第23話
つ、疲れました……。
夜風に当たりながら、私は散々酷使した頭を休めていました。
あれから何人もの参加者と歓談して、私達はバルコニーで休憩を取ることにしたのです。といっても、ウィステリア様は職場の方に掴まったせいで、まだ会場にいらっしゃいますが。
「まさか、ウィステリアがあんな風に笑えるとは」
グレード公爵が飲み物を私に差し出してきました。ありがたく頂戴し、乾いた喉を潤します。
「昨夜、特訓しましたから」
「特訓か。そうか」
グレード公爵は苦笑いを浮かべ、グラスを傾けます。
「ラヴァンダ嬢の言う通り、私は見誤っていたかもな」
参加者と歓談するウィステリア様を窓越しに眺めながら、ぽつりと仰います。
「正直、ウィステリアは早々に根を上げると思っていた。が、あいつは不得意な社交から逃げず、苦手なりに対処している。いつまでも子供が未熟だと決めつけるのは、親の驕りだな」
私は思い切って尋ねてみました。
「では、今回の件はもう合格ということで?」
「なに、私から見れば、全然だ。社交というのはとりあえず笑っておけばいいものではない。相手の真意まで汲み取らなければいかん。それをウィステリアはまあ面の良さで押し通そうとしているのだから……ほら、それが通じない相手には会話に苦労しているだろう。今後の課題は笑顔以外でコミュニケーションを取ることだな」
公爵は会場にいるウィステリア様を顎で指します。同僚の方に揶揄われているのか、彼は助けを求めるように視線を動かしていました。嬉しそうな公爵の横顔に、つまりと私は言います。
「今回は合格ということですね」
「……そういうことになる」
グレード公爵は照れているのか、誤魔化すようにグラスを煽ります。もしかしたら公爵は褒めるのが苦手なのかもしれません。しかし喧嘩の仲直りには素直さも必要です。私は差し出がましくも公爵に助言いたしました。
「ウィステリア様にお伝え下さい。きっと喜びます」
「ふっ。そうだな。あいつはラヴァンダ嬢に惚れているからな」
「ああ、いえ、そちらもですが……公爵から信頼を得られたと、ウィステリア様はお喜びになりますわ。彼は今回の言い争いで、かなり落ち込んでいましたから」
グレード公爵は驚いた顔で私を見ました。
「落ち込でいた? ウィステリアが?」
「ええ。公爵ときちんと話し合いたい、と仰っていました」
「……ウィステリアが。そうか」
私は公爵が持っている空になったグラスを取り、そばにあったテーブルへ置きました。
「こういう機会でもなければ、腹を割って話し合えないでしょう。どうぞ、行ってらっしゃいませ。私はこちらで待っておりますから」
公爵は少々躊躇ったあと、「感謝する」と仰せになって、会場へ戻って行きました。未だ同僚に絡まれているウィステリア様を救出して、二人が壁に移動したのを確認してから、私は夜空を見上げました。
「これで一件落着ですね」
最初はどうなるかと思いましたが、ウィステリア様は社交性を証明できましたし、おそらく二人の仲も修復できるでしょう。これで婚約解消もなし。無事に続行できます。いやー、緊張しました。ウィステリア様の婚約者として紹介された直後に婚約解消をされたら、流石の私でも堪えますから。ウィステリア様のおかげで私のなけなしの外聞も保たれました。良かった良かった。
ウィステリア様とグレード公爵のお話が終わったら、軽食でもいただきましょう、と暢気に涼んでいたところ、三人のご令嬢がバルコニーに入ってきました。お友達同士で休憩しにきたのかしら、と邪魔にならないよう端に移動しようとしたら、そのうちの一人に声をかけられました。
「ラヴァンダ様でいらっしゃいますね」
「ええ、そうですが」
頷けば、ご令嬢方は私を取り囲みました。私、この方々と面識ありましたっけ……? まずいですわ、全く覚えがありません。
「初めまして。私、キャロル・ド・バーベンハイムと申します。ご存知の通り、バーベンハイム伯爵の次女でございますわ。こちらは同じく伯爵令嬢のシェリーンとへスタリア。よろしくお願いしますわ」
良かった、やはり初対面でした。ご丁寧にご友人の紹介もしてくださいます。私も名乗り上げようとしたところ、はたと気づきました。
あれ、なぜこの方々は私のことを知っているのでしょう。私の疑問に答えるよう、キャロル様は扇で口元を隠しながら仰いました。
「ウィステリア様の婚約者ということでご挨拶に参りましたの。ラヴァンダ様はどうやら噂に疎いようなので、お教えしましょうと思って」
あ、もしかして。
「ラヴァンダ様、お可哀想に。ウィステリア様のお心がどこにあるか知らずに、浮かれているなんて」
今の私、俗に言う「いびり」を受けているのでは?
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