第52話 馬車おじさん


 今回からは、なんと馬車移動である。

 出発前に木材と鉄の端材でサクッと馬車を作り、馬は街の衛兵から引退した軍馬を借りた。

 試作型の自転車よりも、やっぱり馬だよな。


 余談だが、ファオネムとの決戦時、ラティーシャちゃんが蹴散らした衛兵たちは、再び俺が雇い直した。

 彼らは兵士の仕事をしただけの、ザルツオムの大事な住人だ。

 イザヨイ領が開拓で儲けた金を、給料という形で受け取り、街で消費して住民に還元してくれる、いまのイザヨイ領ではとても貴重な人材なのだ。

 ファオネムは兵に払う賃金もかなり渋っていたらしく、領主が代わったことを「新領主はうさんくさい男だが、少なくとも税率を下げただけファオネムよりマシ」と現実的な理由から受け入れてくれている。

 いずれは信用できる兵士を見つけて、『大鍛冶城2』の警備や領兵団の再編も必要なのだが……現状、城に住んでいるメンバーが強すぎて、護衛の必要性が薄いのだ。

 しかし、兵とは王を守るものではなく、領を守るものだと、俺は思う。

 夏の終わりまでには、領兵団の再編も終わらせたいものだ。


 ともあれ。

 『魔除けの首飾り』を取り付けた、快適な馬車の旅である。

 ありものでサクッと作った馬車ではあるが、そこはクラフトレベルの暴力で、ラティーシャちゃん曰く「最高級品のひとつ上くらいの馬車」に仕上がっている。

 なお、やっぱり俺は馬を扱えないので、御者は隣に座るコルンさんに任せっきりだ。


「……あの、ケンゾー様? 主がメイドと一緒に御者席に座るのは、どうなのでしょうか」


 隣に座っているということは、とうぜん、俺も御者席にいるわけである。


「いや、自分で作っといてなんですが、馬車の個室でひとりってむなしいんですよねェ。なんか喋るにしても、隣のほうがいいかなって」

〈そういうひとなんだよ、相棒は。領主っぽくないよね〉


 すいませんね、威厳がなくて。

 コルンさんは「うふふ」と上品に笑った。


「あ、そういえば、わたくし、ファビ様の記憶を戻す方法に心当たりがあるのですが」

「へー、そうなんですね。……えッ!?」

〈さらっと言うじゃん。ホントにファビの記憶、戻せるの?〉


 いぶかしげな声で、ファビが問う。


「戻せるかもしれない、程度ですけれど。ダークエルフの集落に『魂見月鏡たまみのつきかがみ』という宝具があったのです。往古、星生みの女神様より賜ったとかなんとかで、魂を見る力で映ったものの経歴を確認できるとかどうとかです」

〈説明がふんわりしてる……〉

「申し訳ありません、月祭りの相手の一次選考の際、長老たちが持ち出すところを見る程度でしたので、詳しい仕様については……」


 選考あったんだ。しかも、一次で魂見るんだ。

 そういう宝具を持ちだすのって、だいたい最終選考じゃないのか。


「うふふ、懐かしいですね。最終選考は長老たちによるで――」

「うーん、その話はやめようか!」


 コルンさんは隙あらば話がそっちに飛んでいくので、注意が必要である。


「ともかく、集落の跡地になら、その宝があるかもってこと?」

「三百年経ちますし、砕けている可能性が高いと思いますけれど、探してみる価値はあるかと存じます」


 そうだな。

 欠片でも手に入れば、俺が再現できるかもしれないし。


「じゃ、『魔除け』の範囲を広げる方向は、ゴブリンの巣穴があった方角からにしよう。少しでも可能性があるなら、ファビの記憶を戻してやりたい」


 そう言うと、ややあってから〈ねえ、相棒〉とファビが呟いた。


〈相棒は、そんなにファビのことが、知りたいの?〉

「うん? そりゃ、あたりまえだろ」

〈……どうして?〉

「どうして、って、そりゃお前、家族のことは――うわッ!?」

「あらあら」


 セリフの途中で、驚いて御者席から落ちそうになった。

 いきなり、街道の横合いから、巨大なナニカが飛び出してきたのだ、そりゃビックリもする。

 その巨大なナニカは両腕を振りかざして「コケェ!」とデカい奇声を上げた。


「に、ニワトリぃ!?」

〈モンスターだね、相棒。タイミングが悪いったらありゃしない〉


 それは、翼の代わりに巨大で筋骨隆々な両腕を生やした、全長三メートルのニワトリっぽいモンスターだった。

 羽毛がびっしり生えた白い両腕には、きっちりと指が五本あるあたり、シンプルに怖い。

 コルンさんが頬に手を当てた。


「困りましたわ、馬食いアルゴトゥラとは。ええと、図鑑に載っていた当世風の呼び名は……ロングハンドでしたっけ。大好物の臭いに釣られ、たまらず出てきたようです」

「おっとり言ってるけど、ヤバくない?」


 馬食うのかよ、このニワトリ。

 両腕でがっちり捕まえて、くちばしで啄んだりするんだろうか。

 想像するだけで絵面が怖い。


〈『魔除けの首飾り』が効いてないの?〉

「『魔除けの石灯篭』ほど出力ないからねェ……。好物が歩いてたら、さすがに引き寄せられちゃうか」


 なんにせよ、借りた馬を傷つけられるわけにはいかない。

 御者席から立ち、腰の『次元刀』を確かめる。


「ファビ、さっさと倒して進もう」

〈了解、相棒〉


 しかし、馬車から降りようとした俺の腕を、コルンさんが掴んだ。


「コルンさん?」

「ケンゾー様もファビ様も、どうぞ、楽になさってください。この程度であれば、主の手を煩わせるまでもありません」


 コルンさんが、メイド服の裾を翻して、御者席から飛び降りた。

 おっとりしているから忘れていたが、この人はダークエルフ。

 身体能力は人間の数倍あるそうだし、なにより、【マジカルキッチン】の技能を引き継いでいる。

 つまり、正太郎くんがいうところのの要件を満たすかもしれない、数少ない存在なのである。


「ファビ、ヤバかったら助けに入ろう」

〈必要ないと思うけど、了解〉


 コルンさんが、褐色の手をゆらりと振る。

 振った手をなぞるような軌跡で、光り輝くカードが三枚、横一列に宙に浮かぶ。


「あら、いいカードが引けましたね。では――ダークエルフの厨房魔術、お見せいたしましょう」


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