第11話

「贈り物など、ただでさえドレスをたくさん買っていただいたのに……」


「それとこれとは話は別だ。退屈は苦痛だろう。何が欲しい? 本でも動物でも、あなたが満足するものを選べばいい」


 どうやらウィステリア様は、私が日中暇を持て余していることを気にかけていたようです。暇つぶしになる物をプレゼントしてくださるとのことでした。

 先ほどドレスを買っていただばかりなので最初は断りました。が、私が暇を持て余していると、使用人の方々も困るだろうと言われてしまえば、頷くほかありません。ウィステリア様に甘えて、私は彼と王都の店を見て回りました。

 

「この恋愛物語が売れているらしい。一人の女性を巡って世界中の王子が戦争をする話らしいが、興味はないか?」


「既刊百冊以上は流石に手が出せませんわ……登場人物も千人近くいて覚えきれませんし」


 本屋に入って、店員にお勧めされた山積みの本を手に取ったり。

 

「ボードゲームはどうだ? これなんか、駒の代わりにタロットカードを用いてチェスをするゲームだが」


「ウィステリア様、それ普通のチェスより駒が増えて難易度上がっています。開発者はなぜタロットカードを代わりにしようとしたのでしょうか……」


 遊戯屋で、新発売と書かれていたボードゲームを眺めたり。

 

「やはり、無聊を慰めるのはペットだろう。ラヴァンダ嬢、好きな動物を選ぶといい」


「確かに、私は犬も猫も好きですが……ウィステリア様が苦手ですのに、飼うわけにはいきませんわ」

 

 ペット屋で、頑なに犬猫から距離を取るウィステリア様を見て苦笑したり。

 貴族街を歩いて、暇を潰せるような物はないかと探しますが、どれもピンときません。そうこうしているうちに、もう日も落ち始めてきたので、私達は一度休憩することにしました。

 ウィステリア様から屋台で買ったミルクティーをいただいて、私達は港に腰を下ろしました。海風は冷たくて、疲れた身体にちょうど良いです。貿易船を眺めながら、私はウィステリア様に頭を下げました。


「申し訳ありません。付き合っていただいているのに、中々決められず、我儘を言って」


「いや、構わない。気にするな」


 隣に座ったウィステリア様は、首を横に振ったあと、ぽつりと言いました。

 

「……ラヴァンダ嬢。契約内容は覚えているか」

 

 質問の意図がわからず、私は首を傾げました。

 

「ええ。治療をする代わりに、実家の支援をしてくださるという約束ですが」


「そして、私はあなたの生活を保障し、人間関係に口を出さないと言う話だ」


「……何が言いたいのですか?」


「無理に公爵家に合わせる必要はないと言いたいんだ」

 

 ウィステリア様は私と目を合わせません。


「あなたは私に気を使って屋敷で大人しくしているが、別に公爵家の評判など気にしなくていい。あなたが仕事に戻りたいなら、針子の仕事に復帰しても構わない。遊びに行っても、愛人を作っても、自由にするといい。父にも文句は言わせない。ラヴァンダ嬢の好きにするといい」

 

 ウィステリア様の発言に、私は驚いて声が出ませんでした。

 えっ。私、男に飢えている女だと思われていたのですか? 私も年頃ですから、素敵な恋愛をしたいという欲はありますが、だからといって夜な夜な遊び呆けたいわけではありません。

 今までのやり取りはなんだったのでしょうか。契約が前提とはいえ、ウィステリア様と上手く付き合えていたと思っていたのに。私は、怒りよりも先に悲しくなりました。

 

「ウィステリア様。私は現状に我慢しているわけではありません。十分、好きに過ごさせてもらっています。なぜ、そのようなことを急に仰るのですか?」


「急にではない。最初から考えていた。それに……今日、あなたから仕事の話を聞いて、私は改めて、口にすべきだと判断しただけだ」


 仕事の話? それとこれに、何の関係が?

 私の疑問に答えるよう、ウィステリア様は静かに続けました。


「偏見を持っていた。侯爵家の娘が針子の仕事など、嫌々やっているのだろうと。だが実際、あなたは仕事を楽しんでいた。屋敷にいる時よりも、本当に楽しそうに話していた。だから、その、私は……」


 「負い目を、感じている」と、ウィステリア様は俯いてしまいました。こちらの都合で私を振り回していると自覚したから、私に暇つぶしのプレゼントをしようとしたり、仕事の復帰や愛人のことを口にした、と教えてくれました。

 

 私はウィステリア様の話を黙って聞いていました。おそらくこの方は、私が考えている以上に、責任を負ってしまう人なのかもしれません。どことなく、相手の機微を気にしているきらいもあります。口下手で嘘が吐けないのは天然のせいなのではと思っていましたが、もしかしたら過去に何かあって、今のようになっているのでしょか。

 

 これは、私もハッキリとした態度を取る必要がありますね。きちんと言葉は口に出さなければ、相手に伝わらないのですから。

 私はウィステリア様の名を呼んで、こちらを見て欲しいと頼みます。私は、彼の青い瞳と目を合わせました。

 

「正直に申しますと、私は流れでウィステリア様と契約し、婚約者になりました。不満はもちろんありますよ? ですが、私に対して、ウィステリア様が負い目を感じる必要はありません。私が流れに身を任せると決めたのですから、そういった不満も全て私の責任です」


「だが……」


「それに、根本的に誤解しております。別に私は、仕事に復帰したいとも、愛人を作りたいとも思っていません。そもそも、日中は退屈であっても、苦痛ではありません。やることがなくて暇を持て余しているだけで、私は今の生活に満足しています」


 ウィステリア様がいつもの無表情を崩して、わずかに目を開きます。驚いているのでしょうか。初めて見る表情に、私は珍しさを感じました。

 

「仕事は楽しかったですが、働かずにすむなら私は喜んで働きません。恋愛はしたいですが、殿方をとっかえひっかえして遊びたいわけでもありません。ウィステリア様は、少々私を誤解しています。そして、多分、私もあなたを誤解しているところがあるでしょう。やめましょう、相手の話を聞かないで、こうだと決めつけるのは」


 私も人のこと言えませんけど、言って、笑いました。


「私達、互いの好物すら、わかっていないではありませんか。だから、ちゃんとわかりあえるよう、話しましょう。知っていきましょう。色眼鏡は外して、お互いを見ましょう。私も、ウィステリア様をきちんと見ます。たとえ契約関係の婚約者だとしても、私達はその前に、意思のある個人なのですから」

 

 ウィステリア様は何も言わず、私をただじっと見つめてきます。

 ……言葉が過ぎましたかも。偉そうな女だと思われたかもしれません。私が不安になっていた時、彼はぽつりと言いました。


「そうだな。……ああ、私も、あなたを見るよ。ラヴァンダ嬢。互いに、知っていこう」

 

 そう言ってウィステリア様は、私に手を差し出しました。

 私は少し躊躇った後、彼の手を握りました。相変わらず冷たい手ですが、その温度にも慣れてきました。


「改めて、今後ともよろしく頼む。ラヴァンダ嬢」


「こちらこそ、よろしくお願いします。ウィステリア様」


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