第53話 観戦おじさん
ロングハンドが『コケェ!』と鳴いて、両腕を振りかぶる――よりも、早く。
「まずは『肉叩き』にて――下準備を」
コルンさんが、三枚の輝くカードから一枚を選び取り、振り抜いた。
直後、ロングハンドに強烈な打撃が襲い掛かり、巨体をたやすく吹き飛ばす。
「おお……!」
銀色の光で形作られた、打撃面に凹凸のついた巨大なハンマーのような武器。
いつの間にか生成された宙に浮くソレが、コルンさんのカードの振り抜きに対応するように、ロングハンドをぶん殴ったのだ。
〈へえ。言葉通り、肉叩きだね。お肉を叩いて筋を壊し、柔らかくする調理器具。宝物庫の扉を破ったのも、あの武器なのかな〉
「かもなァ」
俺も、ダークエルフの厨房魔術――【マジカルキッチン】について、詳しく知っているわけではないが。
たしか、ゲーム筐体に『マジカルクックカード』を読み込ませると、いろんなアクションができるようになるんだっけ。
銀色のカードが『マジカルクックカード』なのだろうか。
カードと肉叩きが、銀色の光に溶けて霧散する。
残ったカードは、二枚。
「続いて、『包丁』にて――乱切りを」
吹き飛ばされ、体勢を大きく崩したロングハンドに、コルンさんは次のカードを振り抜いた。
銀光の巨大な包丁が、瞬時に生成される。
ロングハンドは獣らしい機敏な動作で、崩れた体勢のまま、両腕で包丁に殴りかかったが――相手は刃物。
包丁が、両腕をズパッと切り落とす。すさまじい切れ味だ。
腕を失ったロングハンドが、『ゴケァアアッ!?』と絶叫してのたうち回るが、コルンさんは手を緩めない。
間髪入れずに、最後の一枚を二本の指で挟んで、振り抜いた。
「最後に『オーブン』にて――しっかりローストいたしましょう」
ロングハンドを取り囲むように、銀光の四角い箱が組み上げられ、ひときわ強く輝く。
ボッ! と、音が聞こえるほど激しく、銀光オーブンの内部で炎が上がった。
……数秒後、銀光が霧散したあとに残ったのは、無残な黒焦げのロングハンドだけ。
こう言っては失礼だが、驚いた――ほんとうに、強いじゃないか。
コルンさんは、ほう、と残念そうな顔で息を吐いて、頬に手を当てた。
「もう少し、小ぶりで若い馬食いでしたら、体も食材にできましたのに」
「あー、腕以外はニワトリだし、うまそうっちゃ……うまそうなのかなァ?」
〈正気度低そう〉
「いえ、実は腕がいちばん美味しいと言われております。筋肉質で食べ応えがありまして。だから先に切り落としておいたのです。……少々お時間をくださいませ、血抜きして『大鍛冶城1』へ持っていきましょう」
あのマッチョな腕がうまいと?
正直、あんまり食べたくはないが、料理上手なコルンさんが言うなら、本当に美味いのだろう。
両腕をロープで吊るし、手際よく血抜きを行うコルンさんを横目に、俺は黒焦げの死体を街道の脇へ押しやっておく。
虫や動物やモンスターがなんとかしてくれるだろう。たぶん。
〈ねえ、相棒。おいしいって、どんな感じなの?〉
ふいに、ファビがそんな質問をしてくる。
なんだなんだ。
……ああ、そうか。メシを食えないもんな、ファビは。
「うまく言えねえけど、こう、幸せでいっぱい……みたいな?」
〈ふぅん。そうなんだ。よくわかんないや〉
……もしかして、だが。
やっぱり、ファビは肉体が欲しいんじゃないか?
でも、こないだはいらないって即答していたし……ううむ、どう話しかけたものか、わからない。
その後、コルンさんが戻ってきたので、馬車の座席に長い腕を積み込み、俺たちはまた馬車を進め始めた。
ファビに「やっぱりカラダ欲しいんじゃないか?」と聞くべきだと思ったが、ふたりきりのときに聞いたほうがいい気もする。
だから、結局。
「あー……。その、コルンさん。この腕、どうやって食うんです?」
「衣をつけて揚げるとおいしいですよ。でも、この量ですから、ローストやミンチなど、いろいろ作らないと飽きてしまいそうです。……あ、骨からいいスープが取れますから、ラーメンの研究にも使えるかもしれませんね」
「ラーメンの! ははあ、それは……ラティーシャちゃんに教えてあげないといけませんねェ」
「ええ、そうですね。いつも、がんばられているラティーシャ様に、ラーメンを作って差し上げたいものですけれど、やっぱり材料費が――」
と、関係ない話に逃げてしまう俺であった。
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