第21話

「うぅ……すまない、ラヴィ。私が父上に信用されていないから……これも全て私が逃げてきたせい……やはり、私は大切な人を不幸にしてしまうんだ……」


 大変です。ウィステリア様が落ち込んでしまいました。ベッドの上で膝を抱えて座ったまま、虚ろな目をしております。魔法でしょうか、彼の周囲は吹雪いており、被ったシーツに雪が積もっていました。

 私は別に不幸ではありませんよ、と励ましますが、「ラヴィは私と離れても平気なのか……?」とウィステリア様は穿った目を向けてきます。めんど……もとい、彼の繊細な心に負けず、私はベッドに腰掛けて声を掛けました。


「そんなに心配なさらなくても、明日は大丈夫ですよ、きっと。乗り越えられます」


「……失敗したら?」


「きっぱり諦めましょう。潔さは大事です」


「………」


 ビュォオオオオ、と吹雪が強くなりましたわ。

 あ、やってしまいました。最近は何を言っても口説き文句しか返ってきませんでしたから、つい。前の調子で話してしまいました。うっかりうっかり。

 ここ一週間のウィステリア様はどこにいったのやら、今の彼は傍から見てもわかるほど落ち込んでおります。

 彼がこうなってしまった原因は明白。先ほどのグレード公爵の宣言のせいです。


 公爵の命令は、私もウィステリア様にとっても寝耳に水でした。まさか婚約を取り消しされるとは思っていなかったらしく、ウィステリア様はそれはそれは大変お怒りになりました。


「どういうことですか、父上! 約束を違えるなど! 例え親子でもあってはならないことではありませんか!?」


「お前の父親であると同時に、私はグレード家の当主! 跡継ぎの教育も義務だ! 多少の惚気程度なら目を瞑ったが、お前の態度はあまりにも酷い! 次期公爵として最低限の社交もできなくなったのならば、私は二人の結婚を認めるわけにはいかん!」


「それは――私を、信頼していないと仰っているのですか。ラヴィへの想いに囚われ、社交場で現を抜かすような息子だと、仰りたいのですか!」


「そうだ! 少なくとも今のお前より、黙るが失言もしない銅像だった以前のお前の方が遥かにまともだ! ろくな人間関係を築いていないお前に、私の信頼があると思うな!」


「――っ! ……ええ、そうですね。返す言葉もありません」


 親子での大喧嘩。引いたのは、ウィステリア様の方でした。おろおろと使用人と私が見守る中、ウィステリア様は拳を握りしめ、グレード公爵に背を向けます。


「勝手にしてください。私が何を訴えても、どうせ無駄でしょうから」


 ウィステリア様は捨て台詞を吐いて、その場を後にします。二階に上がった彼を追いかけるべきか迷っていると、グレード公爵が声をかけてきました。


「ラヴァンダ嬢。公爵家の問題に巻き込んで迷惑をかけるが、私は本気だ」


 振り返れば、公爵は険しい目をしていました。


「あなたにとっても他人事ではない。今後どうするか、ウィステリアとよく話し合うべきだ」


 わかりやすく助言をいただきましたわ。私は公爵に頭を下げて、ウィステリア様を追いかけます。おそらく彼は自室に向かったはずです。

 ウィステリア様の部屋の扉を叩けば、返答代わりに呻き声が返ってきました。


「ウィステリア様? 入りますよ?」


 部屋に入れば、ひやりとした冷気が肌を撫でます。見れば、ベッドの隅で、ウィステリア様が膝を抱えて落ち込んでおりました。彼の周囲には、大雪が吹き荒れています。


「やってしまった……どうして私は……父上とも向き合うべきなのに……こんなはずでは……」


 暗い表情で、ウィステリア様は独り言を呟いていました。もう一度彼の名を呼んで、ようやく私に気づいたようです。ウィステリア様は落ち込んだ目を私に向けます。


「ラヴィ……どうしてここに」


「ウィステリア様が心配で、お邪魔しにきましたわ。それよりも、なぜ部屋に雪が?」


「……頭を冷やしている。先ほどは、カッとなってしまったから……」


 物理的に冷やしているのですか。

 この場合、魔法での方が正しいのでしょうか?


「うぅ……すまない、ラヴィ。あなたにまで迷惑をかけてしまった。私は……私は、臆病者だ……子供の時から全く成長していない……」


 ウィステリア様は大きくため息を吐くと、また膝に顔を埋めました。

 どうやらグレード公爵との言い争いがよほど堪えたようです。訳のわからない自虐を延々と口にしています。このままではいけませんわ。何とか気持ちを持ち直してもらわなくては。


「ウィステリア様。そんなに自罰的になる必要はありません。もともと明日の舞踏会は、私達が人付き合いに不安がないことをアピールするための参加。安心させる方々に、グレード公爵が加わっただけです。すべきことは最初から変わっていませんよ! ちょっとリスクが大きくなっただけです!」


「リスクが……リスクが大きすぎる……」


 励まそうとしたのですが、どうやら逆効果だったようです。彼の暗い顔がさらに暗くなりました。

 ウィステリア様は事態を重く受け止めすぎなのです。グレード公爵は本気だと仰っていましたが、明日の舞踏会で婚約発表をする以上、すぐに婚約解消とは考えられません。ロシェル家はともかくグレード家の世間体というものもありますから。なんやかんやで猶予は与えられるでしょう。おそらく。


「ラヴィは不安ではないのか?」


 と、ウィステリア様が正気に戻りましたので、私はすかさず答えます。


「不安ですが、当たって砕けるしかありません。このような場合、為せば成る、が大事ですわ」


 こんなに急な婚約解消など私もごめんです。が、私が無力なのも事実。どうしようもない現実を目の当たりにしたのなら、身体を張るしかありませんわ。当たって砕けろ精神です。やけくそとも仰います。


「ラヴィは頼もしいな。それに対し、私は……」


 ウィステリア様は目を伏せました。


「父上と話し合うべきとわかっている。なのに、私は相変わらず逃げてばかりで……先ほども、あんな暴言まで吐いてしまって……」


 落ち込む彼を見て、私はふと疑問が浮かびました。


「もしかして、ウィステリア様。グレード公爵と喧嘩するのは初めてですか?」


「喧嘩?」


 きょとんとした反応に、私は苦笑いをします。


「親子喧嘩です。何一つ、落ち込むことなんてありません。喧嘩とは、互いを理解するうえで避けようのない衝突なのですから。ウィステリア様は、きちんと一歩進んでいるではありませんか」


 ウィステリア様が目を見開き、被っていたシーツを脱ぎ落しました。


「ラヴィ……ありがとう」


 雪が止んだかと思えば、ウィステリア様は感極まった様子で私の手を握りました。


「あなたはいつも私を導いてくれる。あなたは私の太陽だ。ラヴィなしではもう生きられない。必ず、明日は父上に結婚を認めさよう」


 良かった。ウィステリア様はどうやら気を持ち直したようです。この調子なら、明日は乗り切れるかもしれません。

 私がほっと胸を下ろしていると、ウィステリア様は「それはそれと」と再び暗い顔になりました。


「また『ウィステリア様』と呼んでいる……ウィズと愛称で呼ぶのは嫌なのか、ラヴィ……?」


 面倒くさい。ウィステリア様、面倒くさいですわ。


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