帰んな。んでまた明日来い」


「え、……あの」


「はは、わかってらァ。大丈夫、任せな!」


 バイトは恐らく両親が許してくれないという話はした筈なのだが……と戸惑いながらも私は言われた通りに帰路についた。

 その日の夜、両親と夕食のテーブルに着くと


「バイト…………許してやってもいい」


「え……? え!?!?」


「あなた!?」


 父が驚きの一言を放った。あれだけ反対していた頭の硬い父が、1日で考えを変えるなど今まで無かったことで、母も驚愕していた。


 そして父の手のひら返しに戸惑いながらも、私は再び焼肉屋さんのお爺さんの所へ行き、面接を受け、すぐにここで働き始めた。



 焼肉屋のバイト。接客業。初めはとてもキツかったけど、バイト先の先輩は皆さんとてもいい人で、仕事も丁寧に教えてくれたし、何よりみんなやりがいと誇りを持って働いていた。

 キッチンの皆さんは、良いお肉を正しい処理と切り方で。サイドメニューも熱いものは熱いうちに、丁寧に、素早く、サラダも新鮮なものを選んで出す。

 ホールでは来てくれたお客様に居心地の良い空間を。笑顔と元気を忘れず非日常的な空間を演出する。

 どんなに忙しい時でも、店内には常にスタッフが巡回しており、美味しいお肉の焼き方を教えたり、時には焼いてあげたりもする。


「俺たちスタッフの一人一人が、お客様にとってのエンターテイナー、笑顔の仕掛け人なんだよ。白雪さんも沢山のお客さんを笑顔にしてくれてるんだ。 いつもありがとな」


 いつもお爺さんの背中を見て一生懸命に働いていたナオさんの口癖は、正にこのお店の在り方を体現しているような言葉だ。私はそんなナオさんや、先輩達の在り方に憧れて、高校を卒業してからも働き続けた。

 今では私が1番の先輩。だからみんなのお手本になる背中を見せて卒業したいなって思ってる。



「さて! 発注終わらせなきゃ!」


 私はペンを走らせるようにして倉庫の在庫を書き終えると、扉に手をかけた。

 その時だった。


「きゃっ!! 何!?」


 足元に突然円形の模様が現れ青く光り出す。


「動けない! やだ! 何!?」


 不思議な円形の模様は徐々に光を増し、回転し始めた。起こりえない事が目の前で起こっている。

 半ばパニックになりながらも、そこから必死に抜け出そうとするが、足がどうしても動かない。


「やだ、助けて……。ナオさん!!」



 そして私は光に飲み込まれた。











「ようこそおいで下さいました!! 勇者様!!」


「……え?」



 数秒とも数十分とも思える光の反射の後、私は見知らぬ場所にいた。

 目の前にいるのは異国の神官服のような装いの綺麗な女性。目が青く髪は金髪。日本人のようではないが日本語を喋っている。

 突然の出来事に声が出ず、ふと周囲を見回す。

 赤い絨毯に高い天井にはシャンデリアのような明かり。とても広い石造りの空間に、人が沢山並んでこちらを見ている。左右の壁は見晴らしの良い大きなガラスが埋め込まれ、陽の光が燦々と差し込んでいる。


「勇者殿!! よくぞ参られた!! どうかこの国をお救い下さい!!」


「美しい……」


「てっきり男だと思っていたが、まさか女とは……」


「髪が黒いな……。あまり見ぬ外見だ……」


 奥の階段を登ったところに、冠をつけた初老の男性が立ち上がり、こちらへ手を広げていた。距離は離れているはずなのに、周囲の身なりが良い人達の声が何故かよく聞こえる。


「あ……あの」


 これはもしかして……。アニメや漫画でよくある異世界召喚……?

 私が戸惑っていると、目の前の綺麗な神官服の女性が笑顔で口を開いた。


「ようこそレクシア王国へ、 勇者様!」



 レクシア王国…………? ……なんという事だろう。

 どうやら私は、本当に異世界に飛ばされてしまったようだった。








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