第33話 行動~8

 そう結論が出て、打ち合わせ通り朱音が出て来て髪の毛を乾かした後、龍太郎は声をかけ彼女に説明した。そこでどういった番組を録画しているか一覧表を見せた。するとその中にいくつか、彼女もよく観ているものがあった為にそれらを選んだ。

 香織が出てきた際、その件を告げてから龍太郎はお風呂に入った。出てきたところで二人は好きなお笑い芸人について盛り上がっていたので、しばらくその話題を続けた後にテレビを点け番組を観始めた。

 朱音はよく笑っていた。胎児の為にも体に良いからと彼女は喜んでいた。おかげで龍太郎達もリラックスをしていつものように楽しんだからだろう。あっという間に時間は過ぎ、就寝する時間になった。

 そこでテレビを消す前に、ニュースで新しい進展がないかを念の為に確認する。無いと分かって電源を切った後、今度は携帯のネット検索をして同様の動きがないかを探った。だが何も無いと分かり気が楽になった。

 そうして洗面所に向かい、歯磨きなどを終えた後でそれぞれ部屋に戻り、就寝の時間を迎えた。そこでふと朱音の靴を置いたままだと思い出したが、そこには無かった。

 慌てて香織に尋ねると、龍太郎が風呂に入っている時に見つけたらしく、彼女の部屋に持って行き隠したと告げられ安堵する。

 それから電気を消しベッドに横たわった。まだ気温が高い為に薄い夏用の布団を体にかけた龍太郎達は、暗闇の中で目を瞑る。

 しかし少し経ったところで香織が話しかけてきた。

「今日は疲れている?」

「それなりにだけど、どうした」

「早く寝たい?」

「それ程でもないけど、何か話があるのか」

「うん。ちょっといいかな」

「いいよ。どうした」

 体の向きを変え彼女の方を向くと、声だけが耳に届いた。

「今日はごめんね」

 一瞬何を言っているのか分からなかったが、妊娠の件だと気付く。

「何も謝る必要は無いだろう」

「だってしばらく黙っていたから。怒ってない?」

「怒ってないよ。なかなか言えなかったという、香織の気持ちも分かるからさ。でもこれからは隠さないで、何でも言ってくれよ。今回は別にそうは思わなかったけど、変に気を遣って黙られていた方が、後になって辛い場合もあるからさ」

 彼女は少し沈黙した後、小声で言った。

「そうだね。ごめんなさい」

「いや、謝らなくていいから。これから話すようにしてくれればいいよ」

「うん」

 再び黙った為に尋ねた。

「なに。それが言いたかったのか」

「う、うん」

 他にも何かありそうだと感じた為、話を促した。

「遠慮せずにいえばいいよ。大丈夫だから」

 若干の間を空けて、彼女は言った。

「分かった。あのね。妊娠して子供が出来るかもしれないと知った時、色々考えたっていったじゃない。何を想像していたの」

 これには即答しかねた為、頭の中で病院に行く途中や待合室で考えていた事を思い出し、整理しながら答えた。

「正直育てられるかどうかという不安もあったけど、それよりどんな子が産まれるんだろうか、どうやって二人で面倒をみるようになるんだろうか、かな。夜泣きはするのか、したら大変だろうけど二人共働いている訳じゃないから、融通を利かせればなんとかなるだろうとかね」

「他には?」

「えっと、ああ、子供って元気だろう。体力がいるから鍛えた方が良いのかな、とか。それともし俺や香織の親が生きていたら、すごく喜んだのにとも思った。うちの姉も香織と同じように子供が出来なかっただろ。俺なんて早々に離婚しちゃったから子供どころじゃなかったし、その後もずっと独身だったからな。親に孫を見せてあげられない罪悪感は、それなりに持っていたんだよ。それを思い出して、香織との間に子供が生まれたと知ったら、どれだけはしゃいだだろうって想像はした。でもあの人達が生きていたら、香織とこうして生活する機会はなかったかもしれないけどね」

 暗闇の中で彼女は黙って頷いたようだ。それからさらに尋ねてきた。

「子供の世話なんかしていたら、龍太郎の療養が長引くとは思わなかった?」

「長引くとかよりも、どうなるだろうとは思ったよ。もちろんストレスを抱えてしまう可能性もあるだろうけど、頑張ろうって気力が湧くかもしれないよね。よく言うだろう。親になると責任を感じるからか、仕事に取り組む姿勢が変わるとかって」

「でもそれがプレッシャーになる可能性もあるよね」

「それはそうかもしれないけど、ポジティブに考えればいいんじゃないかな。俺は仕事でストレスを抱えてこうなっちゃったけど、根本の原因は自分の気持ちに反した行動を取ったり、納得していなかったりしていたからだと思う。それでも無理して頑張っていたから、体が拒否反応を出したんじゃないかな。だから子育てする場合にかかるストレスと、種類はかなり違うと思うよ」

「そうかな」

 何を今さらそんな話をするのだろうと不思議だったが、誤解して欲しく無かった為にやや強い口調で言った。

「そうだよ。だって香織との間に生まれた子なら、俺は絶対大事に育てようと思えるから。産むのは女性にしかできないけど、その後は二人で育てられるだろう。でも昔のように会社へ行っていたら、そうは考えられなかっただろうな。間違いなく、俺は外で働いて子供は家にいる奥さんが育てればいい、って考えていたはずだよ。事実、朝早くから出て夜遅くまで仕事して、下手をすれば土日も出勤する時だってあったからね。そうならざるを得なかったし、完全に任せっきりになっていたと思う。でも今だったら違う。家事を分担しているように、そうした全てについて二人で話し合い、どちらかに負担が偏らないよう生活しているのが俺達じゃないか。家事をしているからって、俺の療養に悪影響を与えているとは思わないだろ。それと同じだよ」

 そこで言葉を切り、彼女の反応を待った。すると彼女は小さく呟いた。

「有難う。それだったらいい。ごめんね。寝る前に変な話を言い出して。もう寝ようか」

 彼女が言いたかった本音が聞き出せなかった気がして、さらに深く尋ねてみようかと思った。けれどそれを望んでいないようだと悟り、龍太郎は言葉を飲み込んだ。また余り寝る前に色々考え脳を興奮させてしまうと、目が冴えてしまう。

 それに今は二人だけじゃない。睡眠不足は体に良くないだけでなく、明日からも朱音の件で色々動く必要がある。まず赤坂が朝早く家に来るのだ。よって頭や体がふらふらしているようでは迷惑をかけてしまう。寝込んで彼女達に余計な心配をかけては申し訳ない。

 その為モヤモヤが残ったままではあったけれど、龍太郎は目を瞑り言った。

「ああ。そうしようか。お休み」

「お休み」

 やはり直ぐには寝付かれなかったが、それでも昨日同様疲れていたのだろう。しばらくして香織の寝息を聞く前に、龍太郎はいつの間にか深い眠りについていた。

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