第54話 ケーブルおじさん


 今回はアポなしで『大鍛冶城1』に来たのだが、馬車を確認した見張りが呼んでくれたらしく、門前でテシ子ちゃんが「ようこそ、ケンゾー殿!」と出迎えてくれた。

 ……のは、いいとして。


「テシ子ちゃん、なんでキミまでメイド服なんだい?」


 しかもフリルふりふりなミニスカバージョン。

 見た目だけは『くっ……殺せ!』とか言いそうな金髪碧眼の美少女剣士であるテシ子ちゃんが、アキバの路上で違法な客引きを行うコンセプトカフェ嬢みたいな安っぽいメイド服を着ているのは、こう、危険な雰囲気を感じる。

 たぶんぼったくりだ。六か月くらいで店の名前が変わってるタイプの店だ。

 テシ子ちゃんはミニスカのフリルを手でつまんで振った。


「先日、お姉様たちが街に戻った際、コルン殿を見て『これだ!』と思ったそうで。私をかわいが――私に似合うと思って、買ってきてくださったのです」


 ちらりとガーターが見えたけれども、テシ子ちゃんのチラリズムはあんまり嬉しくないな。

 元を知っているからだろうか。


〈かわいがる用だってことはわかったけど、高かったんじゃないの?〉

「フリルがこれだけついていますからな。値段については、まあ……」


 この世界、転生者たちがいろいろ技術を持ち込んではいるが、個人使用の範囲を出ないものが多く、フリルなどの高度な縫製技術を要するものは、高級品なのだ。

 女僧侶さんたち、テシ子ちゃんをかわいがるために金をかけすぎだろう。

 これまでの扱いに対する反発なのはわかるけれども。


「でも、それならば、なぜ今も着用されているのですか? 直前までお楽しみでいらしたのでしょうか」

「コルンさん、ド直球で聞くねェ」

「いえ、私がこの服装でいると、冒険者どもの士気が上がるのです。男というものは単純ですな」


 きみも元は男だろうに。

 いや、男だからこそ、男の欲望をうまく扱えるのか。


「して、ケンゾー殿。予定外の来訪、どのような理由でしょうかニャン」

「二度とニャンを付けるな。……クラフトエナジーを、城壁の外部に供給する方法がわかったんだ。『魔除けの石灯篭』も増産する。しばらく泊まり込むから、よろしくね」

「了解いたしましたワン」

「ワンも付けるな、二度と」


 ともあれ、馬車を馬ごとテシ子ちゃんに託して、俺とファビは地下に向かう。

 コルンさんは『大鍛冶城1』の掃除と、料理に取り掛かった。

 せっかく大きなロングハンドの腕があるのだから、冒険者さんたちにも料理を振る舞ってもらうつもりだ。

 『大鍛冶城1』の地下にも、しっかり『クラフト・リアクター』があることを確認する。

 冒険者さんたちは、城内に入らないため(領主の家に勝手に入ると後が怖いから、だそうだ)、こちらも長らく未発見だった。

 『クラフト・リアクター』の本体から伝導ケーブルを伸ばして、開拓領域を広げていく必要があるわけだが。

 ケーブルは量産しなければならないが、俺がケーブルばかり作るわけにもいかない。

 いずれ来たる弟子が最初に作れるようなものが理想だ。


「ティリクの森で安定的に採取、採掘可能な素材で、なおかつ複雑な工程なしで作れるケーブル……が、条件だな」

〈ハードル高いね〉


 あくまで理想だけどな。

 保管庫に上がって、冒険者さんたちが集めた素材を手あたり次第に触ってクラフトレシピを解放していく。


〈コカトリスの羽、ワイルドボアの牙、その他たくさんのモンスターたちの毛皮……工業向けには見えないけど、ほんとうに使えそうなのある? そっちの瓶の中身はなに?〉

「ヒトノミカヅラの溶解液だそうだ。……ふむ、これは使えるかもしれん」

〈マジ?〉


 マジ。

 ありったけの瓶をカートに積んで、鍛冶場へ。

 そのタイミングで、テシ子ちゃんと女戦士さんが鍛冶場にやってきた。

 「いらないと思うが、いちおう護衛として」と。

 俺にはファビがいるからなァ……。

 ふたりを横目に、作業開始。


〈ねえ、テシ子。ヒトノミカヅラって、どんなモンスターなの?〉

「自在に動く根で歩き回り、ツタで自分より小さな生物を捕えて呑み込んで溶解液で溶かして食らう、肉食の植物型モンスターです」

「ティリクの森ン中じゃ、雑魚の部類だな」


 女戦士さんが腕組みして言う。


「植物型だが、群れねえし、動きも遅いし、毒を撒いたり胞子を噴いたりもしねえ。ツタを引きちぎれるパワーがあれば、力押しで何とかなる。銅級の冒険者でも、前衛なら単独で倒せる程度だ」

〈ほかのモンスターに倒されて絶滅したりしない?〉

「ほかのモンスターは、わざわざ草を殺して回ったりしませんから」

〈あー、なるほど。じゃ、溶解液って、何に使うの? 採取してるってことは、使うんでしょ?〉

「たしか、なんらかのポーションの素材になるとか」

「ギルドもあんまり買い取り金額つけてくれねえけど、倒した以上はいちおう採っとくかぁ、みたいな感じでな」


 酸性溶液だから、使い勝手は悪くなさそうなものだが、まあ冒険者が持ち運ぶのは、リスクのほうが大きいか。

 かばんの中で瓶が割れたら、他のアイテムにすごい被害が出るだろうし。

 話を聞きながら、小さめの『魔石』をいくつか、酸性の『溶解液』に漬ける。

 溶かすわけではなく、洗浄するためだ。

 不純物を可能な限り取り除くことで、『魔石』の純度を上げようという試みである。

 高純度の『魔石』がなくても、低純度の『魔石』を複数集めることで、質を上げるわけだ。

 あとは……。


「金属だな。できればアルミか銅が欲しいんだが……」

〈相棒、その前に、ほら〉


 ファビが俺の作業を止めた。

 視線を上げると、コルンさんが鍛冶場の入り口でにっこり笑っている。


「皆様、ご飯のお時間ですよ。ご一緒にいかがですか?」


 というわけで、クラフトは小休止である。


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