第49話 メイドを雇ったおじさん
コルンさんは、メイドとして非常に優秀だった。
自分のことを「集落からほとんど出たことのない田舎者」と称している通り、実際、街の暮らしに不慣れな部分はあったが、とにかく要領がいい。
一度、教えさえすれば、大抵のことは難なくこなすのだ。
『大鍛冶城2』での掃除や洗濯に関しては、教えた俺やラティーシャちゃんが敗北感をおぼえるほど、丁寧かつ迅速にこなしてくれる。
それだけでなく、街で商人からマナーの教本などを仕入れて読み込み、自ら学ぶ自主性まであって、雇用主としては「優秀すぎて転職されそう……!」と戦々恐々である。
そんなコルンさんの優秀さの中でも特に秀でているのは、やはり料理だろう。
「ケンゾー様から『ギョーザ』なるお料理のお話を伺ったので、本日はそちらを再現してみました。お口にあえばよいのですが……」
「うっま!」
執務後、夕食を食堂でいただくのだが、異世界とは思えないほどいろいろな料理が出てくるのだ。
コルンさんを雇ってから、QOLが爆上がり中である。
今日の餃子も、なんとなく「こういうやつ」と伝えただけなのに、かなり記憶通りのものが出てきた。すごい。
そんなすごいコルンさんは、今日はテーブルの脇で笑顔で控えている。
一緒に食べる日もあるのだが、曰く「マナーの練習ですので」と、こうしてメイドの立ち位置で、かいがいしくお世話をしてくれる日もあるのだ。
すっかり胃袋を掴まれた、食べ盛りのラティーシャちゃんも、パクパクもぐもぐとものすごい勢いで餃子を吸い込んでいる。
いいぞ、いっぱい食べなさい。作ったの俺じゃないけど。
「コルンさん、ラーメンの再現はいかがなのです? ボクはもうあの味を忘れられないのです……!」
「作るたびに獣骨を消費するのは、値段が高すぎだと思います。研究するにしても、もう少しイザヨイ領が裕福になってからでないといけません」
あと、こうやって締めるところを締めてくれる。
ラティーシャちゃん同様、得難い人材である。
「なら、ケンゾーさん! 獣骨を無限に出す魔道具を作ってください!」
「そういうの作っちゃダメって、ラティーシャちゃんが決めたんだろ」
『玉蜀黍小惑星』のような、俺しか作れない――素材である『次元珪砂』が手に入らない限り、俺にも作ることができない――設備に資源調達を頼ってしまうと、設備が壊れたり、俺が死んだりすると、取り返しのつかないことになる。
持続可能なイザヨイ領が、今後の発展のテーマなのだ。
もちろん、俺もラーメンが食いたいし、畜産改革や商業ルートの拡大にも手を入れるつもりだが、まずはファオネムが好き放題減らした人口を戻すため、ティリクの森の開拓事業を軌道に乗せて、収益を黒字に持っていくところから、だ。
「うう……。で、では、商人に材料を頼んで、たまのぜいたくにラーメンというのは、いかがなのです? 材料費はボクが出しますので」
「カロリーに飢えてるなァ、ラティーシャちゃんは」
「たくさん食べて、身長を伸ばすのです! ……コルンさんみたいに、胸とおしりもデカくするのです」
ラティーシャちゃんは、横目でコルンさんの全身を舐めるように見て、餃子を頬張った。その食い方はやめなさい、なんかいかがわしい。
「あら、ラティーシャ様は、わたくしのような体形がお望みですか」
「だって、ケンゾーさん、明らかにコルンさんをチラ見する回数が多いのですよ。コルンさんみたいなカラダが好みなのです」
「ぶふッ」
危うく、餃子を噴きそうになった。
俺、そんなにチラ見してる!?
いや、掃除中や料理中のコルンさんを見かけると、たしかに「デカいなァ」と思ってしまうが、何度も見ているわけでは……。
おそるおそるコルンさんを見ると、「あらー」と頬に手を当てて微笑んでいる。
もしかして、コルンさんは気づいておらず、冗談だと思っている……?
「たしかに、かがんだときや伸びをしたとき、わたくしのお尻やお胸に熱い視線を感じますけれど、わたくしばかりではございませんでしょう?」
「いいえ、コルンさんばっかりなのです。ボクが勇気出して短いスカート履いたときだけ、ようやく太ももをチラチラ見るようなひとなのに、コルンさんはメイド服の上からめちゃくちゃガッツリ見ているのです」
「なんかもう、ふたりともごめんなさい……」
許してくれ。愚かなおじさんの獣性を。
見ちゃダメだとはわかっているんだが、こう、本能的に見てしまうのだ。
「いえ、わたくし、ケンゾー様に見られると大変うれしゅうございますので、謝られる必要はございません」
コルンさんは、どこからか一冊の本を取り出した。
最近勉強中の現地語で『なれる!メイド道』と書かれている。
「下町にて商人様から購入した、この指導書によりますと……見られるだけでなく、触られたり子作りしたりするのも、メイドのお仕事だということですから」
「それは違います」「違うのです」〈違うよ〉
「あら、全否定ですね。残念ですわ。でも――」
コルンさんは、そっと俺の耳元に口を寄せた。
「――寂しい夜は、いつでもわたくしをお呼びつけくださいませね、ご主人様」
「ごしゅッ……! その、勘弁してください、コルンさん……」
グッと来すぎて、ダメだ、もう顔を背けることしかできない。
いい大人が手玉に取られっぱなしである。
……コルンさんの方が四百二十歳ほど年上なので、当たり前ではあるのだが。
見た目的には、俺より若いくらいだから、どうしてもこう、反応してしまうというか。
「むぅ。ボクのときと反応が違うのです。やはり大人の魅力……!」
〈相棒、要するに外見年齢が同年代か、ちょい上か下か、くらいじゃないと、『倫理観フィルター』がかかっちゃうんだろうね。うかうかしていられない、かっさらわれちゃうよ、ラティーシャ。どうする?〉
「大人に……大人になりたいのです……! そのために、まずはいっぱい食べるのです!」
〈ダメそうだ……。ファビがなんとかするしかないのかな〉
ファビがデカい溜息を落とす。
コルンさんが、またテーブルの脇にポジションを戻していたので、俺も背けていた顔を正面に向ける。
わかっているのだ、俺の態度が問題なのは。
「いやねェ、おじさんもそろそろ進退を決め――オイ誰だ俺の餃子に手を出したのは」
〈ファビじゃないよ〉
だろうね。食事必要ないもんな。
そっちがその気ならいいさ、今日の餃子争奪戦争は、苛烈さを極めることになるだろう……!
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