第8話 遠回り
登るか、下るか。選択肢は2つだ。
今は山の頂上付近にいるため、ひとまず頂上まで上ってみてから、その後に下っていくほうが、探索の距離を考えれば効率が良いように思える。そして、こういう場合、目的の敵は頂上にいることが一般的だと思われるので、そういう意味でも上に行くほうが良い判断だと考えられる。しかし、だからこそ俺は下に行くべきだと思った。
遠回りをすると良いものが手に入る。ということを俺はゲームから学んでいたからだ。
「下に行きましょう」
「わかった」
その後、俺たちは山を下り始めたが、ほどなくして、山を下りきることなく上へ戻らなければならなくなってしまった。あるものが俺たちの道を遮ったからだ。
それは見えない壁だった。
視線の先には景色が広がっているのに、それ以上足を踏み入れることができなかった。
鬼塚さんが言っていた『探し回れる範囲はそれほど広くはない』というのは、このことだったんだ。見えない壁のせいで、見た目よりも歩きまわれる範囲が狭いのだ。
「はあー、無駄足でした」
結局、俺たちは何も得ることなく元の場所に戻ってきてしまった。
「そう落ち込むな。ゲートキーパーが下にはいない、ということがわかっただけ良いとしようじゃないか」
「まあ、そうですけど……」
「……ふっ、仕方がない。これで機嫌を直してくれ」
そう言って鬼塚さんはポケットから、ピンク色のアルミで包まれ、さらにその上から透明なビニールで包装されている、消しゴムかそれより少し大きいくらいの何かを取り出して、こちらに差し出した。
「なんですか、これ?」
「チョコレートだ。受け取ってくれ」
「わあ、ありがとうございます。俺、甘い物好きなんです」
「それは、よかった」
「これはゲートキーパーを倒した後に食べます」
「そうか。では、探索を続けよう。次は上だ」
「はい!」
それから大して時間もかからず頂上にたどり着くと、すさまじい雰囲気を放つ魔物をそこに発見した。
そいつは音楽室で見たゴブリンをより大きく、より凶暴な見た目で、オーガとかいう名前の魔物に似ていた。持っている武器は大剣で、形は少しいびつだった。その大剣の刃は、片側はスーッと綺麗に整っているのに対し、もう片側はガタガタとしていて刃こぼれしているようだった。
「こいつがゲートキーパーだな」
「なるほど。では、早速――おっと」
突然、棍棒を持った2体のゴブリンがゲートキーパーを守るように草木の陰から現れ、俺たちの前に立ちはだかった。ゴブリンたちは鼻息が荒く、やる気満々のようだった。
「ふっ。肩慣らしにはちょうど良さそうだ」
鬼塚さんは、ニッと笑った。こちらもやる気満々のようだ。
「まずは私がお手本を見せよう」
そう言って鬼塚さんが手を開いて前に差し出すと、大剣が手の中に現れた。彼はそれを握り、軽く3振りくらいしてから構えた。
それにしても、この大剣の大きさと重量感は相当だ。圧倒される。鬼塚さんの身長と同じくらいの大きさで、重さは10キロ、いや20キロくらいか? というかよく見ると、この大剣は、オーガが持っている武器と似ていて片側がデコボコしている。いや、それよりも、鬼塚さんはこれを片手で振っていたけど、この人は一体どれだけ力持ちなんだ?
