第10話
公爵家に来て半月ほど経ちました。
あれから毎晩、私はウィステリア様とダンスレッスンをし、舞踏会の準備をしています。ここ数日、特訓の成果もあって、ぎこちないながらも転ばないでワルツを踊れるようになりました。このペースなら、今月中には人に見せれる程度のダンスになりますわ。
ウィステリア様曰く、社交界のシーズンは来月から始まるようです。王家が主催する舞踏会があるので、顔見せも兼ねてそこでダンスをお披露目することになりました。それに合わせたドレスを用意するため、私は働いていた仕立て屋「シャルエル」に、ウィステリア様とやってきました。
「お初にお目にかかります、ウィステリア様。店長のマリアです。そして、お久しぶりです、ラヴァンダ様。約束を覚えてもらっていて、嬉しい限りです」
「マリアさん、敬語はやめてください。前みたいに『ラヴィ』と呼んでくださいよ。私達の仲なんですし」
「あらそう? じゃあ、お言葉に甘えて。ラヴィ、ありがとう来てくれて~。未来の公爵夫人のドレスなんて良い宣伝になるわ。結婚式のウェディングドレスも、我らが『シャルエル』にお任せあれ」
そう言って店長のマリアさんはウィンクをし、私達を温かく迎え入れてくれました。
久しぶりに訪れた店は相変わらず忙しそうな様子です。個室に通される途中、仕事中の同僚達が私に話かけたあと、ウィステリア様をみて黄色い声を上げ、また私に「やるねぇ! ラヴィ!」と肩を叩いて去っていきます。あれは裏で話のネタにされていますね、確実に。
私が複数人に叩かれた肩を撫でていると、ウィステリア様がぽつりと漏らしました。
「仲が良いんだな」
「ええ、まあ、一応……」
私は苦笑いをして答えを濁しました。
仲が良いのは事実なのですが、ここで下手に肯定してしまうのはダメです。ウィステリア様が気を利かせて「友人と話でも」と席を外されれば、質問攻めに合うのは間違いありません。私の話だけならまだしも、客の斡旋を乞われたら困ってしまいますし。現在、貴族の友人どころか知り合いすらいないのに、店の紹介なんて無理な話ですから。
「ラヴィはこの店で希少な魔術持ちでしたから、針子達から頼られていましたよ。私もよく、彼女に無理を言ってしまいましたわ」
会話が終わりそうな雰囲気を察したのか、マリアさんが話題を提供してくれました。ありがたく乗らせていただきます。
「過ごしやすい時期ならともかく、夏場や冬場は温度調整の依頼が多くて大変でしたわ。汗で化粧が落ちるからその魔術でどうにかしてくれと注文されたときなんか、どうすればいいのか連日悩みましたもの」
「懐かしいわ。他の針子と一緒にホルターネックのドレスをデザインして、ストラップ部分に魔術を付与したのよね。それの評判がまた良くて、注文が殺到して大忙し。ふふ、嬉しい悲鳴だったけどね」
マリアさんが笑ったので、私もつられて笑顔になります。ウィステリア様はいつも通り無表情でしたが、心なしか優しい声で「楽しそうだな」と言いました。
「ええ。大変でしたけど、とても楽しかったです」
私がそう答えれば、彼は「そうか」と返事をして、会話を終わらせました。
どうやら、昔話に花を咲かせているうちに、奥の個室に着いたようです。装飾にこだわった部屋に通され、質の良いソファに座ります。
マリアさんがデザイン案と生地を持ってきて、何点かドレスを勧めてきます。私はウィステリア様と話し合って、舞踏会用のドレスの他、ガーデンパーティやお茶会などにも着れるドレスをいくつか注文しました。
そうしてサイズを測って、今日はおしまいです。初日ですからこんなものでしょう。また来週、ドレスの調整で店に訪れますし。
マリアさんに挨拶をして、私達は店を出ました。きっと、ウィステリア様はもうお疲れでしょう。大抵の殿方は、女性のドレスに興味ありません。休日に付き合わせたうえ、退屈な時間を過ごさせてしまいました。早くお屋敷に帰りましょう、と馬車を探すも見当たりません。私が首を傾げていると、ウィステリア様が言いました。
「馬車はまだ呼んでいない」
「そうなのですか? まだどこかに用事でも?」
「ああ。用事といっても、私的なものだが」
ウィステリア様は、そう言って、私の手を取りました。
「ラヴァンダ嬢。よかったら、私と買い物に付き合ってほしい。あなたに、贈り物をさせてくれ」
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