第48話 昔話を聞くおじさん


「……うん。わかった、知っている限りを話すよ。僕が聞いた話だと、鱗主から逃げて最初の数年は、ティリクの森の近くの、いまはもうない国の村で過ごしていたそうだ」


 正太郎くんは、懐かしむように語り出した。

 ドゥオルンさんは、集落からほとんど出たことのないダークエルフで、外界に疎い。

 しかも、森には封印状態の娘を置いて来たのだ。感情的にも、森からは離れにくいよな。


「できれば、その村で子を作って、鱗主が森を離れるのを待つつもりだったらしい。いきなり現れた竜の群れだし、いきなり去るだろう……って」


 その予想は、裏切られたことになる。

 俺が転移してきたつい先日まで、あの森は鱗主の縄張りだったわけだし。

 『大鍛冶城1』から数十キロ離れれば、また別の鱗主の縄張りにぶつかるらしいし。

 去らなかったのだ、あの竜どもは。


「ある時、ドゥオルンはたまたま用事があって、大きめの街に行った。そして、『月祭りの相手にできるくらいの英雄なら、だいたいは冒険者なのでは』と気づいた。で、そういう相手と出会うため、自分も冒険者になった。でも――」


 正太郎くんは苦笑する。


「――ドゥオルンは、優しすぎたんだ。力はあったけど、冒険者には向いていなかった。それもあって、僕が彼女を見つけるまで、ちょっと時間がかかっちゃったんだよな。金級になるのに百年もかけた冒険者なんて、後にも先にもドゥオルンだけだ」


 なかなかマイペースなお方だったようだ。

 コルンさんがおずおずと手を挙げた。


「あの、冒険者というのは、依頼主のお願いを聞き、その褒賞金で生計を立てる者たちのこと……ですよね? わたくしほどではありませんけれど、のんびり屋だった母に難しいクエストができるとは……」

「討伐とかの、通常のクエストは、ほとんど受けてなかったよ。メインの仕事は、いわゆる出張料理人だね。各国の貴族のところへいって、料理を作る依頼が多かった」

〈料理? それもクエストになるの? ……ああ、食卓外交か。なるほど。フリーで高名な料理人は、さぞかし使い勝手が良かっただろうね〉


 ファビが勝手に疑問して勝手に納得しているので、俺も「なるほどな」と呟いておいた。

 ……あとでこっそり、どういう意味なのか聞いておこう。


「たしかに、わたくしや母だけでなく、ダークエルフはお料理が得意な種族です。でも、人間の貴族様のお眼鏡にかなうほどだとは……」

「人間の街で多様な食文化に触れて、ドゥオルンの料理技術はどんどん向上していたから。……向上というか、レベルアップか」


 正太郎くんが、俺のほうを見てにやりと笑った。


「剣三くん、うすうす気づいていたと思うけど、ダークエルフはあるゲームシステムと密接につながっている存在だ」

「ももも、もちろん気づいていたさ!」

〈相棒さぁ〉


 い、いや、【ウィザーズ&ウォーリアーズ】回数制の魔術とは別の『ダークエルフの古代魔術』に、若干の違和感を感じてはいたし、ゲームシステムのことを知っていたから「なにか関係はあるんだろうなァ」とは思っていたけれども。

 密接につながっている、とまで断言されると、うろたえてしまう。


「僕が転生してきた五百年前よりも、さらに数十年か数百年か昔、ダークエルフの集落にひとりの転生者がやってきた――んだろうな。そいつのシステムを、ダークエルフは継承、模倣して……けれど、閉じたコミュニティだから、外には流れなかった」

「それが、ボクら人類には『ダークエルフは古代から続く独特な魔術を扱う』ように見えていたのですね」

「そういうことだ。剣三くんも、ゲームタイトルは聞いたことがあると思うぞ? ダークエルフが転生者から引き継いだシステムは、【マジカルキッチン~プリンセス・オブ・ボナペティへの道~】だから」

「な、なんだって!? あの名作女児向けアーケードカードゲームだと!?」

〈なんそれ〉

「また知らない単語が増えたのです」

「わたくしたちの魔術って、そんなお名前だったのですか……?」


 【マジカルキッチン~プリンセス・オブ・ボナペティへの道~】は、デパートのおもちゃコーナーとかに置いてある、子供向けの筐体型ゲームだ。

 遊ぶとトレーディングカードが出てきて、集めたカードでデッキを作って対戦し、最強の魔法少女を目指す……みたいなゲームだったはず。

 たしか、お料理のお姫様を目指す魔法少女が、魔法少女同士で美食バトルを繰り広げるストーリーだったかな。

 美食バトルに負けると魂を奪われたり、勝っても魔法のおたまステッキに徐々に人間性を吸い取られたりする設定が「なんでそこだけ本気を出した」「女児向けって言葉の意味知ってる?」とネットで話題になっていた記憶がある。

 テレビCMもばんばん放送されていた、ビッグタイトル。

 フリーの鍛冶商店経営ゲームとは、文字通り格が違う。


「……脱線したね。話を戻そうか。ドゥオルンは、そうやってお金を稼ぎながら、月祭りの相手を探し……僕と出会った。それからは、さっき言ったとおりだ。旅をして、子供を作って、ティリクの森にも来て……うん」


 正太郎くんの言葉尻に、悔しさがにじむ。

 コルンさんを、会わせてあげたかったのだろう。


「……ドゥオルンは火葬して、灰はティリクの森に撒いた。そうするように、言われていたから」

「ダークエルフの伝統的な埋葬方法です。では……母は、いまも、森にいるのですね」


 メイド服の胸元に手を当てて、コルンさんは微笑んだ。


「ありがとうございます、ギルマス様。母は、幸せだったのですね」

「……うん。いろいろあったけど、幸せに出来たと思う。さて、コルンちゃん。これから、どうする? 僕は、できれば一緒に、ギルド本部まで来てくれると嬉しいんだけど」


 コルンさんは、ふるふると首を横に振った。


「わたくし、ザルツオムにとどまりたいと思います。すっかり様変わりしてしまいましたけれど、ティリクの森こそが、わたくしたちの故郷ですもの。それに、助けてくださったケンゾー様へのお返しが、まだできておりませんから」

「そっか。じゃ、また今度、娘や孫たちを連れて、ここに来るよ。……誰に似たのか、放蕩者ばかりで、連絡に時間がかかりそうだけど」


 それはアンタに似たんだろう。

 ……アンタと、ドゥオルンさんに。

 正太郎くんは、ふいに俺を見た。


「剣三くん。僕にとってコルンちゃんは、娘も同然の相手だ。よろしく頼むよ」

「おう。任せな。きっちり面倒見るよ」

「あと、コルンちゃんは大人の女性だし、だれと月祭りするかは本人の自由だけど……半端な覚悟で手を出したら、どうなるか。わかってるね?」


 そう言って、にっこりと笑う。

 ショタながらも圧のある笑顔に、俺はただうなずくことしかできなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る