第7話 アグリゲート
「着いたぞ」
「――はっ!」
気がつくと、俺はすでに鬼塚さんの肩から下ろされており、地面に仰向けになっていた。
「ここは……」
体を起こしてあたりを見渡すと、程よく伸びた下草と健やかに育った木々が広がっていることと、見覚えのあるものが近くにあることがわかった。見覚えのあるそれの外観を見るときは、いつも見上げていたが、今はそれを見下ろしていた。
「学校が下に見える。ってことはここは学校の裏山で、しかも頂上付近だ」
「ご名答」
「それで、鬼塚さん。なぜこのような場所に?」
「ここに魔物がいる」
「そんなもの、どこにもいませんが?」
「まあ、見ているといい。論より証拠だ」
鬼塚さんはそう言って、何もない空間に手をかざした。すると驚いたことに、その手の先に黒色の球体が現れた。その球体は、中心に向かって何かが吸い込まれるような動きを見せていて、ブラックホールのようだと思った。
「これは『アグリゲート』だ。アグリゲートは向こうの世界に繋がっている」
「向こうの世界? この世界とは別の世界があるんですか?」
「ああ。ただ別の世界というよりは写し鏡のような世界で、こちらの世界と向こうの世界はとても似ている。多少の違いはあるがな」
「どうしてそんな世界があるんでしょう?」
「なぜこちらと同じような世界なのか、という問いならば答えることができる」
「教えて下さい」
「まず、向こうの世界は完成していない。そこかしこに空間の断絶があり1つに繋がっていない。言うなれば、離れ小島がいくつも有るようなイメージだ。そして、向こうの世界はこちらの世界の情報を吸収し、その情報をもとに徐々に確かな形を作り上げているようだ」
「なるほど。だから、こちらと向こうの世界が似ているんですね。それでこのアグリゲートが、こちらの情報を向こうへ送るための道のようなもの、ということですか?」
「その通りだ。このアグリゲートを閉じ、これ以上向こうの世界が形作られるのを止めなければならない。それが私達の使命でもある」
「使命……。素晴らしい言葉だ」
「そ、そうか」
「でも、どうして向こうの世界が形作られるのを阻止しなくちゃいけないんですか? なにか困るんですか?」
「このアグリゲートは一方通行ではないのだ。向こうの世界の魔物が、こちらにやって来ることがある」
「あっ、音楽室で見たゴブリン!」
「その通りだ。ただ今は、このアグリゲートを使って向こうからやって来る魔物はごくわずかだ。おそらく、このアグリゲートも不完全なものなのだろう。長い時間をかけて、極めて少ない量の物質を輸送する。それが今の限界に違いない」
「今の……ということは、これから先どうなるかはわからない」
「ああ。向こうの世界が形作られていくほどに、様々なものがより繁栄することになるだろう。土地が広がれば、それだけで出来ることが増えるものだ。魔物たちはさらにその数を増やし、勢力を拡大させるだろう。そして、技術も発展していくに違いない」
「アグリゲートの性能が改良され、向こうから大量の魔物がこちらに侵略してくる……」
「そういうことだ。とはいえ、あくまで可能性の話ではあるがな」
「それでも、俺たちの世界が危険にさらされる可能性があるなら、全力で阻止します!」
「頼もしいな。では、そろそろ行くぞ。このアグリゲートの中央に立てば、向こうの世界に行くことができる」
「なるほど。でも、その前に1ついいですか?」
「どうした?」
「今のアグリゲートの性能では、長い時間をかけて極めて少ない量の物質を輸送するのが限界、と鬼塚さんは言いましたよね? だとしたら、俺たちはどうなるんですか?」
「当然の疑問だな。その問いに対する答えは単純で『問題ない。気にするな』だ。しかし、理屈は複雑で、今のところよくわかっていない。少なくともライオブカラムを宿したものは、このアグリゲートを自由に、そして即座に通行できる」
そう言い残して、鬼塚さんはアグリゲートの真ん中まで歩みを進め、姿を消した。
「わぁ、ホントなんだ」
俺も続けて鬼塚さんと同じように、アグリゲートの真ん中まで進んでみた。すると、一瞬フワッとした感覚に襲われ、目の前が白く眩しくなり、反射的に目を閉じた。
しばらくすると眩しさが収まったので、ゆっくりと目を開けると、すぐそばに鬼塚さんがいた。
辺りを見回すと、さっきと同じような場所だがたしかに違う場所に来ていることがわかった。辺りには下草や立ち並ぶ木々が見えたが、成長の度合いやその密度、色合いなどが先程とは違っていた。そして景色の中で何よりも違ったのは、学校がないことだった。
「ここが向こうの世界ですか?」
「ああ、そうだ」
「すごいなー。こんな世界があるなんて」
「感心しているところ悪いが、急いでアグリゲートを閉じるぞ」
「あっ、すみません。でも、どうやって?」
「このエリアのどこかにいるゲートキーパーを倒せばいい」
「なるほど」
「しかし、倒すためにはまず出会わなければならない。ふっ、なんだかトンチ話みたいだな。そうだろ?」
トンチ話? 急にこの人は何を言い出すんだろう。まあ、でも、なんとなく言いたいことはわからなくはないような……。とりあえず、否定はしないでおこう。
「そ、そうですね!」
「……」
「……」
「……すまない。おかしなこと言った。忘れてくれ」
「は、はい。でも、気にしなくていいですよ。変な事を言ってしまうことは誰にだってありますから」
「ありがとう。――それでは、探し始めるとしよう。とはいえ、実際に探し回れる範囲はそれほど広くはない。見つけるのに苦労はしないだろう」
「わかりました」
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