第9話 実戦

 雄叫びを上げながら残っていた1体のゴブリンが迫ってきた。


 俺はすぐさま走り出し、敵を迎え撃った。そして、攻撃可能な距離まで近づくと、相手よりも速くその爪で1回、2回と軽く切り裂き、続けて必殺技を決める。


 この竜の爪で、輝く未来を切り開いてみせる!


「爪竜斬!」


 跳びあがりながら下から上に勢いよく爪で切り裂くその技は、大地をもえぐり、空をも切り裂くかのごとく。


 ゴブリンは、やや浮き上がりつつ少し後ろに吹き飛んだ。しかし、やはりこの攻撃も一撃必殺とはならず、ゴブリンはまだ姿を残していた。


 かっこよく決めてみたけど、この一撃だけではとどめをさせなかったか。でも、それならまた攻めるのみ。


 爪竜斬は後隙が少し大きい。しかし攻撃後に相手との距離が開くことにより、相手は反撃のためには距離を詰めるという動作をしなければならず、こちらは攻撃後の隙にすぐさま反撃を受けるという心配が少ない。


 実際、ゴブリンはステップをして距離を詰めてきた。そして、棍棒を縦に振り攻撃を仕掛けてきた。しかし、ゴブリンがステップをしていた分の時間で、俺はすでに後隙を解消し、動く余裕を持てていたため、相手の攻撃を見切り、横にステップして攻撃を回避した。


 攻撃を空振ったゴブリンは隙だらけだ。ここで俺は渾身の一撃をお見舞いする。右足を上げ、すぐさま踏み出すように前に出しながら地面につける。その勢いを利用しながら振りかぶった竜のかぎ爪で相手を上から下に豪快に切り裂いた。


 ゴブリンは地面に倒れて黒色の煙を吐いて消えた。


「ふう。やったぞ!」


「初めての勝利おめでとう」


「あっ、鬼塚さん。ありがとうございます」


「それで、初めての戦闘はどうだった?」


「緊張感と高揚感があって、正直、楽しさを感じました」


「そうか。では、この調子でゲートキーパーを倒すぞ」


「はい!」


 しかし、勢いに乗った俺たちを邪魔するように、またもや草木の陰から1体のゴブリンが出てきて俺たちの前に立ちはだかった。


「はあ、やれやれだな」


「そうため息をつかないでください。こいつは俺が相手しますよ」


「ふっ、そうか。それでは竜晴に任せるとしよう」


 戦いがもたらす刺激によって、俺は高揚していて身体の内側が熱かった。


 俺は新たに現れたゴブリンと目を合わせた。奴の目から戦う気満々の様子が見て取れた。


「楽しみだ!」


 お互いに構え、そして戦闘を開始する!


 まず、こちらが相手に近づき、竜のかぎ爪で2度切り裂いた。相手はそれをしっかりとガードした後、棍棒を縦に振って反撃してきた。


「ぐぁっ!」


 ガードが間に合わず攻撃をくらってしまう。


 攻撃をくらったのけぞりと相手の攻撃後の隙が同じタイミングで解消され、どちらが次の攻撃を先に仕掛けるか読み合いとなった。――相手が棍棒を横に振って攻撃を仕掛けてきた!


 俺はとっさにバックステップで避ける。相手は攻撃を空振りして隙だらけだ。すぐさまステップで近づき攻撃を仕掛ける。


 切り裂く、切り裂く、そして、足を払うように低く横に爪で切り裂く!


 相手はその場にダウンした。


 さあ、この後はどうするか? 


 悩んでいる間に相手が立ち上がり、それと同時に棍棒を振り上げて攻撃をしてきた。


「させるか!」


 相手の攻撃をガードし、すぐさま反撃をする。


「くらえ!」


 鋭い爪で3連撃をきめると、ゴブリンは倒れ黒色の煙となって消えた。


「お見事!」


 背後から鬼塚さんの称賛の声が聞こえた。


「ありがとうございます!」


 正面を向いたまま、大声で返事をする。今、俺の中に興奮物質が溢れ出ているような気がする。とても気分がいい。


「この勢いでゲートキーパーまで突っ込みます!」


「待て! 水を差すようで悪いが――」


 鬼塚さんがなにか話そうとしていたけど、俺はそれを聞き終える前に走り出した。


「おい、待つんだ! ……はあ、焼け石に水か。いや、違うな。まあ、いい。いや、良くない!」


 後ろで鬼塚さんが1人で騒いでいるのが聞こえる。


 鬼塚さん、すみません。今の俺を止めることは誰にもできないです。俺自身でさえも。


 ゲートキーパーであるオーガの前に立ち、爪を構える。


「アーユーレディ? さあ、始めようぜ!」


「グオォォー!」


 オーガは獣のような雄叫びを上げた後、大剣を振りかぶり豪快に横になぎ払った。腕の長さと大剣の長さから、オーガの攻撃は広い範囲まで届いた。


 しかし、オーガの攻撃はのろかった。実際は、のろく感じただけかもしれない。だが、どちらでも良い。


 俺は高く跳び上がって攻撃を回避した後、オーガに向かって降下をした。身体は加速し、振り抜いた左腕がオーガの腹部に命中した。


 手応えあり!


