第15話 モテモテなおっさんに、狼少女のヤキモチ

 魔王城での仕事が終わって戻ってくる薫とマルナ。


 いつもより気持ち早かったのは、マルナがいろいろと手伝ってくれたおかげだ。


 失敗から学んだマルナは一気にとはいかないまでも、確実に成長して、薫の手伝いをしてくれる。


 魔王代理補佐、といったところだろうか。


 魔王の代理の補佐とか、もはや何が何やらといった感じだったが、本人は思いのほか気に入ったようで、ことあるごとに、出会う人に、


「わたし、魔王代理補佐!」


 と自慢げに語っている姿は、なんとも微笑ましく、みんなやさしい笑顔で見つめていた。


 さて、そんなわけで早く帰ってきた薫たちだったが、やることはいつもどおりで、まずは光那を幼稚園まで迎えに行く。


 帰りは商店街に立ち寄り、冷蔵庫の中身を思い出しながら食材やら日用品やらを買い足して。


 帰ってきたら、光那も一緒になって、洗濯物を取り込む。


 この時、光那が洗濯物をたたむという名目でぐしゃぐしゃにする一幕が必ずある。


 以前はマルナもそれと一緒になっていたが、成長した彼女はひと味違った。


「こうやって、こうやって、こうたたむと……ほら、綺麗」


「なかなかうまいですね」


「マルナ、すごい! 光那もやる!」


 マルナに触発されて光那がやる気を出すが、当たり前のように空回り。


「違う、そうじゃない。こう」


「こう!」


「そんな力を入れなくていい」


 そんな二人を微笑ましく見守っていると、佐月が現れた。


 疲れた顔の中にも、何かをやり遂げた清々しさを感じる。


「姉さん、仕事終わったみたいですね」


「そうなの! やっと終わったの!」


 やっとのあたりに実感がこもっていた。薫は苦笑する。


「いつもこんなに窮屈なスケジュールでしたっけ?」


「ううん、そんなことないわよ。ただ今回はちょっと考えがあって」


「考え?」


「みんなでどこかに遊びに行きたいなって思ったのよ」


 そのための時間を作る意味もあって、仕事を前倒しでこなしていて、忙しかったらしい。


「ほら、マルナちゃんが来てからだいぶ経つし。歓迎会? みたいなものも兼ねてさ」


「歓迎会ですか」


 そう言われてみれば、やった方がいい気がする。


「わたしが何?」


 薫と佐月の話題に、自分の名前が出てきたからだろう。


 マルナが光那を抱きしめながらやってくる。


 そんなマルナを佐月がさらに抱きしめて言った。


「マルナちゃんの歓迎会を兼ねて、みんなで遊びに行こうって話してたの」


「遊びに行く……?」


 マルナが薫を見る。


「ええ。行きたいですか?」


「行ってみたい」


「なら決まりね!」


 ということで、一泊二日で遊びに行くことが決まった。


 宿泊先は近場の温泉地。


 佐月はこの世界でも魔法を使うことができるため、転移の魔法を使うことで、どこへ行くことでも可能なのだが、それでは面白くもなんともないと、当の佐月の意見で、電車で揺られていくことになった。


