第13話

 今日は王城にある杖の館にやってきました。宮廷魔術師の方々が働いている職場でございます。

 なぜここに訪れてきたかというと、ウィステリア様に忘れ物を届けるためです。


 グレード公爵と釣りをした後、私は自分の一日を改めてみました。もしかして私って遊んでばかりなのではとお兄様に相談してみたところ、「老後を持て余している爺さんみたいな生活」と評されてしまいました。

 ウィステリア様もグレード公爵も何も仰せになりませんが、今の私は客観的に見て公爵家の穀潰し。治療の件を差し引いても、流石にいたたまれなくなってきました。

 ウィステリア様と参加する予定の舞踏会は、十日後。それまでの肩慣らしとして、彼の婚約者として働いてみようと考えたのです。


 当然ですが、ウィステリア様の治療は周囲には秘密になります。特に最近は、五日に一度の頻度でしか魔術をかけていません。七日以上の保温魔術は、ウィステリア様の体調が悪くなりましたので、最長でも五日で留めることになったのです。今は術の範囲を広げていっており、ウィステリア様の両腕に保温魔術をかけています。


 とはいえ、表向きには何もしていないのも同然。なので私は、婚約者らしい仕事はないかと、ブラッドリーさんに相談してみました。そこで、ウィステリア様が忘れた書類を届けにいくお仕事をもらったというわけです。ついでにバスケットを渡され、差し入れもお願いされました。中身はウィステリア様の好きなチーズマフィン。できる執事というのは気遣いも行き届いています。見習いたいですわ。


 そうして私は、意気揚々と登城し、杖の館でウィステリア様を早々に見つけたのですが――


「ウィステリア様、よろしかったら昼食をご一緒に――」


「断る。もう既に食べた」


「では、今度の週末、我が家の夜会にでも――」


「興味がない」


「ぜひ、一度、ウィステリア様とお話をしたいと父が――」


「私は別に話すことなどない」


 たくさんのご令嬢に次々とアタックされていました。

 お仕事中に邪魔するのはと思い、昼休みに合わせて訪れたのですが、どうやら世の中同じ考えの方が多いようです。廊下を歩いているウィステリア様にぞろぞろと若い女性が付いていきます。それを当の本人は書類を読みながら、次々とご令嬢方を撃沈しているのです。

 暗黙の了解なのか、後ろには順番待ちの列ができていました。まるで親鳥に付いていくアヒルのよう、凄い光景です。ウィステリア様の人気が窺えますわ。大雪が降っているのではないかと錯覚するほど、冷たい雰囲気が彼から漂っていますが。

 それはそうと、割り込みはいけませんから、私は最後尾に並び、ウィステリア様の声かけの順番を待ちます。とぼとぼ去っていくご令嬢方を見送っていると、ついに私の番がやってきました。


「ウィステリア様。書類を届けに参りました。あと、屋敷の皆さまから差し入れです」


「……ん? ああすまない、助か――ラヴァンダ嬢!?」


 書類と一緒にバスケットを差し出せば、ウィステリア様は一瞥した後、勢いよく振り向いてきました。

 少し焦ったような、びっくりしたような表情。そんな彼の驚いた顔は初めて見ます。最近は心を開いてきてくれたのか、表情が柔らかくなってきたのですが、ここまでの反応はありませんでした。なんだか嬉しくなったので、笑顔で答えました。


「はい、ラヴァンダです。今朝の忘れ物をお届けに来ました」


「そ、それは助かったが、なぜわざわざ後ろから? 普通に声を掛ければいいものを」


「人が並んでいましたから、割り込みは悪いと思いまして。私で最後だったようですし、順番待ちをしておりました」


「君は彼女らと違うのだから気にしなくても……ラヴァンダ嬢はたまに抜けているところがあるな。本当に驚いたぞ」


 何ですか私が抜けているって。天然氷のウィステリア様には言われたくないです。

 ウィステリア様は左胸をわざとらしく抑えたあと、気になったのか、バスケットの中を覗きました。チーズマフィンを確認したのか、口元がわずかに綻びます。そして、近くにあった大時計を見てから、私に仰りました。


「ラヴァンダ嬢、これから予定は?」


「特に何もありません。いつも通りです」


「そしたら――」


 ウィステリア様はバスケットを軽く持ち上げました。


「まだ休み時間は残っている。良かったら、少し付き合ってくれないか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る