第5話 説明

 放課後の教室には、俺と玲奈だけが残っていた。


「竜晴くん。大事な話って……なに?」


「ああ、玲奈。驚かないで聞いてくれ。実は俺――」


 昨日、あのカフェで『信頼できる者ただ1人にだけ、この事を話しても良い』という約束した時、俺はすでにその1人は玲奈しかいないと思っていた。


 今日の朝、教室で玲奈と出会ってすぐに昨日の出来事を話してみようかと思ったが、俺の中でまだ状況の整理がついていなくて、うまく説明できる気がしなかった。


 だからひとまず「大事な話がある。放課後に話したい」とだけ告げ、放課後までに状況を整理してどう説明するかを考えることにしたのだった。


「実は俺、不思議な力を手に入れたみたいなんだ」


「……へっ?」


「えっ? すごい間の抜けた返事だな」


「あっ、ごめんね。予想外の話で呆気に取られちゃって」


「まあ、そうか。いきなり信じるのは難しいよな」


「そう、だね」


「実際、俺もまだ実感がわかないというか、あまり状況を把握できていないというか……。ということで、この後カフェに行って、不思議な力について詳しい人に話を聞きに行くんだけど、一緒にどう?」


 結局、昨日の出来事をどうすれば玲奈にうまく説明できるのか考えがまとまらなかったので、玲奈に一緒にカフェに来てもらって、あの男の人に手伝ってもらいながら説明をすれば良いんじゃないかという結論に至ったのだ。


「えっと、よくわからないけど、もちろん一緒に行くよ!」


「よしゃ。それじゃ、早速行くぞ」


 カバンを引っ提げて、全速力を出す気持ちで教室から飛び出し、2人でカフェを目指した。


「はあ、はあ、着いた!」


「あっという間だね」


 実は、カフェは学校からそう遠くはなく、走れば5分以内にたどり着ける位置にあるのだ。


「じゃあ、入ろうか」


 そう言って、扉の取手に手をかけようとした玲奈だったが「あれ?」と声を漏らし、手を止めて扉を見つめた。


「ど、どうした?」


「『準備中』って看板が吊り下がってるよ。まだやってないみたい」


「なるほど。でも昨日、明日の放課後にまた来ますって言っておいたから、多分入っても大丈夫だと思う」


「そうなんだ。じゃあ、遠慮なく」


 カラン、カランとベルを揺らしながら、扉はすんなりと開いていく。


「こんにちはー」


「こんにちは」


 店内に入ると、すぐに店主であるおじさんの姿が見えた。


「おや、いらっしゃい」


 店主はそう言った後、奥の席を手のひらで指し示した。その席には、あの男の人が座っていた。


 小走りで席に向かい、男の人と向かいあわせになるようソファーに腰をかけた。玲奈も後に続いて、俺の隣に腰を下ろした。


「待っていたよ、少年。……そちらのお嬢さんは、君にとってのただ1人というわけかな?」


「ただ1人? どういうこと?」と玲奈はすかさず小声で俺に聞いてきたので「これから詳しく話すよ」と耳打ちするように静かに答えた。


「それでは早速、昨日君に説明しきれなかった話の続きをしていこうか」


「あの、その前に少しいいですか?」


「うん? どうした?」


「実はまだ彼女に昨日のことを詳しく話せていないんです。だから、これから一緒に説明してくれませんか?」


「ふむ、そうか。ならば、先にそのことから話そう」


「ありがとうございます。じゃあ、まずは音楽室で見たことから……」


 ――かくかくしかじか。


 男にも手伝ってもらいながら、昨日の出来事を玲奈に説明すること数十分。


「なるほどねー」


 俺たちの説明を聞き終えた玲奈は、肺の中の空気をすべて出し切るように、深く長く声を出して答えた。


「この話を聞いてどう思った?」


 俺は恐る恐る玲奈に聞いてみた。馬鹿みたい、と一蹴されるのではないかという不安がないわけではなかったからだ。


「正直、すべてを信じきれないところはあるし、驚きとか、嬉しさとか、他にも色々な感情が私の中で渦巻いてる感じかな……」


「そっか。とりあえず、全く信じてくれないわけじゃないんだな。良かった」


「当たり前だよ。竜晴くんが話してくれたんだもん。それより、これからまだ話があって、さらに情報が増えていくんだよね?」


「そうだな。大丈夫そうか?」


「うーん。私は、話を聞くのはここまででいいかな。受け止めきれないかもしれないし、多くを知ることが良いことだとは限らないからね」


「どういうことだ?」


「だって、ここで聞いた話を私が誰かに話してしまうかもしれないよ。だとしたら、伝わる情報は少ないほうが竜晴くんにとって、というか、この人たちにとっては良いでしょ?」


「そんなこと玲奈はしないって」


「そう言ってくれて嬉しいけど、人は愚かになってしまう時があるし、私の意志とは無関係に喋らせられる可能性も、もしかしたらありそうだし」


「え、えーと、意志とは無関係に……? そんなことあるかな……?」


「とにかく、私は話の聞こえないところで待ってるね」


「そういうことなら、あちらのカウンターでワタシとお話でもしませんか?」と近くの席に座っていた店主が玲奈に提案をしてきた。


 店主は、俺たちが玲奈に昨日の出来事を説明している最中に水を運んできてくれて、その後近くの席に座ってこちらの話を黙って聞いていたのだった。


「ありがとうございます。そうさせてもらいます」


 そう言って玲奈は立ち上がり、店主と一緒にカウンターの方へ向かってしまった。


「ふふっ、どうやら君の目に間違いはないようだな」


「へっ?」


「いや、なんでもない。さて、話の続きをしようか。君が気になっていることをなんでも聞いてくれ」


「はい」


 聞きたいことはいくつかあったが、まず何よりも先に聞いておきたかったことは……。

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