 温泉地になったのは、


「ほら、あれよ。あたしの疲れも取れる。マルナちゃんも喜ぶはず。いわゆるWin-Winの関係ってやつよ!」


 はずと言っている時点でその関係は脆くも崩れ去っているような気がしたが、そこに触れるのは野暮だと思い、薫は笑って頷くにとどめた。




 ◆




 そして旅行当日。


 佐月の家の前に、なぜかクリムをはじめとした四天王の面々がいた。


「どうしてあなたたちがここに?」


「カオル様と婚前旅行がしたくて」


 そう言ったのはクリムで、


「なんか面白そうだと思ってよ」


 というのはアヴァールだ。


「それでバムハルトさんは?」


「クリムと似たようなものじゃな」


「はあ、そうですか」


 と頷いてから、ん? と薫は思ったが、バムハルトは光那に高い高いをせがまれて、話を聞くどころではなくなってしまった。


 バムハルトはこの中で一番身長が高いのだ。


 ――まあ、僕の聞き間違いか何かでしょう。


 ということにしておいた。


「ブライテルさんの姿が見えないのですが」


「あいつは留守番だ。一応、人間たちがちょっかいを出してこなくなっているとはいえ、四天王全員が留守にするのはマズイと思ってよ。じゃんけんで決めた」


 絶対にお土産を買っていこうと、薫は心に誓った。


「じゃあ、みんな揃ったところで出発するわよ!」


「おー!」


 佐月にマルナが元気よく応じて、薫たちは出発した。




 ◆




 それから小一時間ばかり電車に揺られて、薫たちは今回の目的地である温泉地にやって来た。


「ここが温泉……」


 物珍しそうに、マルナがきょろきょろしている。


 佐月の魔法具を使って獣耳と尻尾を隠しているが、見えていたら激しく揺れていただろう。


「カオル、変な匂いがする!」


「温泉の匂いですよ」


「そうなの? 変なの!」


 そう言いながらもマルナは楽しそうだった。


 珍しそうにしていたのはマルナだけでなく、他の異世界組、さらには光那も同じだった。


 目を離した隙に迷子になったりしないよう、注意を払う。


 異変に気づいた。


 いや、異変というのとは少し違う。


 まとわりつくような視線だった。


 何でしょうと周囲に目を向け、気がついた。


「なるほど、そういうことですか」


 薫たち一向は、薫を除いて、みなが美形揃いのため、注目を集めているのだ。


「あの子たち、すごくかわいいんだけど!」


「ナンパしようぜ!」


「いやいや、レベルが高すぎて近づけないって」


「だよなぁ……」


「ていうか、あのおっさんは何だ?」


「荷物持ちに決まってんだろ」


「うける~!」


 確かに美形の中に冴えないおっさんがいたら、荷物持ちだと思われるのは当然かもしれない。


 薫自身はそのことをなんとも思わなかったが、そう思わない者もいた。


 クリムだ。


 大好きな薫が荷物持ち? そんなことあるわけがない。


 薫がどれだけ素晴らしい存在か、クリムは知っている。


 だから、薫を馬鹿にした愚鈍な輩を懲らしめてやりたかった。


 しかし、それをしたら薫に迷惑がかかることを、クリムは知っていた。


 ゆえに、せめて愚鈍な輩の鼻を明かしてやろうと、自分がどれだけ薫に好意を抱いているのかを語り、見せつけてやろうと考えた。


 だが、そんなクリムの思惑は、意外な者によって邪魔されることになる。


 その者とはバムハルトだった。


「カオル」


 甘い声で薫の名前を囁き、薫の腕に自分の胸を押しつける。


 今のバムハルトは、外国風の妖艶な美女だ。


 そんな人物にいきなり腕に胸を押しつけられ、薫は戸惑うことしかできない。


「バムハルトさん、な、何を!?」


「あんな奴らに、我のカオルが馬鹿にされたのじゃ。こうして見せつけて、カオルの素晴らしさをアピールするしかあるまい?」


 耳元で息を吹きかけられた。


 背筋がゾクゾクする。エッチな意味で。


「ちょ、ちょっとバムハルト! あなた、何をしていますの!? それは私の役目ですの! というか、あなたのカオル様ってどういうことですの!?」


「簡単な話じゃ。先日、我はカオルに倒された」


 覚えている。


 確かに薫はバムハルトを倒した。


「我は強い雄の子種が欲しいのじゃ」


「ここここここここここここ!?」


「クリム、にわとりみたい!」


 光那のツッコミに、普段なら笑うこともできただろうが、今の薫はいっぱいいっぱいで無理だった。


「こ、子種って……バムハルトさん、いったい何を言っているんですか!?」


「我のつがいになるのじゃ、カオル。我はなかなか良い体をしてると思わぬか?」


 ぐいぐいと胸を押しつけられる。


 信じられないやわらかさに、頭の中が沸騰しそうだった。


「そ、そそそそそそそそういうのはまだ早いと言いますか!? その、あの……!」


 35歳にもなるというのに、なんとも情けない姿である。


 だが、ここまで彼女がおらず、童貞だったのだ。


 ここまでうろたえるのは当然なのだ。


 そしてきっと、幻滅されると思ったのだが。


「ふふ、初々しい反応も嫌いじゃないのじゃ」


 そんなふうにやさしく微笑まれると、本当に困ってしまう。


「カオル様! 私! 私もおりますわ!」


 反対側の腕に、バムハルトの告白という衝撃から立ち直ったクリムが抱きついてくる。


 小学生にしか見えない外見のクリムなので、肉感的にはバムハルトには遠く及ばない。


 しかし、女の子特有の甘さとぬくもりは、薫を意識させるのに充分だった。


「うちの魔王代理はモテモテだな」


 そんな薫を見てアヴァールがワイルドに笑う。


 強い男が異性を侍らせるのは当たり前だと、その表情が物語っている。


「ま、本人は『どうして僕が!?』とか思ってるんでしょうけどね」


 対して佐月は苦笑して、弟の心情を言葉にしてみせる。


 実際、薫としては、まさしくそんな気持ちだった。


 自分は強くなどないし。


 バムハルトやクリムといった魅力的な異性に言い寄られるなど、信じられない。


 何より切実だったのは。


 クリムとバムハルトに挟まれ、オロオロしている薫を見て、マルナが面白くなさそうに頬をぷくっと膨らませていたことだった。


「カオル、顔がだらしなくなってる。ぐでぐで。ゆるゆる」


「マルナ、怒っていますよね……?」


「怒ってない」


 嘘だ。唇を尖らせている姿は、どこからどう見ても怒っている。


 むしろ激おこだ。


「何その顔。わたしは怒ってないって言ってる。というか、わたしには怒る理由がない。どうして怒らないといけないのか。むしろそう思うカオルに教えて欲しいくらい」


「そ、それは……僕がクリムさんとバムハルトさんに抱きつかれているからで……」


「正確に言って」


「正確?」


「抱きつかれて、顔をだらしなくている。すごくゆるゆる。びっくりする。信じられない」


「ご、ごめんなさい」


「謝るようなことをしてるの?」


「いや、そうじゃなくて」


「謝らないの?」


 いったいどうすればいいのか。


 助けを求めて周囲を見れば、いつの間にかみんな、お土産屋さんを覗いているではないか。


 抱きついていたクリムとバムハルトもだ。


「あー、温泉まんじゅうとかよさそうよねー」


 佐月の声は棒読みだった。


 助けは期待できない。


 むしろ彼らは野次馬根性で、楽しむ気満々だ。


「ねえ、どっち?」


 ぷくっと頬を膨らませたマルナの機嫌は、いったいどうすれば元に戻るのか。


 薫は途方に暮れつつも、果敢に奮闘するのだった。




 ◆




 ――ちなみにマルナの機嫌は、この後、割とすぐに回復する。


 薫がマルナにかかり切りになって、自分だけにかまってくれるようになったからだ。


 だが、甘い顔をするとすぐに薫はクリムやバムハルトに誘惑されてしまうからと、マルナは緩みそうになる顔を一生懸命厳しくして、薫を独占したのだった。

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