第12話 幸せに

「玲奈、おはよう」


「竜晴くん!」


 玲奈のあまりの大きな声に、教室にいたクラスメイトのほぼ全員がこちらを向く。


 そんなに見ないでくれ。恥ずかしい。


 周りの目を気にしながらも、カバンを机に置いて椅子に座る。


「心配かけたな」


「ほんとだよ。でも無事で良かった」


「まあ、無事には無事なんだけど……ふぁーあ。どうにも疲れが抜けなくてな。今日はまともに授業受けられそうにないや」


「そうなんだ。それなら保健室で休んでる?」


「そうするよ」


「後で私のノート見せてあげるね」


「おう、ありがとな。んじゃ、行ってくるわ」


 テンポ良く進む会話のリズムに乗って、俺は来たばかりの教室から早々に立ち去った。


 俺が今いるのは4階で、保健室は1階だ。廊下をズズッと足を引きずるようにして歩き、階段は手すりにもたれかかるようにしながらゆっくりと下り、やっとの思いで保健室の扉の前までたどり着いた。


 玲奈に会うまでは『無事な姿を玲奈に見せなくちゃ』という使命感からか、平気なフリをすることができたが、その後はこのザマだ。だが、もしかすると、平気なフリを頑張ったことが反動となり、今のこのひどい状態を作っているかもしれない。


 俺はときに自分を見誤り、そして自分に嘘をつく。そうした後は、いつかそのつけを払わなければならないのだろうか。


 沈み込みそうな身体と心を休めるため、力を振り絞って保健室の扉に手をかけようとした、その時。目の前の扉が勝手に開いた。


 えっ、すごい。魔法みたい!


 と思ったが、扉が勝手に開くはずもなく、実際は保健室側から誰かが扉を開いたのだった。


 開いた扉の先にいたのは、ストレートロングヘアの女子学生だった。


 まさか扉の先に人がいるとは思っていなかっただろう彼女は「ぁっ!」と小さく声を上げ、手で口元を覆った。


 驚きからか身体が固まったままの彼女と、頭の回転が鈍っていた俺は、何の行動も起こせずに向かい合ったままその場に立ち尽くしまった。


 しばらく見つめ合った後、俺はようやく、どうすればいいのかを判断することが出来き、とりあえず「あっ、どうも」と軽く声をかけ会釈をしてから、道をあけた。


「……」


 彼女は何も言わず、静かに足早に、長い髪をかすかに揺らしながらこの場から立ち去っていた。


 見たことない人だったな。先輩かな。……ってか、キレイな髪だったなー。ツヤツヤしてた。それに、髪だけじゃなくて爪もすごくキレイだった。


 彼女の姿が見えなくなるまで目で追いかけた後、俺は保健室へと入った。


「すみませーん」


「あら、竜晴くん」


「気分が悪いので休んでもいいですか?」


「どうぞ」


 俺は迷うことなくベッドまで向かい、すぐに横になって目を閉じた。睡魔は俺の目と鼻の先にいたようで、気づけば速攻で眠りに落ちていた。


 ――それからどれくらいの時が経ったかはわからないが、俺は玲奈の呼びかけによって目を覚ました。


「おはよう。具合はどう?」


「うん? ああ。だいぶ良い感じかな」


「そっか。この後はどうする?」


「次は何の授業だ? 場合によってはこのまま休む可能性もあるな」


「まったく、何寝ぼけたこと言ってるの。今日の授業はもう終わったよ」


「えっ、そうなの!? ってことは、何時間寝てたんだ? いや、まあとにかく長いこと寝ていたわけか」


「だいぶ疲れていたんだね……」


「そうだな。――それで、この後のことなんだけど、俺はあのカフェに行こうと思う。鬼塚さんにお礼したいし」


「了解。じゃあ、行こうか」


「えっ、玲奈も来るの?」


「……私も一緒じゃ嫌?」


「いや、そういうことじゃなくて、単純に想定外だったから驚いただけだよ。だから泣かないでくれ」


「あの……泣いてないんだけど」


「えっ? あっ、ホントだ。すまん。つい流れで」


「ううん。別にいいよ。それより、嫌がられてるわけじゃなくてよかった」


「当たり前だろ?」


「うん! ありがと」


「さて、行こうか――あっ、カバン教室に置きっぱなしだわ。取りに行かないと」


「大丈夫。ちゃんと持ってきたから。はい、どうぞ」


「おおっ、サンキュー」


 ベッドから起き上がり、カバンを受けとって出口へ向かい、保健室を出る前に先生に一言「ありがとうございました。さよならー」と声をかけると、先生はこう返してきた。


「はいはい、お幸せに――じゃなくて、お大事に」



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