 俺は着地と同時に、気分の乗るままに追撃を加えた。


「爪竜斬!」


 勢いよく切り上げ、オーガに大きなダメージを与えた。


 このペースで一方的に攻めていき、華麗にオーガを倒すつもりだった。しかし、俺はヒートアップしすぎて判断を誤った。


 爪竜斬は後隙が少し大きいが、攻撃後に相手との間合いが開くことで、すぐに反撃をされる心配がない……と思っていた。


 だが、現実は違った。オーガはゴブリンと違い重量があるため、爪竜斬を当てても浮き上がらず間合いが開かなかったのだ。それ以前に、仮に間合いが開いたとしても、オーガの攻撃リーチは長く、距離を詰める動作が必要ないため、すぐに反撃が可能な距離であることは変わらない。つまりは、オーガに対してこの技を使うのは危険だったのだ。


 爪竜斬の後隙を解消している間に、オーガが大剣を振り上げる様子が目に入る。


 ガードなら間に合うか? どうだろう? もろに食らった痛いだろうな。ってか、痛いで済むのか? この巨体が振り下ろす大剣がどれほどの威力か。想像するだけで……。


「うっ!」


 最悪の姿が脳裏をよぎり、恐怖に襲われ身体が動かなくなる。現実を拒絶するために目を閉じようとするがそれさえもできず、ただ置物のように固まる。


 オーガが大剣を振り下ろし始めた。それはとてもスローモーションで……。


 ああ。こんなことになるなら、いっそ――。


 諦めかけたその時、突如、オーガが吹き飛び地面に倒れた。


「えっ?」


「間に合ったようだな」


「鬼塚さん!」


 オーガの攻撃が俺に到達する前に、駆け寄ってきた鬼塚さんが大剣でオーガをなぎ払ったのだった。


 一体俺は、この人の馬鹿力に何度驚けば気が済むのだろう。そして俺は、どれほどこの人に感謝すればいいのだろう。


「情熱に任せて突っ走るのもいいかもしれないが……私たちはチーム。そうだろ?」


「チーム……。はい! そうですね!」


「行くぞ!」


 今、オーガは武器を支えにして起き上がっているところだった。鬼塚さんがすぐさま駆け出す。俺も少し遅れて後を追う。


 起き上がり終えたオーガが次の行動に移ろうとするのとほぼ同時に、鬼塚さんがオーガまで接近し終え、攻撃を仕掛ける。


「はぁあ!」


 大剣を軽やかに振り回して、鬼塚さんは三連撃をお見舞いし、攻撃を終えた。


「次は俺だ!」


 鬼塚さんが攻撃を終えるのとほぼ同時に、俺は追撃を加える。


「くらえ!」


 竜のかぎ爪による隙の少ない連撃で相手を切り裂く。


「今だ、竜晴!」


「はい!」


 掛け声とともに、鬼塚さんがオーガの右手側に向かい、俺は左手側に向かう。そして、それぞれ右と左に位置取りをしたところで、一斉に攻撃を仕掛ける。


「切り裂け!」


 荒木さんが大剣で右上から左下に斬り下ろし、俺が竜のかぎ爪で左下から右上に切り上げる。


 沈静なる斬撃と熱血なる斬撃。2つは交じり合わない。だからこそ――2人は肩を並べられる!


「D・スラッシュ!」


 鮮明な斜の線条が、オーガを切り裂く。


 そして、これが決定打となりオーガは地面に倒れ煙を吐いて消失した。


「よっしゃー!」


 強大な敵に勝てたことが、すごく嬉しかった。仲間と一緒に戦うことが出来て嬉しかった。かっこいい技を決めることが出来て嬉しかった。とにかく色々嬉しかった。


「上手くいったな」


「はい! これがチームの力ですね」


「そうだな」


 鬼塚さんが左の拳を俺に向けたので、俺もとっさに右の拳を差し出しぶつけた。


 しかし俺は、自分の腕が竜の腕になっていることを忘れていた。この腕は硬い竜のうろこがトゲトゲしているから痛かったに違いない。


「あっ、すみません」


「なにがだ?」


「痛かっただろうと思って」


「そんなことはない。私の拳は竜のうろこよりも硬いのだ」


 普通に考えたら、鬼塚さんのこの発言は冗談と捉えるべきだろうが、今まで見てきた彼の強さなどをふまえると冗談とも言いきれないところがあった。


 冗談か本気か。正直、判断が難しい。どっちだろう。どっちなんだろう。わからない。ああ、なんか頭がクラクラする。


「さて、無事にゲートキーパーを倒したことだ。元に世界に帰るとしよう。アグリゲートのところまで戻ろう」


「わかりました。じゃあ、行きましょう」


「ああ」


 まず鬼塚さんが歩き始め、俺はその後ろにくっつくように歩いた。――その足はとても重かった。


 思い返してみると、戦いの最中、俺はとても集中していたようだった。しかし、ゲートキーパーを倒した後、俺の集中力は切れた。そして今、身体には力がみなぎっておらず、ただ歩くだけでもフラフラとしてしまうほどだった。


 大きな満足感と達成感を得たことによる反動で、脱力感に襲われているのだろうか。いわゆる燃え尽き症候群というやつだ。


 ぼんやりしながら、鬼塚さんの後に続いて機械的に足を動かしていく。


 時折、鬼塚さんが何か話しているような気がするが、ほとんど耳に入ってこない。今はただ、早くアグリゲートにたどり着きたい、という思いでいっぱいだった。


「……たぞ」


「……」


「竜晴。着いたぞ」


「えっ? ああ、はい」


 ここまで無事に戻ってこられて良かった。


 安心感からかさらに身体の力が抜け、思わず「ふぅ」と声が漏れる。


「大丈夫か? さきほどからずっと静かだが」


「えっ? そう、ですか? 俺は大丈夫、ですよ」


「……人は、大丈夫ではない時、自分が大丈夫ではない状態にある、と気付けない場合がある」


「今の俺が、そうだって、ことですか? そんな、こと――」


 言葉を吐ききる前に急に身体の力がすべて無くなり、地面に倒れ込んでしまった。


「おい……晴……か……しろ」


 鬼塚さんの声が途切れ途切れで聞こえる。返事をしようにも声が出ない。


 しだいに視界が暗くなり、意識がもうろうとしてきた。そして……。


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