第14話
ウィステリア様のお誘いを断る理由がない私は、彼と一緒に来賓室へ入りました。勝手に使って大丈夫なのでしょうかと心配しながら、上質なソファへ遠慮がちに腰を下ろします。
「皿が必要だな。待っててくれ」
ウィステリア様はテーブルにバスケットを置くと、席を離れます。廊下に繋がっているドアではなく、部屋の奥にあった扉を開き、隣の部屋に移動しました。
しばらくして、にわかに隣が騒がしくなったので、私は奥の扉を少しだけ開き、中を覗きました。
「ウィステリア副代表に女だと!? あの噂本当だったのか!?」
「え~ショック~。副団長のこと狙っていたのに~」
「例の婚約者か……氷の貴公子を落とした方法を是非とも教えてほしいわ……」
「あ、それはそうと、俺、お茶出してきますね」
「なによこういう時だけ率先して。私が持っていくに決まっているでしょ」
「え、ずるい! 私も副団長の婚約者見てみたい~」
どうやら私の話題で盛り上がっているようです。
ウィステリア様は有名人ですから、彼の婚約者というだけで同等の注目を集めるのでしょう。今はお茶出し係で揉めています。ウィステリア様効果凄い。でも、少し大変そうです。
最近わかってきたのですが、ウィステリア様は目立つのがあまり好きではありません。周囲の反応が、重荷になっていなければ良いのですが。
「あ、副団長! 雑用は俺らがやりますよ!」
「休憩中だ。気にせず休んでいろ」
やいやいと騒いでいた隣室に、ウィステリア様の話し声が聞こえてきました。私が慌てて席に戻ると、間を開けず、扉がガチャリと開かれました。
「すまない、待たせた」
「い、いえ、ありがとうございます」
ウィステリア様がトレーを持って戻ってきました。その上には、小皿やティーポッド、ティーカップなどが乗っています。ウィステリア様が手際よく食器をテーブルへ並べていき、私が手伝う間もなくお茶の用意ができてしまいました。不覚。婚約者らしい仕事ができる絶好のチャンスでしたのに。婚約者らしい仕事って一体何なのかよくわかっていませんが。
「さて。それでは、いただくとしよう」
ウィステリア様は特に気になさらず、早速チーズマフィンを食べ始めました。フォークで小さくカットしながら、ゆっくり口へ運んでいきます。その顔はわかり辛いですが嬉しそうでした。類稀なる美貌も相まって、ウィステリア様の周囲だけ光が放っています。マフィンを食べているだけなのに。
じっと見すぎてしまったのでしょうか、ウィステリア様が不意にこちらをご覧になられました。
「どうした、ラヴァンダ嬢。私の顔に何か?」
「ああ、申し訳ありません。ウィステリア様は本当にチーズマフィンがお好きなのだと、つい」
最近気づきましたが、ウィステリア様は好物を味わって食べる方みたいです。私は美味しいものほどパクパク口にしてしい落ち着きがないので、彼の余裕さが羨ましいですわ。
大事に大事にマフィンを口にするウィステリア様に、思わず私が笑みを零すと、彼は少し顔を赤らめます。
「……子供っぽいか?」
「いえ、可愛らしいと思ったのですわ」
「褒められているのかそれは……?」
ウィステリア様が恥じらいと困惑が混ざった笑みを浮かべます。私が彼の表情にまた笑顔になった時、突然、奥の扉が開かれました。
「ウィステリアの婚約者!? うっそぉ、どんな子なの気になる~~!?」
バンッと大きな音と同時に、愉快そうな声が響きました。上座に通されていた私は、すぐさま後ろを振り返りました。
入室してきたのは、化粧をした煌びやかで体格の良い男性でした。宮廷魔術師のローブを羽織っていることから、彼もまたウィステリア様と同じ魔術師なのでしょう。
私が目を丸くしていると、男性は私を見て「あらぁ」としなをつくりました。
「ウィステリア、丁度いいわ。散々渋っていた恋人のこと紹介しなさいよぉ」
「断ります、トアイトン代表。その話は十日後の舞踏会で、と言ったではありませんか。約束は守ってください」
「じゃあアンタは常識を守りなさいよ~。来賓室に女の子を連れ込むなら上司の私に一言申すのが普通でしょうがぁ~!」
ウィステリア様の塩対応に、男性は負けるどころか茶化した態度で応答し、ずんずんと近づいてきます。
――そもそも、今、代表って言いませんでしたか!?
「申し遅れました。私はラヴァンダ・ラ・ロシェル。ロシェル侯爵家の長女で、現在、ウィステリア様とご婚約させていただいております」
私は慌ててスカートを摘まみ、裾を持ち上げます。頭を下げた私に、トアイトン代表は「堅苦しい挨拶は止してちょうだい」と朗らかに仰いました。
「私は、宮廷魔術師の代表を勤めているエドワルド・ドゥ・トアイトンよ。一応伯爵なんだけど、気にしなくていいわ。気軽にエドって呼んでちょうだい」
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