第47話 話を聞くおじさん


「あのさー、最初に『氷漬けのダークエルフを保護しています』って言っといてくれたらさー、ギルド本部とザルツオムを行ったり来たりしなくて済んだのにさー」


 ザルツオムにコルンさんを連れ帰り、ギルド本部宛に手紙を出してから、一週間後。

 ギルドマスター、落合正太郎くんは、おっとり刀で駆け付けて、開口一番文句を言った。

 ……おじさん、おっとり刀って「ゆっくり余裕をもって」的な意味だと思っていたんだけど、ほんとうは「緊急出動」みたいな意味なんだってね。

 押っ取り刀――武士が、ほんとうは腰に差すはずの日本刀を、手に持って駆け出すようなニュアンスだとか。

 手紙がギルド本部に届くまで、一週間ほどかかるという話だったのに、正太郎くんは文字通りグリフォンに乗って飛んできた。

 ザルツオムの『大鍛冶城2』で書類とにらめっこしていたら、上層階にある執務室の窓をノックしてくるものだから、大変驚いた。おっとり刀にもほどがあるよなァ。

 ひとまず食堂に通して、コーン茶をお出ししてみた。

 炒めたコーンを煮出しただけの、簡単なノンカフェイン飲料である。


「で、剣三くん。そのダークエルフ、コルンちゃんは、いまは?」

「すぐにラティーシャちゃんが連れてきてくれますよ。彼女、無償で居候するのも悪い……というので、『大鍛冶城2』で働いてもらってるんです。料理が上手で。あ、このコーン茶もコルンさんが考えてくれたんですよ」

「料理が上手、か。だろうなー」


 ず、とコーン茶を飲んで、正太郎くんが微笑む。

 やはり、ダークエルフのことを知っていたらしい。

 ……手紙で返事をするわけではなく、自ら駆け付けたあたり、なにかしらの思い入れもあるのだろう。

 コーン茶を飲み乾すよりも早く、ラティーシャちゃんがコルンさんを連れてやってきた。


「お久しぶりなのです、ギルマス。で、こちらが……」

「わたくしが、モルンの娘、ドゥオルンのそのまた娘、コルンでございます。あの、母の話を伺えるかも、とのことですが……」


 おずおずと話すコルンさんを見て、正太郎くんが、カッ、と目を見開いた。


「ダークエルフにメイド服とは、剣三くんも本性を現してきたじゃんか!」

「俺が着せたわけじゃないんですけどォ……?」

「ボクがお願いして、着てもらっているのです。領主のお城なのに、メイドがひとりもいないので……。なので、変な目で見るのはダメなのです」


 俺が「別に身の回りのこととか自分でやればよくね?」と言った結果、我が城にメイドはいない。

 城に住んでいるのは、俺とファビとラティーシャちゃんだけで、料理も掃除も洗濯も大した手間ではないし……いや、掃除に関しては「どうせ広すぎて手が足りないから、使う部屋を制限して必要最低限だけ掃除しよう」と開き直っただけだが。

 そういうわけで、三人目の住人であるコルンさんは、露出の少ないクラシックなメイド服を着てもらっている。

 なお、どこぞの転生者ががんばったらしく、この世界でものメイド服は、わりとありふれており、仲良し夫婦の寝室のクローゼットなどにもしまわれているらしい。

 転生者、もっとやることあっただろ。医療改革とか。

 ……まあ、現代日本人の知識や技術でもたらせる改革なんて、大したものではない、ということだろう。

 俺には【ソードクラフト:刀剣鍛造】のシステムがあるから、いろいろ手広くこなせるだけで、他のゲームだったら鱗主に食われてとっくに死んでいるだろうし。


「はじめまして、コルンちゃん。僕は冒険者ギルドのギルドマスター、ショータロー・オチアイ。そうだな、最初に言っておくけど――僕は、コルンちゃんのことを、ドゥオルンから聞いていた」


 はっ、とコルンさんが息を呑む。俺も。

 まさか、当の本人と会ったことがあるとは。


「で、ではっ、母は……!?」

「ごめんな。もう、亡くなったよ」

「そうっ……です、か。いえ、わかってはいたのです。存命でも、六百歳ですから」


 正太郎くんは、寂しそうに微笑んだ。


「ドゥオルンは、大往生だったぞ。五百五十歳まで……つい五十年前まで、生きていたんだから。娘さんと息子さん、お孫さんたちもいる。あ、娘と息子は僕の子ね」

「おい」


 正太郎くんなら、月祭りの条件を満たす……どころか、最優良物件だろうけれども。

 会話の中でさらっと言いやがるから、思わずツッコんでしまった。


「いやいや、同じ長い時間を生きる仲間同士、意気投合してさ。僕、寿命がないから、特定の相手を作らないようにしているんだけど、ドゥオルンだけは、うん……」

「……結婚してたのか?」

「契りは交わしていないけど、事実婚状態だった。出会ったのは、二百年ほど前か。一緒に冒険したり、旅行したり、子育てしたり、旅行したり、旅行したり……」


 旅行の頻度、多くない?

 ……その旅行、まさか例の風俗旅行じゃないだろうな。

 ダークエルフはけっこうな種族っぽいけど、妻同然の相手を連れて、風俗旅行に……?

 行きそうだなー、この男は!

 半目で正太郎くんを睨んでいると、ラティーシャちゃんが「あのー」と手を挙げた。


「コルンさんを探しに、ティリクの森に来なかったのですか? ギルマスなら、鱗主相手でも余裕でしょう」

「探したとも。だけど、ドゥオルンは集落から出たことがほとんどなかったし、必死の逃避行で、逃げたルートを覚える余裕はなかったんだ。僕も何度かティリクの森に来たけど、集落の痕跡も見つけられなかった。ほんとうに申し訳ない」


 正太郎くんは、すっと頭を下げた。

 そうか。……そうかァ。

 あと五十年早ければ――と、強く思う。

 そうすれば、コルンさんはドゥオルンさんと会えたかもしれないのに。

 コルンさんは、「お顔を上げてください、ギルマス様のせいではありません」と首を横に振った。


「それよりも、母が生きていたころの話を聞きたいです。母は、人間の街で、どのような暮らしを?」

「……うん。わかった、知っている限りを話すよ。僕が聞いた話だと、鱗主から逃げて最初の数年は、ティリクの森の近くの、いまはもうない国の村で過ごしていたそうだ」


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