第50話 セクハラ(される)おじさん
餃子争奪戦争終結後、ほっこりと食後のコーン茶をいただいていると、コルンさんが「そもそもの質問なのですけれど」と手を挙げた。
「ケンゾー様は、どのような女性がお好みなのですか?」
「……その質問、答えないとダメ?」
「ダメなのです! ほら、貴族からの縁談を断るかどうかの判断基準にもなるのですし、知っておく必要があるのです! 秘書として!」
〈世継ぎ問題解決の糸口になるかもしれないしね、うんうん〉
「おふたりとも、今まで聞いていらっしゃらなかったのですね。もしかして、聞くのが恥ずかしかったのですか? うふふ、おかわいらしいですこと」
ラティーシャちゃんは顔を赤くして背け、ファビは〈ぴゅひゅー〉と口笛を吹いた。
ぜったいにただの言い訳だな、ラティーシャちゃんとファビのセリフは。
しかし、好みか。好みなァ……。
「こう、面倒見が良くて、俺のダメなところを叱ってくれる、姉さん女房的なひとがいいなァ」
「ケンゾー様は、自分で引っ張っていくのは、苦手ですか?」
「流されるままの人生だったからねェ。逆に、俺がガンガン引っ張っていけるような女性も、それはそれで相性がいいのかもしれないけど」
「うふふ、そうですか。では、外見的な好みは、どうですか? 豊満な方がお好き? それとも、すらりとした方?」
セクハラ質問ですよ、それ。
コルンさん、おじさんに対してそういう質問はおやめください。
「俺、もしかして……?」とか思ってしまうので。
「……まあ、人並みに豊満な女性が好きではありますけれども」
「ボク、今日から研究内容を次元魔術ではなく豊胸魔術にするのです」
〈絶対にむなしくなるからやめなよ。そのままのラティーシャでいいんじゃない? カラダ自体がないファビと比べたら、成長するぶん、まだ目があるよ〉
俺もラティーシャちゃんもコルンさんも、思わず会話を止めてしまった。
ファビにしては珍しく、自虐的な発言だったからだ。
〈なに? どうしてお喋りをやめるのさ〉
「……なあ、ファビ。おまえ、その。人間の体が欲しいのか?」
〈欲しくない〉
即答だった。
〈だって、鎧じゃなくなったら、相棒のいちばん近くにいられないでしょ〉
自虐的な発言から一転、いつものファビである。
ちょっと安心。
ラティーシャちゃんも、ほっとした表情で微笑んでいる。
「そういう態度の方が、ファビさんらしいのです。……そういえば、ファビさんって、どちらの方なのでしょうか」
「どちらの、って?」
「こちらの世界と、ケンゾーさんがいらしたチキュウのニホン。どちらなのかな、と」
地球と、この世界。
ファビがどっちの英霊だったのか――か。ふむ。
「そりゃ、地球じゃない? ファビ、地球の知識あるだろ。歴史とか、文化とか」
〈うん、あるけど……〉
「では、ファビさんは地球の英霊なのですね。さすが、技術的にも進んでいる世界だけあって、英霊も強いのです!」
〈……ま、まあね! 地球にだって、強いひとはたくさんいるんだよ。呂布とか、武蔵とか、海賊狩りとか〉
最後のはマンガのキャラだろ。実在してないぞ。
それはさておき、ファビがどこの英霊だったのかは気になるなァ。
どことなく和風な印象あるし、関ヶ原とかで戦った英傑なのだろうか。
筋トレの足りないおじさんの肉体でテシウスくんを下したファビなら、文字通りの一騎当千、八面六臂の大活躍だっただろう。
ほわんほわんと想像していると、ファビが〈ごほん!〉とわざとらしく咳を打った。
〈ていうか、いまは相棒の話だよ! どうなの、ラティーシャにデカいおっぱいとお尻がくっついたら、結婚できる?〉
「いやァ、さすがに、そこ基準で判断してないっていうか……」
「じゃ、じゃあ、ボクのどこが不満なのです!? ちんちくりんな肉体以外はパーフェクトなこのボクの、どこが!?」
何気に自己評価がめちゃくちゃ高い。
だけど、そうじゃないんだよなァ……。
不満なんて、あるわけがない。
「そもそも、そういう相手として見れないっていうかさァ。ふたりのことは、家族だと思ってる。けど、嫁にするとかそういうのは、違うんだよ。あ、勝手にで恐縮ですけど、コルンさんのことも、一緒に住む以上は家族だと思ってますんで」
コルンさんは、「まあ」と頬に手を当てて嬉しそうに微笑んだ。
「わたくしも、新しく家族と呼べる方々ができて、大変嬉しく思います」
そう言ってくれるなら、こちらとしても嬉しい限りである。
……ただ、他のふたりは、そうではなかった。
「また娘扱いなのです」
〈相棒さぁ……。ふんだ〉
ふたりの不満げな声に、申し訳なさがこみあげてくる。
もちろん、家族の中で、どの立ち位置でいたいのか――俺と二人の間に齟齬があることはわかっている。
それでも、俺にはそう言うしか、ないじゃないか。
だって、俺は……ただのおじさんだ。
偶然、変なゲームをやり込み続けていただけの、冴えない三十五歳でしかない。
ふたりと釣り合えるような人間では、ないのだから。
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