第55話 パム・アドレウスの決意


 テシウス・アドレウスを支は――支える妻にしてご主人様にしてお姉様にして飼い主、そしてイザヨイ領ティリクの森開拓団所属の癒して殴れる戦闘僧侶。

 それが私、パム・アドレウスです。

 気軽にパムちゃんとお呼びいただければ嬉しいのですが……ご領主様をはじめ、皆様、なぜか私を「女僧侶さん」と呼びます

 女狩人のノエル、女戦士のカノンとセットで「テシウスの妻三人組」扱いされがちだったから、でしょうか。

 最近は女体化したテシウス女剣士を含めてティリクの森の戦乙女ワルキューレ、アドレウス四姉妹なんて呼ばれて、四人でセット扱いです。

 いちおう、夫婦だったり奴隷だったりするので、姉妹ではないのですが……まあ、いまの私たちは姉妹のように仲が良いので、特に訂正はしません。

 あ、姉妹のように仲が良い、という言い回しに「仲の悪い姉妹もいる」と思う方もいるでしょうけれど、そちらについてはご容赦ください。比喩ですから。

 姉妹ではない私たちが、この数か月でとても仲良くなった、ということです。


 そうです。ここ数か月は、激動の期間でした。

 もともと、テシウスが「気に入った女冒険者を決闘で負かして奴隷妻にする」という、ものすごく冒険者らしい工程で成立していた私たちのパーティーですから、仲が良いとは言い難かったです。

 テシウスのことは、冒険者として強さを尊敬していましたけれど、人間としては、まあ、はい。正直、好きではありませんでしたし。

 嫌いというほどでもありませんでしたけれど、欲望にまっすぐな愚か者が、やや悪い方向に傾いていましたから、好きにはなれませんでしたね。

 ……だから、ファオネムなんかの甘言に流されて、ああいうことになったわけです。

 新たなご領主様――ケンゾー・イザヨイ様のおかげで、テシウスも私たちも生きていますけれど、ご領主様がいなかったら、どうなっていたことか。

 しかも、枯葉人になった私たちを「じゃあウチで働くか?」と軽く誘ってくださる度量の広さたるや!

 一見、世間知らずなだけにも見えますし、実際に世間はあまりご存じない(異世界出身だそうで、納得です)のですが、度量が広いのはたしかです。

 敵対していた私たちを殺さず、突き放さず、どころか、罰にならない罰を与えただけで許し、救ってくださった……この御恩、一生かけて返そうと、私たちは誓ったのです。


 そうそう、罰にならない罰――テシウスを女体化させたのは事故だそうですが、ありがたいことに、それが私たちにとって最善の救いの手でした。

 奴隷契約も逆転したため、私とノエルとカノンが主になり、テシウスが奴隷になって、私たちは今までの仕返しをテシウスにできると知りました。

 女として最大限の屈辱を。

 信じがたいほどの苦痛を。

 与えてやろうと、思ったりもしました。

 それこそ、絶世の美女となったテシウスのも考えたくらいなのですが……それは違うだろう、と結論しました。

 テシウスには、ご領主様によって、すでに罰が与えられているじゃないですか。

 ならば、ご領主様の度量の広さを、見習わなければなりません。

 テシウスを許し、愛すべきではないでしょうか――元冒険者の戦闘僧侶ではありますが、教会の教えを伝える者として、私はノエルとカノンにそう提案し、ふたりは受け入れてくれました。

 なので、愛しました。

 歪んだ愚か者がまっすぐになるまで、愛し尽くしました。

 詳細は伏せますが、いまも毎日、三人がかりで、ぐちゃぐちゃになるまで愛してやっています。

 いえ、これは仕返しではなく、愛です。ほんとうです。

 今までよくもやってくれたな、とか思っていません。

 女の子になったテシウスに、女の子のことを教えてあげる教育的側面もあります。

 調教でもないです。愛です、愛。


 ともあれ、ご領主さまのおかげで仲良しになった私たちアドレウス四姉妹は、イザヨイ領のため、一意専心で奉公させていただいています。

 たいへん満たされ、幸せな日々です。

 ただ……ご領主様の度量が広いというのも、考えもので。

 ある日、ティリクの森の開拓拠点『大鍛冶城1』の食堂で、雇った冒険者たちと一緒にロングハンドのフライを貪り食っていた私たちに、ご領主様は思いついたように言いました。


「ガッツリ開拓進められそうだし、いまのうちに全員の装備、更新しちゃおっか」

「あの、ケンゾー殿? ここにいる皆、ケンゾー殿に鍛冶を頼めるほど、資金があるわけではないのですが……」

「え? 開拓に使うんだから、もちろん無料で支給するぞ? 材料も、鱗主の素材が倉庫に山ほどあるしな」


 気軽に言いますが、鱗主の素材なんて、金級でもなかなかお目にかからない超レアもの。

 しかも、『次元砲台』ラティーシャ・ネオンプライムの装備を仕立て、新たな白金級冒険者を生み出した立役者がご領主様であることは、冒険者ギルドでは周知の事実。

 それを、無料で。

 一瞬の静寂ののち、食堂は割れるような喝采に包まれました。

 そりゃそうです。私たちも、冒険者時代なら両手を上げて叫んでいたでしょう。

 ……ですが、いまの私たちは違います。

 盛り上がる冒険者たちをよそに、姉妹たちに目配せし、うなずき合います。

 ご領主様の度量の広さにつけ込んで、我欲を満たそうとする愚か者が出てこないよう、我々が注意しなければなりません。

 もし、注意しても止まらないような愚か者が出てきた場合は……お優しいご領主様の目に入らないうちに、する必要も、あるやもしれませんし。

 汚れ仕事は、どうぞ、私たちにお任せください。

 だって、私たちは――生涯をかけてご恩を返し、奉公すると決めた、仲良しな咎人アドレウス四姉妹なのですから。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る