第11話 救い
竜のかぎ爪を宿し、そのかぎ爪で奴を吹き飛ばして、ひとまず距離を確保してから次の一手を考える。そうするつもりだった。
しかし、竜のかぎ爪は現れなかった。
くそっ! どうしてだ! 竜のかぎ爪よ! ライオブカラムよ! 俺に力を!
「ぐぁあ!」
みぞおちのあたりに激しい衝撃が走る。俺の身体に触れた奴の手からバチバチという音が聞こえる。スタンガンだろうか。
「ぐあああぁぁ!」
激しい痛みが走り続け、ついに俺は立っていることができず両膝を地面についてうなだれた。
「うぐっ、おえっ」
相手の目の前で無防備な状態をさらしているこの状況が示すのは、この身の終わりだ。
痛みに苦しむ中、なんとかこの身を守るために出来ることはないかと思案する。だが、名案を思いつくはずもなく、みじめな姿で終わりの時を怯えながら待つのみだった……。
「大丈夫かい?」
それは慈愛に満ちた声だった。顔を上げて状況を確認し、俺は困惑した。
あろうことか、奴はうなだれる俺に手を伸ばしていたのだ。
「痛い思いをさせてごめんね。君から危険な気配を感じたから、つい攻撃しちゃったんだ。本当にごめん。この手を取って」
たしかに俺は奴を竜のかぎ爪で攻撃しようとした。だから、奴のしたことは正当防衛……なのだろう。
――いや、本当にこいつの言葉を信じていいのか?
本当に俺の攻撃の気配を感じて、自分を守るために俺を攻撃をしてきたのか?
この差し伸べられた手をうっかり掴んでしまったら、大変なことになるのではないのだろうか?
しかし、この状況で奴に従わないのも危険な気がする。
どうすればいいんだ?
重大な選択を迫られ、うろたえていたところ
「おーい、竜晴くん!」
と後ろから聞き覚えのある声で誰かが俺を呼んだ。
その声は優しくて可愛らしくて、好ましい声だった。
この声は……。
俺が声の正体を頭の中で思い描いている間に、奴は3回ほど後ろに跳び退いて距離をとった。
それから数秒後、俺は声をかけてきた人に背負われていた。
「……愛菜先生」
「竜晴くん、大丈夫?」
「たぶん……」
「それならよかった。それで、あなたは?」
愛菜先生が奴に声をかける。その声には少しの威圧が込められていた。
「僕は、通りすがりの者です」
「そうですか。この子はうちの生徒でして。どうやら体調がすぐれないみたいですから、アタシが家まで送りますね」
「……わかりました。では、お気をつけて」
奴はそう言い残すと、闇に紛れて消えてしまった。
「ふう。なんとかなったみたいね」
「あの、先生……。一旦、下ろしてもらえますか?」
「えっ、ああ。はいはい」
先生の背中から下ろしてもらい自分の足で立ってみるが、さきほどの痛みからかよろけてしまった。
「おっと、大丈夫?」
とっさに横から先生が、俺の腰のあたりに手を回し身体を支えた。
「あ、ありがとうございます」
先生の身体がすぐ近くにある。横を向けば先生の瞳がほんの十数センチの近さで、こちらを見つめている。こんなに近くで先生の瞳を覗いたのは初めてだ。
その瞳はとても好ましい瞳で、このままずっと見ていたい気持ちにさせてくるが、すぐに俺は目をそらして3歩前へ踏み出してから、再び先生の方を向いた。
「それじゃあ、俺は帰りますね」
「送っていくよ」
「大丈夫です。1人で帰れます」
「本当に?」
「はい。本当です。――それにしても今日は暑いですね」
話題をそらして、送るかどうかについての問答をこれ以上続けさせないようにした。もし、このことについて話を続ければ、先生が俺を送るという結論にいずれ到達するだろうと予想できたからだ。
とはいえ、俺は先生と帰りたくないわけではなかった。ただ今はこれ以上先生と一緒にいると、何かがもたないような気がした。はっきりとはわからないが、自分の何かだ。だからなんとかして断ろうとしたのだ。
「たしかに暑いね」
先生は襟元をパタパタとさせながら、首を振った。首の動きに合わせて、後ろで一つに結ばれた髪の束が揺れる。一方で眉の上に乗っかるような長さできれいに整えられた前髪は、動いていなかった。
「ええ、暑いです」
俺は手をパタパタとさせて風を顔に送った。熱い。――ここが暗い場所で良かった。
「それじゃあ、先生。さようなら。助けてくれてありがとうございました」
俺はすぐさま挨拶をして話を切り上げた。
「えっ、あ、うん。気をつけて帰るんだよ」
先生は俺が素早く話を切り上げたことに少し動揺していたようだが、すぐに別れの言葉を口にした。
「はい。それでは」
俺は会釈をしてから振り返って、スタスタと家に向かって歩き出した。
「ふう」
なんとか話の流れをうまく操ることができ、1人で帰ることに成功した。そしてどうやら、気持ちもだいぶ落ち着いてきたようだ。
しばらく歩いた後、俺はふと立ち止まり胸に手を当てた。
「……なぜだろう」
気持ちは落ち着いているはずなのに、なんだか少し胸が苦しい気がする。
「……なぜなんだろう」
うーん……。あっ、そうか。胸が苦しいのは、まとわりつくようなべっとりとした暑い大気が、俺の呼吸を浅くさせているからだ。そういうことなら、早く家に帰ってエアコンを効かせた涼しい部屋で休もう。
そう結論づけた俺は足早に自宅へ向かったのだった。
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