第41話 反女神①
何かが頭の中に流れ込んでくる。それは誰かの昔話だ。
小さくて弱い女神。けれど優しい女神。彼女は世界のため、生き物のために頑張った。
けれど1人でやるには弱すぎた。
助けを申し出てくれたのは男の神。女神が世界を統べる理の中で、彼女を熱心にサポートしてくれた。そして彼女自身のことを愛してくれた。仲睦まじく世界を守っていこう。
そう思っていた。
そう思っていたのは彼女だけだった。
男の神は、彼女ではない他の美しい精霊や妖精に手を出していた。彼女に言うように、他の女たちにも「愛してる」と囁いていた。
嫌だった。やめて欲しかった。
けれど自分だけではこの世界は守れない。生まれたばかりの自分には、長く生き、強大な力を持つ男の神が必要だった。
我慢した。
我慢した。
我慢した。
我慢ならなかった。
怒りが全身を支配した。殺してやりたかった。自分をこけにする男の神も。
男の神に縋り付くしかない力の弱い愚かな女神と馬鹿にする生き物たちも。
身を粉にして彼らを守ったって無駄だ。感謝などされない。ただ嘲られるだけ。
こんなことなら。
女神になど生まれたくなかった。
こんな世界無くなればいい。
そう思った時には、もう女神ではなくなっていた。美しい女神の香りは失われて、ヘドロのような悪臭が体を包み込んでいた。
けれど、それとは逆に神としての力は何百倍にもなっていた。女神が持ち得ない、汚く澱んだ力。けれど今までの自分とは違う、たった1人で生きていける力。
「あはは!あはははは!死ね!死ね!みんな死んじゃえ!」
自分を馬鹿にして浮気を繰り返した男の神は一番に殺してやった。ヘラヘラ笑って死んでいった愚かな神。二番目は男の神が手を出した女たち。3番目は自分を馬鹿にした生き物たち。
血で真っ赤に染まった自分を見てまたも笑いが込み上げる。
「あは!私ってぇ、こんなに強ぉくなったのね!なんだってできるじゃあない!今度は私がこの世界で遊んであげるぅ!」
ゲラゲラと笑う元女神。
それが反女神の生まれた理由だった。
「…泣いてるの?」
流れ込んできた記憶が終わりゆっくりと目を開ける。黒く淀んだ空間には終わりが見えない。そして最も淀んだ黒の液体がある水溜り。その中に体を横たえているのは、美しい黄金色の髪を持つ女神。
「…女神なんて、なりたくなかったわ。」
亜月の問いかけに返事をする女は美しい瞳からポロポロと涙をこぼす。
「ただの1人の女だったら、彼を愛していられた。浮気されたって、怒って引っ叩いて反省させて。浮気相手も殴って、それでスッキリできたのに。女神という立場がそれを許さなかったの。この世界に奉仕する私は…!私は!」
慟哭する反女神。
「浮気に女神も何も関係ない。殴ってやれば良かったのよ。」
人の形に戻った亜月。全裸のまま、反女神とともに横たわる。
「そう?そうなの?そうして良かったの?」
まるで幼子のように尋ねてくる反女神に亜月は力強く頷く。
「そうよ。ボッコボコにしないから殺したってスッキリしないのよ。女神の前に女でしょ!引っ叩いてやれば良かったのよ!!!!」
「ふふ、そうね。そうだったのね。浮気者って引っ叩いてやれば良かったのね」
「うん。」
「そっかぁ。引っ叩いて怒れば良かったのね。あぁ、殺しちゃった。殺しちゃって悪いことしたなぁ。」
「そうだね。償わないとね。」
「うん。…貴方変ね。元の私に戻っちゃった。」
「聖獣は女神を守るの。貴方も守るわ。世界よりも女神の方が好きなのよ、聖獣は。」
「ふふふ。そうなのね。ありがとね。…もう臭くない?」
「すっごくいい匂いだよ。またね。」
「またね。」
反女神から女神に戻った少女はにっこりと笑った。
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