第19話


 ウィステリア様の大胆な告白から翌日。

 あれはいったい何だったのでしょうか。恥ずかしながら、雨上がり後の記憶が曖昧です。いや、まさか、ウィステリア様が急に愛を告白してきて、別人のように甘い言葉を吐いたりするわけがない。そうだ、夢です。変な夢を見たのですわ。これにて一件落着。


「おはよう、ラヴァンダ嬢」


 とはいきません。

 朝食を取りに食堂へ向かおうとして扉を開けた矢先、ウィステリア様が立っておりました。

 ぎくりと身を強張らせる私に、ウィステリア様はいつも通りの真顔で言います。


「昨日は疲れているようだったからな。少し心配になって様子を見に来た」


 よかった! いつものウィステリア様だわ!


「それにしても今日もあなたは素敵だな。私には輝いて見える。惚れなおしてしまいそうだ」


 誰この人。


「好きすぎて閉じ込めたい」


 本当に誰この人!?


「すまない、今のは聞かなかったことにしてくれ」


 ウィステリア様は咳払いをして有耶無耶にしようとしましたが、私は騙されません。彼の肩をがっと掴み、必死に揺さぶります。


「昨日からどうしたんですかウィステリア様!? ちょっとどころかかなり変ですよ!? 頭でも強く打ったんですか!?」


「私は元からこんな性格だったぞ。あなたとの会話をきっかけに自覚して、開き直っただけだ」


「いやいやいや! それでも突拍子すぎます!! 当事者のはずなのに何が何だがさっぱりですよ、私!?」


「そうか、では再度告白しよう。ラヴァンダ嬢」


 えっ!? 再度って言いました!? もしかしてまたあの直球な台詞を言うつもりなのですか!?

 私が止める前に、ウィステリア様はその場で片膝を付き、私の手を取りました。


「私はあなたが好きです」


 ウィステリア様は、私の手に、そっと口付けをします。


「あなたを傷つかせるすべてから守りたい。あなたには幸せになってほしい。できるならば、あなたを私だけが見えない世界に閉じ込めたい」


 そして、手の甲から唇を離すと、私をじっと見つめてきました。


「愛しています。どうしようもないほどに」


 な、な、な、

 何なのですのこれは!! 昨日より直球も直球すぎて聞いている私が恥ずかしいのですが!!

 私が狼狽えていると、ウィステリア様が目で返事を促してきます。熱の籠った視線に耐えきれず、私は白旗を上げました。


「お、落ち着かせてください、ウィステリア様……! 私、今、かなり恥ずかしいです……!」


「照れるラヴァンダ嬢も愛らしい」


「またそんなこと言って! ウィステリア様は恥ずかしくないんですか!?」


「? なぜ恥ずかしがる必要がある? 私の本心なのに」


 計算か、生来の性格か。おそらく後者でしょう。

 ウィステリア様は、砂糖に蜜をかけたかのような笑みを浮かべ、立ち上がりました。


「いくら心の中で愛していても、相手に伝わらなければ無意味だろう。言葉で愛が伝わるなら、いくらでもあなたに捧げる」


 そして、私の腰に手を回し、身体を引き寄せました。


「私、ウィステリア・ヴァン・グレードは、ラヴァンダ・ラ・ロシェルを生涯愛すると誓います。はじまりは仮初の婚約でしたが、どうか、本物の夫婦になってくださいますか?」


 ウィステリア様の後ろで花が咲き誇ります。もちろん幻覚です。私の脳が現実逃避しています。

 無理です。返事はすぐにできません。昨日と今日で現状が変わりすぎです。脳がついていけません。助けてください。


「返事はゆっくりでいい。でも、一つ、私の頼みごとを聞いてくれ」


 私の心情を察してか、ウィステリア様は腰に回した腕を緩めます。

 そして、ちらちらと視線を動かし、頬を仄かに赤くしました。


「ラヴァンダ嬢ではなく、ら、ラヴィ、と呼んでもいいか?」


 あれだけ散々ロマンチックな台詞を吐いたというのに、愛称呼びには照れるのですか。あざといですわ。ウィステリア様、あざといですわ。


「別にそれくらい構いませんよ……」


「本当か、ラヴィ! ありがとう、大好きだ。あなたも私を『ウィズ』と呼んでくれ」


 花が飛んでいます。ウィステリア様から花が飛んでいます。また幻覚です。

 まだ朝だというのに、何だか疲れてしまいました。一体どうしてこうなったのでしょう。ただの契約結婚だったというのに、人の感情とは難しいものですわ。


「食堂に行こうか、ラヴィ。一秒でも長く、あなたと一緒にいたい」


 舞踏会まで、あと六日。

 この調子で、無事に乗り切ることはできるのでしょうか……。

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