第46話 誘われるおじさん
いやァ。
すごい話を聞いてしまった。
まさかのコールドスリープ展開だ。ファンタジーでやるなよ。
〈つまり、ゴブリンの巣穴に囚われていたわけではなくて、食料保存庫代わりの洞窟にゴブリンが住み着いちゃったのか。ラティーシャの読みが外れたね〉
「珍しいことにな。……ていうか、そのモンスターって、鱗主だよな」
アレ、やっぱり破格のモンスターだったんだな。
俺は『次元刀』があったから倒せただけで、本来は出くわせば絶望的な相手なのだろう。
ティリクの森の開拓を押し付けられていたグランバル家が、ちょっと不憫だ。
ファオネムがほぼ破産状態だったのは自業自得だが。
「でも、事情はわかりました。コルンさん、そういうことなら、ひとまずのところ、この城かザルツオムで――近くの街で生活してはどうでしょうか」
「ありがとうございます。そうさせていただけると……。それと、その。同胞たちが生き残っているか、ご存知ないでしょうか」
不安そうに顔をうつむけるコルンさん。
テシウスくんに「どうなの」と聞くと、「そうですな」と相槌を打つ。
「結論から申し上げますと、滅んではおりません。男の……つまり、混血のダークエルフなら、王都か、ギルド本部など大きな街に行って探せば、見つかるかと。女性も、一度だけ見たことがあります」
「あら! では、もしかすると、母の子が……わたくしの姉妹が、いるのかもしれませんね」
女僧侶さんもうなずいた。
「ダークエルフって、義理の姉妹が多そうですもんね、生態的に」
「うふふ、ダークエルフあるあるですね。そういう意味では母とも姉妹です」
おい、なんつー会話してんだ。
ともあれ、領主としての伝手を使えば、情報は簡単に集まるだろう。
幸い、俺に恩を売りたい人たちは山ほどいるし。
「ちなみになんですが、コルンさん自身に、お子さんは?」
いたら、すでに話しているとは思うが。
コルンさんは「おりません」と首を横に振った。やっぱりか。
「ダークエルフは子を授かりにくい体質ですので、五百年の人生のうち、三人も産めれば上々なのです。わたくしは、まだ授からず……」
〈あのさ、水を差すようで悪いし、これはファビが鎧だからわかんない話だと思うんだけど。血のつながった家族とか子供とかって、そんなに必要なモノなの?〉
「む。どうだろうな。必要かどうかでいえば、人によるんじゃないかなァ……」
どんな家族かにもよるし。
「ただ、親は子がいなきゃ親にはなれねえけど、子は産まれた瞬間から誰かの子だから、必要とかじゃないのかもねェ」
〈いるのが当然ってこと?〉
「そう。で、どんな親子になるかは、生まれてからの親次第、育ってからの子次第ってわけ。……つか、ファビも英霊になる前、生きていたころにはいたと思うぞ? 血のつながった家族が」
〈……そうだよね。いたはずだよね、お母さんとお父さんが〉
そう呟いて、ファビは黙った。
……ふむ。
ここのところ、ファビは家族関係の話題で考え込むことが多い。
もちろん、俺の娘ではあるが、鎧に憑りついた記憶喪失の英霊でもある。
考えることは、雑に転生した俺より、はるかに多いだろう。
最近、ゆっくり話し合う時間も取れていなかったし、どこかで時間を見つけないとな。
……だが、まずは目の前のことから片付けねば。
コルンさんに視線を戻すと、彼女は頬に手を当てて微笑んでいた。
「お優しいのですね、ケンゾー様は。ちなみに、ご結婚は? いえ、たとえ既婚者でも構わないのですけれど」
〈おいこら。なに企んでるの、この色ボケダークエルフ〉
「企みだなんて、そんなものではございません。ただちょっと、お情けをいただければなと思いまして」
男としては、喜んで! と答えたいところだが、ぐっとこらえる。
あの魔女っ娘の機嫌を損ねると、領の経営が立ち行かないし、最悪、国がひとつ滅ぶ。
第一、好意を寄せてくれている彼女に誠実な対応をしないまま、他の女性に手を出すのは、ちょっとはばかられる。
なので。
「俺は未婚ですが、お誘いには応じられません。すみません」
「あら、残念です。……ほんのちょっとで、いいんですよ? 責任を取れ、とも申し上げませんし」
「だったら、なおさら無理ですね」
間髪入れずに、そう答える。
コルンさんが不思議そうに首をかしげ、テシウスくんと女僧侶ちゃんはおもしろそうに笑った。
「ケンゾー殿は、責任感のあるお方だ。そういう誘い文句は逆効果だな」
「ついでにいえば、ご領主様はお相手の予約が詰まっておられる上に、身分あるお方ですから、そうそう簡単に子を為すことはできません。オトコあさりなら、広場にいけば食い放題ですよ。荒くれ冒険者がいっぱいいますし」
「城郭都市でビュッフェスタイルはやめてほしいなァ……」
掃除が大変そうだ。
……待てよ?
その光景を見るだけなら、ラティーシャちゃんも許してくれるのでは?
一縷の光を得た俺だが、しかし、コルンさんは首を横に振った。
「わたくしたちも、だれでもよいというわけではありません。デックアルヴの月祭りに招く男性には、ふたつの基準があるのです」
「基準ですか。……なるほど、年収と年齢ですね?」
〈そんなわけないでしょ〉
「ええ、違います。ひとつめは、善良で穏やかな精神と健康な肉体を持ち、秘密を守れる者であること。当然ですね、隠された集落に招くのですから」
〈相棒、ポーション式ダイエットの成果で、ものすごい健康体になったもんね。精神については善良すぎるくらいだし、合格だとは思うけど……ふたつめは?〉
「ふたつめは、シンプルです。――わたくしたちダークエルフよりも強いこと」
おう。ものすごく高いハードルが出てきた。
集団戦なら鱗主を数十頭討伐可能で、単体でも『次元』系の魔術や武器への耐性を持つ宝物庫の扉を吹き飛ばせる種族なんだよな、ダークエルフって。
デックアルヴの月祭りが、数十年に一度しか開催されない理由もわかった。
「……あれ? 俺、そんなに強くないんで、基準満たしてないと思うんですけど」
「でも、
何気なく放たれた言葉だが……俺にとっては、大きな意味を持つ。
「……わかるんですか? ていうか、知っているんですか、転生者を」
「もちろん。ダークエルフは、強者の臭いに敏感なのです。……運命の相手を、逃がさないために」
コルンさんは色っぽく微笑む。
ぐらりと来てしまいそうだが……ともかく、ダークエルフと月祭りできるのは、それこそ白金級冒険者か、転生者くらいらしい。
うーむ、長生きだからこそできる選り好みだな。
……長生き?
「あ、そうだ。コルンさんのお母さんが、鱗主の群れから逃げられたかどうか、わかるかもしれません」
「三百年前のお話ですから、人間の皆様には遠い昔話なのでは?」
「その遠い昔から、ずっと生きてる男がいるんですよ。しかも、相当な情報通なのが」
今こそ、ギルマス……五百年を生きる転生者にして永遠の思春期、落合正太郎くんに連絡を取るときだろう。
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