第42話 反女神②

「アヅキ様ぁ!」


 目を開けると、黒い澱みは消えて元の場所に戻っていた。人の形のまま、立ち尽くしている亜月にミィが抱きついてくる。その勢いの良さに、亜月はミィごと地面に倒れ込んでしまった。


「アヅキ様!アヅキ様!良かった!無事で良かったです!!」


 ボロボロと泣きながら縋り付いてくるミィが可愛らしくて、亜月はその小さな頭をよしよしと撫でる。


「あなたが死んでしまうかと思いました!反女神に取り込まれてから、貴方の気配を感じ取ることができなくなって!」


「うん、心配させてごめんなさい。」


「無事ならそれで良かったです!わたくしの大事な聖獣様。」


 ギュウギュウと抱きついてくるミィはまるで子供のようだ。




「…これを着なさいな。」


「あっ。」


 上からバサっと何かを被せられる。手にとって確認してみると、それは肌触りの良い真っ白なワンピースだった。


「あなた裸よ?」


「え?ひゃあ!」


 声の主に言われて慌ててミィを引き剥がし、いそいそとワンピースを着させてもらった。


「…あなた。」


「そんなに警戒しないで。もう逝くところよ。」


 ミィが宙を鋭い目つきで睨みつけている。亜月もミィにならってその方向を見ると、反女神もとい、女神の姿を取り戻した少女が呆れ顔で浮かんでいた。どうやら渡してくれたワンピースは彼女のものだったようで、女神は裸になっている。


「…あの!このワンピース!」


「もう私はいらないから。」


「…死んじゃうんですか?」


 亜月の言葉に女神が優しく微笑んで頷く。


「…ひとつの世界に、統べる女神が2人もいることは許されないのよ。それに私は罪を犯しすぎた。大いなる父神様がわたくしを許さないわ。」


 女神の体がキラキラと輝きながら光の粒になって消えていく。


「でも!」


「…亜月様。彼女はもう守るべき世界がないのです。守る世界がない女神は何の役割も持たない。役割のない女神はいずれ消えてしまうのです。だからここで見送ってあげるほうがいいんですよ。」


「ミィさん…。」


 ミィが涙目になっている亜月の頬を優しく撫でる。


「心優しき聖獣様。女神を愛する獣よ。どうか罪深き女神に最後の祝福を。」


 ミィの言葉に、亜月は自分の涙を拭いて頷いた。そして光となって消えようとしている女神のそばにより、その体を優しく抱きしめる。


「どうかこれからの旅路に幸多からんことを。…あなたの罪が許されることを祈ります。」


「ふふ…ありがとう。愛しき聖獣よ。」


 女神は一度だけ強く亜月を抱きしめると、ドンっと体を突き飛ばしてきた。


「あっ…。」


「うふふ。さようなら、幼い聖獣、アヅキ。いくら私が謀ったからって他の女に乗り換えるような男はちゃんと引っ叩くのよ。私みたいになっちゃうからね。」



「うん!さようなら!!」


 

 女神がにっこりと笑う。その瞳からこぼれ落ちた涙は綺麗な光の粒となって大空へ消えていったのだった。

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