「行くぞ!」と掛け声を発して間もなく、鬼塚さんはゴブリンに向かって走り出した。それに合わせて、2体のゴブリンのうち1体が立ち向かってきた。
お互いの距離は縮まり、先に鬼塚さんが攻撃を仕掛ける。武器の攻撃範囲は鬼塚さんのほうが広いので当然だ。しかし、大剣であるがゆえに攻撃速度は遅めだ。
ゴブリンは鬼塚さんが攻撃モーションに入ってもなお、走り続け距離を詰める。そして、ようやく棍棒が届く距離まで来たところで攻撃を仕掛ける。
果たしてどちらの攻撃が、より早く相手に到達するのだろうか。結果は、その後の光景から明らかとなる。
――立っているのは鬼塚さんで、地面に倒れているのがゴブリンだった。
どうやら、鬼塚さんの攻撃のほうが先に相手に到達したらしい。しかしあの大剣による攻撃だとしても、一撃必殺などではなかった。
倒れていたゴブリンはすぐに立ち上がり、後ろ跳んで距離を取ってから雄叫びを上げた。その姿は、自らを奮い立たせているように見えた。
俺は少しだけゴブリンに感心した。だって、あんな攻撃をくらってもなお、立ち向かおうとするなんて。……普通、怖いでしょ。そりゃあ、もう。
しかし、そんなゴブリンの勇気も虚しく、すぐさま近づいてきた鬼塚さんに大剣で薙ぎ払われてしまった。
ゴブリンは吹き飛び地面に倒れ、黒色の煙を生じさせながら消えた。
「あぁ……」
思わず、同情の声がもれる。――って、ダメだダメだ。これじゃあまるで、鬼塚さんが悪者みたいじゃないか。鬼塚さんは俺の味方で、俺たちの世界の味方だ。そこを間違えてはいけない。
「次は竜晴の番だ」
気づけば俺の隣に戻ってきていた鬼塚さんが声をかけてきた。
「お、俺の番ですか? でも、どうやったらいいか、わからないですよ」
「大丈夫だ。自然と出来るはずだ。自分の感覚を信じろ」
「そんな曖昧な……。ちゃんと説明してくださいよ」
「言葉というのは便利なもので、様々なものを理解する上で役に立つ。だが時に、言葉は無力だ」
相変わらず曖昧な説明だった。だがそれゆえに、これ以上言葉にできないということを説明しているのだと解釈することができた。俺は鬼塚さんが言った『自分の感覚を信じろ』という言葉に従ってみることにした。
カフェで話したとき、鬼塚さんはこう言っていた。
『ライオブカラムは宿主に固有の武器を授ける。ただし、武器を授けないものもある』
まずはそれを確かめる必要がある。俺のライオブカラムは武器を授けてくれるだろうか。もし授けてくれるとしたら、どんな武器だろうか?
その答えは直感的にわかった。なぜかはわからないが。
肘を伸ばし腕を左右に大きくを広げ、こぶしを握り力を込めた。そして、念じた。いや、願いをこめた。俺だけの武器をこの手に!
「うおぉぉー!」
雄叫びをあげながら、こぶしを勢いよく開くと、炎を絡ませた熱風が周囲に吹き荒れ始めた。
髪が激しく揺れ、服がはためく音が聞こえる。草木もまたガサガサと音を立てながら揺れていた。「むっ、熱いな」という鬼塚さんの声も聞こえた。
ええ、熱いでしょうよ。俺の情熱は胸を焦がすほどのものですから。
熱風は勢いを増し、周囲をさらに騒がしく揺らした。しかし何よりも一番騒がしかったのは、自らの鼓動だった。
鼓動がさらに激しくなり、体内の血液循環に異常が出たせいか、意識を失いかけるが、気合で意識を保つ。そして気づけば、俺の腕は竜のかぎ爪をまとっていた。いや、かぎ爪という表現では誤解されてしまうだろうか。
一般的にかぎ爪と言われれば、幅は腕の幅と同じくらいで、装着範囲は手の甲を覆うくらいの大きさ、そして3本から5本の細長い刃が手の先に伸びているようなものを想像するだろう。
しかしこれは、竜の腕そのものだと言っても過言ではないものだった。肘から下を覆うほどの大きさ。幅は腕の2本から3本分の幅で、手先に向かうほど幅が広くなるような形をしている。爪はそこまで長くはなく5センチから10センチの間だろう。
なんともゴツくて荒々しくて最高にかっこいいこの武器の名称は、竜の腕――だと少しかっこ悪いので、やはり竜のかぎ爪と呼ぶことにした。
「烈炎の竜爪は今ここに」
風は止んだ。
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