第14話 寄り道

「着いたよ」


「はあ、はあ。ここは三脈神社だよな。ここに何の用が?」


「ねえ、覚えてる? 前に一度、ここで私と竜晴くんは偶然会ったことがあったよね」


「もちろん覚えているさ。まだお互いにお互いのことをあまり知らなかった頃の話だよな」


 あれは数年前の初夏の時期だったと記憶している。この神社で立ち尽くしていた俺の側に玲奈が近づいてきて、声をかけてきたんだ。




***


「あれ? えっと、たしかあなたは、竜晴くんだよね?」


「ああ。君は玲奈さん、だよな?」


「うん。……あのさ、なんで泣いてるの?」


「それは、俺が弱いからだ」


「弱いから泣いてるの?」


「そうだ」


「そうなんだ」


「だから、俺は強くなる」


「へえー。どうやって?」


「もう泣かない」


「そっか」


「だから、見ていてくれ」


「うん。わかったー」


***




「あの時は勢いで色々話してしまったけど、結果的に玲奈に話してよかったと思ってる。こうやって今も、玲奈が側で見てくれているおかげで、俺は約束を破らないでいられる」


「あー、その感じだと、やっぱり結構大事な宣言だったんだ」


「えっ?」


「実はあの時、割と適当に返事をしちゃってたんだよね。よく知らない同じ学年の男の子が何かを語ってるなー、ぐらいの感じに思っててさ」


「そ、そうなのか……」


「ごめんね。本当に、ごめん」


 玲奈はひどく申し訳なさそうな声で言い、そして深く頭を下げた。


「いやいや、謝らなくてもいいって! 顔上げてくれ!」


「でも……」


「まあ、たしかにほんのちょっとだけ悲しいけど、今思えば、よく知らない相手にいきなりあんな事を言うなんて、俺の方こそ申し訳なかった。ごめん。だから、顔上げて」


 玲奈はゆっくりと顔を上げ、俺の目を見た。俺がすぐに笑って返すと、玲奈も頬を緩ませた。


「……ありがとう」


「あれから泣かずにここまで過ごしてこられたっていうのも事実だし、やっぱりあのとき話してよかったって思うよ」


「……あのね、それでね、決して言い訳とか罪の意識を軽くしたいとか、そういうつもりで言うわけじゃないんだけど……私、泣き虫は弱虫じゃないと思うの」


「どういうこと?」


「泣くことは感情表現の1つでしかなくて、悪いことではないって思うの。むしろ、泣くことを我慢するほうが、自分を閉じ込めてしまって良くないんじゃないかって私は思うんだ」


「……なるほど。玲奈の考えはわかった。でも、やっぱり俺は、泣くことは弱いことのように思えるんだ。だからもう少し、このまま泣かずに頑張ってみるよ」


「そっか。うん。わかった」


「玲奈は俺のために言ってくれたんだよな。ありがとう」


 感謝の気持ちがしっかり伝わるように 玲奈の目を見つめながら言葉にすると、玲奈は「う、うん」と少し声を上ずらせながら答えた。


 目が合ったまま数秒間。そして風が吹き、髪が揺れた。俺は一度まばたきをしてから、たしかなる想いを言葉にする。


「なあ、玲奈」


「なに?」


「宣言をさせてくれ」


「……うん」


「俺は――俺は、強くなるためにこれからも泣かない。だからこれからも、俺の姿を見ていてほしい」


「……ふふっ、そっか。うん。わかった! これからも竜晴くんのことを側で見ているね!」


「ありがとう」


 俺がそう返した次の瞬間、ドンという大きな音を立てて、何かが俺たちのすぐ側に落ちてきた。


「きゃ!」


「な、なんだ!?」


 一度深呼吸をして気持ちを落ち着けてから、俺はそれを拾い上げた。それは植物のつるが巻き付いていて、パッと見ただけでは正体がよくわからなかった。


「重くて、丸いな。鉄球か?」


「えー。そんなのが直撃していたら、涙目不可避だね」


 まったくだ。早々に約束を破るところだった。


「さて、つるをはがしてみるか」


 巻き付いていたつるは、手で簡単に引きちぎることができ、あっという間にその丸い物体は姿を現した。


 それは、透明な宝玉のようなもので、その球体の中には何かしらの模様が浮かんでいるように見た。そして、それは徐々に重さを失いながら光を放ち出した。1つの色ではなく、複数の色の光だ。


「綺麗だねー」


「これは、ライオブカラム!?」


「ライ、オブ……何それ?」


「希望さ」


「ふーん。きっと女神様から贈り物だね」


「そうかもな」


「それ、どうするの?」


「希望は胸に抱くものだろ?」


「え、えーと……そうだね!」


 ライオブカラムをこの身に宿す儀式は、前回みたいに気を失ってしまう可能性を考慮して、家に帰ってからすることにした。この場で気を失ったら、玲奈に迷惑が掛かってしまう。


「さて、寄り道はこのくらいにして帰ろうか?」


「ああ」




 ――遠回りをすれば、良い物が手に入る。やっぱり間違ってなかったみたいだ。

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